■殺人鬼が死んだ日

(1)

彼が、ベッドに座っていた。
白い部屋に、彼の赤い眼は酷く毒々しく、それでいてとても色っぽく見える。
ゆっくりと彼が、こっちを向いた。
頬やら額やらに沢山ガーゼやら包帯やら付けられていた。
視線を少しだけ下げる。
彼の足が、無くなっていた。
太腿半分から下が、無かった。



病人服のはだけている部分から見える鎖骨から胸にも丁寧に包帯が巻いてあった。
血の気の無い肌はいつもより弱々しくて、俺は喉を嚥下させる。
細い腕からは点滴のチューブが伸びていた。
綺麗だと思った。
「何をしに来た」
いつものような反抗的な彼に、俺は欲情する。ゆっくりと近寄り、ベッドに押し倒す。ぎしりとスプリングが悲鳴を上げた。

俺は何も言わなかった。彼もまた、何も言わなかった。
抵抗もしなかった。俺のされるがままに、ベッドに押し付けられる。
彼の足の会ったであろう部分に、己の足を置いて真上から彼を見下ろした。
いつもより冷めた、俺を蔑むような眼が、ただ俺を静かに見ていた。
人間の体をしていない彼は、いつもより色っぽく見えた。可愛く見えた。愛しく思えた。破壊したいと、思った。
「もう、大好きな人殺しができないな」
「嬉しくもある」
「・・・・・・・」
「俺は、救われたんじゃないか?人を殺すことなく、それでもまだ、生きていられる」
「・・・・・・・可愛いよ」
彼の衣服を剥ぎ取る。面会謝絶を無理やり通ってきたから、人は来ない。
足の無い彼の下半身に、また一段と俺は欲情した。
「お前の足は、どこへいってしまったんだかなぁ・・・もし捨ててしまっているんだとしたら、俺が欲しいもんだ」
くすくすと笑みが零れた。なんて幸せなんだろう。
「もう、逃げたくても逃げれないんだなぁ・・・可愛いなぁ」
彼の脇腹にキスを落とした。彼はただ静かに、何も言わずに俺を見ていた。
蔑んでいた。俺は歓喜の声を上げた。


(2)

「久しぶりだね、ぐっちゃん。そんな体でも来てくれるなんて、私はとても嬉しいよ」
「貴方のためになら、安いものです」
「そう。それでぐっちゃん。大事な話があるんだ。皆にはもう言ってるんだけど。メール、見た?っていうか見れた?」
「見ましたよ。決めたんですね」
「うん。もう、私一人のためにぐっちゃん達みたいな大人を振り回すなんて悪いよね」
「いいえ、そんなことはありませんよ。私たちは好きでやってたんですから」
「そう。ところで足は?」
「捨てました」
「どうして?」
「贖罪、ですかね。気にすることはありませんよ」
彼女のマンションで式岸は言った。
きっと、確か、俺の記憶が正しければ、
彼ははじめて優しげに微笑んだのだと、思う。



すんすんと、女のすすり泣く声が途絶えない。
視線を上げると二重世界が泣いていた。よくみると周りの奴らも静かに涙を流している。
俺はそっと、隣を見た。
式岸は泣いていなかった。ただ無表情だった。
何かが、欠落したようだった。
「式岸」
小さく呼んでみた。聞こえないようだった。
もう一度呼んでみようかと思ったが、彼の感情の無い目に絶望して、俺は目を背けた。
三日前抱いた日のように、彼は誰かを蔑むような眼をしていた。
どうしてそんな人を殺すような眼をしているのか。
そんな彼を、俺はまた抱きたいと思った。

殺人鬼で無くなった彼は、ただの人殺者だった。

つまるところ、殺意の塊だった。

車椅子を押してマンション内の別の部屋に移動した。
また、彼を犯した。


(3)

