■緩やかに差し出されたその掌が、いつか温度を無くしてしまうのが怖くて
釘バットを握る手は、粉砕した肉塊から飛び散った血によって赤く染まっていた。
愛用の愚神礼讃の人間の骨を砕いて破砕するその釘部分には、肉や髪の毛が絡まっており、ただでさえ圧倒的な恐怖感を覚えさせる元の釘バット状態より凄惨な『肉塊をはりつけた長物』と化していた。それを握る男の表情はどこか安心しているように微かに微笑んでおり、この男は今嫌な気分ではないのだろうと、人識は無言の奥で断言した。
「もう、終わったっちゃか」
振り返る男は人識の姿を見て一瞬驚いた顔をすると、すぐに満足そうな笑みを洩らした。感心しているのだろう。血の海というよりは肉の海と化したそのフロアは、生臭さを隠しもせずに、ただ背景を赤く染めている。
「かはは、何人殺したんだよ」
「さあ、数えてないっちゃからね」
そりゃそうだ。そもそもバットを振るだけで人を殺す彼が、一々人間が何処に居るかを確認しながら人を殺すわけが無い。ただその方向に人間の気配がすれば、ただただその長物を打ち抜くのみだ。ただ単純な殺戮行為には、明らかに楽しみという感情がいりこむ隙間も無い。
「大将、帰ろうぜ」
肉の海に立つ青年は、人識のその言葉にたっぷりと息を吸い、ゆっくりと二酸化炭素の増えた息を吐き出して、「ああ、帰ろう」と答えた。
歩み寄る軋識がどうしても歩みが鈍いので、人識は思わずその手を掴んで引っ張る。
ただ、一秒でも長く、軋識をこんな一人きり生きる肉の海の中央に立たせるのが、億劫でならなかったのだ。
全員殺した後の高級ホテルは異常な静けさを持っていた。最上階で行なわれるパーティに来た全員を軋識が殺すうち、人識が一階から全ての人間を屠ってきた。それ故に、誰もいないホテルはさながらB級ホラー映画のようで、むしろこっちに人識はどきどきする。
エレベーターに二人きりで乗り込み、赤く染まった軋識の格好がどうしても寂しげだったので、思わず寄り添う。子供が甘えてくるかのような様子に、軋識は血で濡れた手で人識の頭を撫でた。
「なぁ、大将ー、ヤろうぜー」
「帰ってからな」
その甘えに乗じて、普段よりも気の抜けた声をもって誘えば、軋識は落ち着いた声で切り替えした。人識は頭を撫でる軋識の手を掴み、血で濡れた指を唇で食む。
「やだ、ここでしたい」
「我侭言ってると、こっから落とすっちゃよ」
のんびりと返される声は冗談だ・・・と思いたい。確実に落ちれば死ぬだろうし。
エレベーターの外側は前面硝子張りになっており、観覧車の縦バージョンかつ高速型といったところだ。人識は「連れないこというなよ大将」と無理を通そうとする。
「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいからえっちぃことしようぜ」
「お前、なんかいつもよりおかしいっちゃね。どうした?来る時に階段でこけて頭でも打ったか?」
初歩的ミスにも程があるだろう。それは。
肩を竦め、とりあえず勢いに任せて振り返り、軋識に抱きつく。
「血のにおいを嗅いで興奮したんだよ」
「どこの腐った殺人者だっちゃか、それ・・・」
呆れた声に詰られて、かはは、と人識は笑った。吸い込んだ空気は生温く、死臭を漂わせ続けている。
突然、軋識が死んでしまうのではないかという焦燥感に襲われ、人識は軋識の手から鉛の塊を払いのけた。髪の毛をまだ数本張り付かせたそれを、鞄の中に仕舞うのが嫌だったのか、その血で汚れた塊は、支える軋識の手を離れてエレベーター内に倒れた。どんっ、と嫌な音を立てて愚神礼讃が床に叩きつけられ、エレベーターが揺れ、そして動きを止めた。