一度死線は一人で出て行った。枷を外したかのように自由だった。
付き添いを申し出ると一言で断られた。流石に傷ついた。
そして20分ほど立つと一人で戻ってきた。楽しそうだった。微笑んでいた。
そして俺達に向かって言う。
「もういいよ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。だから大丈夫なんだよ」
「椅子を」
「ねぇ言わないとわかんない?泣きたいから帰ってほしいんだけど」
「失礼しました」
泣きたいというわりに、彼女は幸せそうに見えた。それは見えただけだった。
それぞれが心配そうに顔を歪める。
一番最初に動いたのは、隣に座る男だった。ぎっと車椅子が軋んだ。
車輪を回してそっと部屋の扉に行く。
一度だけ振り向いた。
「それでは失礼します、暴君」
「うん、達者でねぐっちゃん」
「・・・・最後にお聞きしたいことがあります」
「なぁに?」
「これで良かったんですか?」
「さぁ?」
「・・・・・・・・楽しかったですよ、我らが暴君」
「そう。・・・私も、結構、楽しかったのかもしれないなぁ」
彼女らしくない発言だった。彼女の方を見ると、やっぱり幸せそうだった。
俺の目は腐ってしまったのだろうか。
幸せなはずがないのに。
軋騎は無言で出ていった。それを見送る。
「さっちゃん」
「何でしょう?」
「追いかけないの?」
「何故?」
「追いかけろ」
「はい」
返事をする前から足が動いた。なんて馬鹿なんだろう。
外に出ると死線が直したのか、エレベータの前にいた。
ちゃんと稼動しているようだ。のろのろと近づいてみる。
「なぁ軋騎」
「何だしつこい」
「俺の家に来ないか?」
言ってみた。
上半身だけで振り向いた男は滅茶苦茶嫌そうな顔をしていた。


(4)
気遣いのつもりだったのだ。
下半身の無い車椅子の不自由な生活をする、少なくとも2,3年程共に過ごしたチームのメンバーを見捨てては置けない。
まぁ、誰でもわかるように、そんなことはただの言い訳だった。
やっと手に入れた人間をいつまでも手に届く範囲内に入れておきたかっただけで。
そんな、醜くも馬鹿馬鹿しい思いを胸に、俺は式岸を庭に招き入れた。
もう一生、出させるなんて考えは無くなっていた。

「相も変わらず、何も無いな」
「嫌なのかな?」
「いや?」

少し奥まで車椅子を進めて端にある部屋に入れる。そこには中央に白い一人用の椅子しか置いていない、プレイベートルームの一つだった。
中央に一つしかないから尋問するようにも見える。正面にはベランダに続く大きな窓がある。
風がカーテンを翻した。
「ここの部屋が丁度空いてる。ベッドは今日は俺のところで寝ようか」
「ふざけんじゃねぇよ白髪」
「冗談だよ。まったく、近頃の若者はすぐ悪口を言う」
呆れ半分に扉を閉めるとぎっと彼が睨んできた。
「出させないよ?」
「予想はしてたが・・・・粘着質だなてめぇはよ」
「愛に一途だと言ってくれよ」
にこりと笑ってやると筋肉が痙攣して上手く笑えなかった。
また、式岸は蔑むような目つきをする。
「お前、」
「私物はどうする?パソコンは欲しいか?他に欲しいものがあるんだったら何でも買ってくるぜ」
何を思ったか奴は口を噤んだ。俺は何故かほっとする。
「私物は明日にでも持ってくる。それで、真剣にベッドはどうする?座ったままだと体に悪いぜ」
「ソファとか無いのか。・・・布団とか」
「生憎、パソコン類とベッドと電話、冷蔵庫とエアコンしかない家でね」
ああ、いや、キッチンがあるな。使ってないけど、と言い添える。
予想道理に嫌そうな顔をした。
「じゃあ、こっちに来てなんだけど俺の部屋に行くか」
「来た意味無いじゃねぇか」
「まぁ、そうだなぁ」
歩み寄って背中側に回らず横に立つ。不可解な顔をした軋騎を見下ろしてみた。
片腕を尻の下、もう片方を背中に回して抱き上げる。足が無い分かなり軽かった。
式岸が息を呑む音が聞こえた。そのまま歩き出す。
「阿呆か!降ろせ!」
「床に落ちるぜ。言っておくけれど―――、
 あの車椅子は今日中にでも処分する。室内を移動するときは這いずって歩くか俺を頼るしか選択肢は持たせない」
「はあぁ!?」
理解できないと驚いた声を上げる式岸にゆっくり微笑みかけた。
上手く笑えた。オレンジに染まった式岸は畏怖と不安の入り混じった目で俺を見ていた。
「なぁ式岸。考えれるか?アレほどまで俺を憎んで嫌ってたお前が俺を呼ぶ以外移動すら出来ないんだぜ?」
「イカれてる」
「十分だよ俺の恋人」

瞼にキスを落とした。式岸の細い腕が何をすれば良いのか分からず彷徨う。
いつかこの腕さえも俺の好きなように出来たら。
そのときこそ、腕の中の男の殺意と凶器すらも俺のものになるのだ。
殺人鬼を殺せる日を夢に見て薄く笑った。
蔑むような目はもはや苦々しく揺れていた。


(5)

大人しく椅子に座り、ぼんやりとしている式岸は、己の足の無い所をそっと撫でていた。
何を考えているのかはサッパリと言って良いほど分からないが、俺が喜ぶことではないことは確かだ。
珈琲を入れてテーブルの上に置いてやると俺の方を見向きもしないでカップに口をつける。なんとなく、何かに怯えているようにも見えたから不思議だ。
隣に座って顔を覗き見ても何も言わなかった。
むしろ、気づいていないようだった。
見てもくれないのかと少し傷つく。
「兎吊木」
こっちを見ずに名前を呼ばれて俺は内心驚く。
何だいと言ってみると彼は言った。
「フォックスのデータって残ってるか?」
監禁してやろうかと思った。


(6)

他の男に連絡を取るなんて、薄情者!と言ってみると殴られた。散々当り散らしてみるとなんと教えてくれたらお前が望む服を着てやると交換条件を出された。
悩んだ。
やっぱり欲望には忠実に生きるべきだと悟ってみる。
「西東天だよな?」
「他に狐なんて奴いねぇだろうが。さっさと寄越せ」
奴持参のノートパソコンを持ってきて3枚のフロッピーと1枚のハードディスクを渡す。他のデータは悟轟のマザーコンピュータの中と棟冬が持ってるのがあると伝えるとこれだけで十分だと言われた。すでに解析している。
「・・・浮気?」
「そうかもな」
押し倒して強姦してやった。



「・・・・・・・はぁ」
一発中出ししてやった。ぜぇぜぇと荒く息の吐く声がする。満足。
と、一段落着いたところで頭頂部に酷い激痛が襲ってきた。
ブラックアウト。
暗くなる目の前で式岸が素晴らしく殺意のこもった目で俺を睨んでいた。
手にはなんとびっくり割れた分厚いマグカップ。
血、出てないかな・・・。






体が、動かない。
 血が足りなくて目の前は霞んで、頭もぼんやりとしていた。
 ただ足がじくじくと痛む。痛い。

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」
 
 哄笑が。喧しい笑い声が、足を貫いて頭を殴る。
 黙れ。やかましい。五月蝿いんだよ化け物め。
 そして、心臓に圧迫感が来る。小さな足で踏みつけられているのだ。
 周りには家族の死体、遺体、肢体。
 死ぬ。
 死んでしまう。

 そう思ったとき、自分の上から圧迫感が消えた。
 ついに痛みも感じなくなったのかと頭が冷えた。
 誰かが会話する声が聞こえる。
 かつん、と音を立てて下駄が俺の目の前に止まった。
 見上げる。
 狐が。かつて我らが蒼色と対峙したフォックスが、静かに俺を見下ろしていた。
 「――――――」
 「式岸軋騎。久しぶりだな?しかしお前が零崎軋識だったとは、俺も勘が鈍ったもんだ」
 狐は、喋り出した。
 「そんな裏があったとは、もう少し早く、お前の足がまだくっついている時点で仲間に誘えばよかったのに―――失敗したもんだ。まったくもって、ツイてない」
 「−−−−せ」
 言いたい言葉は呻きに変わる。狐は気にせず、続けた。
 「まぁ、実際にツイてないのはお前の方なんだろうがな、街。生きてるのが不思議なぐらい重傷だぜ。その体の中にどんだけ血液が詰まってんだろうな」
 「ころ、せ」
 やっと一息ついた。もう痛みやら出血やらでもう頭は何も考えれない。
 「『殺せ』?ふん、なんてぇつまらねぇ台詞吐くんだよ街。まるで漫画みたいにカッコいいじゃないか。参ったね。さて、おい頼知、ドクター呼べ。虫の息の奴が居るってな。・・・『殺人鬼を助けるんですか』、ふん。何言ってんだ。こいつはもう、殺人鬼じゃねぇよ。ただの身体障害者だ」
 最後の言葉が、頭に響いた。
 しんと痛くなる。
 殺人鬼ではない。
 どれだけその言葉が、俺の脳裏に焼きついたのだろうか。
 途端に眠くなった。変な格好の餓鬼がこっちに手を向けていた。病毒遣い。
 目を閉じる。
 頬を何かが伝った。
 「ぁぁ・・・」
 嗚咽は擦れてもう、何も、声が出ない。
 目の前が闇に沈んだ。何ヶ月か前に死んだ、長兄を垣間見た気がした。
 悲しそうに笑っているように見えた。
 どうして、