「・・・・・・・・・あ?」
「・・・・・・・え?」
そう、声を零すことしかできない。
エレベーターは残り4階を残し、その運動を停止した。体に掛かっていた気持ちの悪い浮遊感が突然奪われ、軋識と人識は珍妙な空気の中、ゆっくりと顔を見合わせる。
「・・・・まさかとは思うが」
軋識がそう呟くと、びー、と間抜けな電子音が、エレベーター内に設置されたスピーカーから漏れ出した。
『只今エレベーター内で異常が発生しました。安全面の確認のため、しばらくお待ち下さい』
・・・やっぱり。
軋識は呟きそうになった声をげんなりしながら飲み込んだ。愚神礼讃が倒れたことによって振動したエレベーターは、所謂『地震発生時と同じ状態』が起こったのだ。高級ホテルはサービス面もそうだが、一番気に掛けるのが客の安全面だ。エレベーターという構造は、人が入る箱を頑丈なワイヤーで吊り上げる形になっている。恐らく、この状態の安全面の点検となれば、吊り上げているワイヤーに千切れそうな場所は無いかという検査だろう。時間にして恐らく15分から30分。人識が殺したから時間短縮のため動くホテルの人間もいないだろうし―――一時的な密室ができてしまったというわけだ。
「・・・どうしてくれるっちゃか・・・」
この後、特に双識達と合流する約束も無かったし、急ぎの用事も無かったからまだしも――――こんな場所で宙吊りなんて笑えない。人識は「かはは、んなに怒んなよ大将。大人げねぇ」と一笑した。
「ふざけるにも程が――――っ」
人識は肩を竦めながら、言葉を紡ぐ軋識の足を払った。ぎょっとしながらも、軋識は持ちまえの反射神経で体制を建て直し、己の得物と同じように無様に転倒することだけは避け、エレベーターに負荷をかけないように腰を落とした。それさえも、その足を払った張本人である人識は軋識の行動を見越して、素早くしゃがみ込み、その両足の間に身を滑り込ませる。
背中をエレベーターの壁に寄りかからせながら、軋識が驚いた顔で人識を睨んだ。
「てめっ――――」
「ほら、エレベーターも止まったしさ―――――かはは、ちょい遊ぼうぜ大将。俺、エレベーターの中でやるのって、ちょっと夢だったんだよ」
ドラマやエロ漫画の読みすぎだ。軋識の叱咤は人識の口内へと飲み込まれる。
「っん、・・・・・・む、う」
人識がことを進められるのならば話は早い―――とでも言うかのように、素早くシャツの中に己の手をつっこんできた。華奢な腰を撫でるように触るのはどうにも痴漢のような動きで、中学生の動きにしては変態染みている、と軋識はあの兄にして弟ありか!とキレそうになった。
「な、大将、ここで突っ込まれたくねぇだろ?実は俺さ、大将に前からやってもらいたかったこと、あんだよ」
「はっ、は、調子に乗りやがって、クソガキがっ・・・!」
腕力では人識にけして勝てない。握力で本気を出せば、人識の手の指ぐらいは折れるかもしれないが――――半ば押し倒されている形の今では碌な抵抗もできないだろう。人識はにやにや笑いながら、シャツを捲り上げ、軋識の腹部に唇を這わせて、言った。
「俺、大将のオナニーやってるとこ、見たい」
――――――――もう駄目だ。
軋識は己の家族がもう救い様のないレヴェルまで変態がかってきたことを知り、目の前が真っ暗になるのを自覚しながら、人識の吐息が腹から胸へと上がっていくのを認識の外で感知した。
「っ、・・・・は、ぁ」
促された通りに己を衣類越しに触れれば、そこは予想していたとおり既に硬く張り詰めており、微かな愛撫でじわじわと声に出せない快楽が腰を嬲る。