(7)

走馬灯を見てしまった。

冗談に言ってみたのを何を思ったか兎吊木にいきなり襲いかかられた。
かっとしてテーブルの上に置いてあったマブカップを思い切り殴りつけてやると気絶した。
何がいけなかったって、あれを入れたまま気絶しやがったのだ。
思い出したくない狐のことも思い出してしまった。吐き気がする。
「おい馬鹿!起きろ!」
一応言ってみたが返事は無かった。殴っておいてなんだが俺にこの後どうしろというのだろうか。
しかし、狐のデータを貸したら望む服装をしてやっていいと言った手前、むしろ永眠させてやった方が良いのかもしれない。
しかし、なんと言ってもこいつが何を考えたらこんなことをするのか分からないが、男に入れても意味無いくせに中だししやがった。
つまり、かき出すといってもここでやれと言うのか。風呂場に行きたいがあいにく足がなし、車椅子も無い。這って移動するしかないのだが、俺の上にはぐったりとした兎吊木が圧し掛かってきていた。
四面楚歌どころですら無かった。八方塞りだった。
「おい、頼むから起きろよ・・・」
髪を掴んで揺さぶってみても、兎吊木が起きる気配は無かった。ただ、パソコンから聞こえる低い音がただ部屋に木霊していた。
生殺しですか?
俺は腰の鈍痛に腰を歪めて兎吊木の名前を呼んだ。


(8)

「おい変態!さっさと起きろ!」
はっとして目覚めると頬に生肌の感触が。上体を上げるとシャツを乱れさせてソファに倒れている俺の恋人が。
「え」
「ひっ」
びっくりして身を起こそうとすると式岸が喘いだ。
下半身に血が集まる。ふと下を見ると己の息子が中に入ったまんまだった。
顔を上げると式岸が絶望と怒りと羞恥の入り混じった泣きそうな顔でこっちを見ていた。
息子が元気になったので寝起きにもう一回やってやった。肩を噛み付かれた。
痛みすらきもちよかった。



ぐったりともう動く気も無いのかソファに倒れている式岸から己を引き抜くとびくりと太腿が痙攣した。
良いなぁ。最高だなぁ。
抱きかかえてやるとぼたぼたと白濁がフローリングに落ちた。気にせず風呂に連れていく。
体を清めている最中に我慢できるかどうか怪しかった。
とりあえず後頭部が痛かった。何故だか分からないけれど。

(9)

風呂に入れさせてまたもう一回やってやった。もう抵抗する気力も無いのかとりあえず喘いでた。こういう式岸も可愛いと思う。
体を清めて床に座らせておく。もうどうにでもなれと投げやりな感じだった。
着替えを持ってくるといって浴室を出た。さて何を着させようか。



「すみません何が起こっているのか理解できませんが」
「おお、お前が俺に敬語使うなんて珍しいな」
式岸にはとりあえず俺の白衣を着せてやった。白衣のみ。
袖を通すのもめんどくさいのか、とりあえず俺を馬鹿にするような目で床に倒れている。
はおっているだけだ。エロい。最高だ。思った以上だ。息子がまた元気になった。
「てめぇの白衣なんざ着たくない」
「なら裸で過ごすかい?」
ぐっと口を噤んだ。うん。お利巧さんだね。
「じゃあとりあえず寝るかい?昨日から一睡もしてないだろ」
「お前のせいだよ。ケツを揉むな!」
抱き上げてやるとごっと拳が飛んできた。相変わらず凶悪だなぁ。
とりあえず無視して部屋へと向かう。え?尻?まさか揉むわけ無いだろう。
「あいかわらず良いお尻だね」
「死んでくれ」
褒めてやったのに死ねと言われた。まったく。起きたら叱ってやらねば。




後編 (10〜
2006/8・3


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