―――――――――やってられない。そう言って拒否すれば、などと目の前でじっくりと見つめてくる弟分に吐き捨てるところを考えてみるが、そう言った瞬間実力行使に出られるのがオチだ。こんな場所で突っ込まれるなんて想像もしたくない。
人識はどうにも動こうとしない軋識に焦れたのか、軋識の隙をついてベルトを外してズボンを引き摺り下ろした。声にならない悲鳴を上げる軋識を放置したままパンツ越しに軋識のそれに口付けを落とす。頭を擡げ始めているそれに、にやにやしながら舌を這わした。
「っは、ぁ、あ」
「はは、洩らしたみてぇ」
人識が嘲笑えば軋識は歯を噛み締め口を閉ざした。人識の唾液を含んだ下着はその部分のみが色が変わっており、成人男性としては屈辱にも程がある格好をとらされている。
「う、・・・・・っあ」
人識は構わず軋識の下着越しに男根を愛撫し続けた。完璧に反り返ったそれは下着の端からカリ部分を出すまでになり、ついに言葉を無くした軋識は屈辱でぽたりと涙を零す。
「・・・俺完璧悪役じゃん」
水滴が目の前に落ちてきたのを見て、人識が苦笑する。悪役かどうかはさておき、いい人かどうかと問われればそれは否だと軋識が頭の中で罵った。
唾液で濡れた下着のゴム部分を人識が指を引っ掛けて引っ張れば、軋識の男根から溢れた先走りがぬとりと溢れている。恥辱で目を瞑り顔を隠しているせいで軋識の表情は人識からは伺えない。しかしまぁいいか、なんてかなりアバウトな考え方で、そのままぱくりとお菓子でも頬張るかの勢いで軋識の男根を口に含んだ。
「っひぃ、ぁ、・・・・あ、あ」
まぁお菓子ではないので甘いわけも無く、青臭い味が口の中に広がったが、とりあえず息苦しさを飲み込み舌と口内でのろのろと愛撫を繰り返す。ぎくりと硬直した軋識の体がずるずると壁から崩れ落ち、ついに床に横になった。
次の瞬間、がっ、とむしろ叩きつけるような力の強さで軋識の片手が人識の頭部を鷲づかみにする。
「は、やめ・・・、っ・・」
「・・・・大将さぁ」
なんとも色気の無い行為に苦笑が漏れる。まぁそんなもんだよねーなんて思いながら、口から男根を離した。は、は、と呼吸を整える軋識に体ごと圧し掛かるように横に乗っかり、顔を近づけて頭を撫でれば、顔を赤くしたまま軋識が怪訝な顔をした。
「大将はさぁ、もう少し素直になるべきだと思うわけだよ」
「・・・っ、なに、」
とりあえず出すだけ出そうと、反論しようとする口を口で封じ、人識は既に怒張した己の一物と軋識のを一緒に握りこみ、そのままくっつけた状態ですり合わせた。
「−−−−−−っふ、んんっ、ん、はぁ、あ!」
ぐちゃぐちゃと二人の精液が絡み合う音が密室に響き、口を閉ざしているせいでどちらの悲鳴かわからない声が漏れる。
「ん、ん、っあ、――――っ、!」
ちかちかと目の前を白い光が覆い、気だるさと共に二人分の白濁が軋識の血で濡れた白いシャツを濡らした。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・ふう」
絶句する軋識と、何か遣り遂げた感の残る顔をした人識がとりあえず体を離す。二人の混ざった精液がとろりと軋識の腹の上から溢れて床へと零れた。
「・・・どうしてくれる」
キャラ作りもやめて、軋識の地を這うような声が室内に響いた。人識はとりあえず肩を竦めつつ、小さく答える。
「・・・・・・・洗濯いらず?」
「黙ってろ」
赤くなっていたシャツは精液を含んで滲み、その毒々しさを不思議と和らげていたが、汚れていた範囲は二倍に増えていた。
2008/01・02