■只のお遊びにしては性質が悪いと男は笑った
 「珍しいなお姉ちゃん」
 街灯に照らされる裏路地を、かつかつと音を立てて歩くティキのすぐ隣には、大きな棒付きキャンディを頬張るロードの姿があった。
 千年伯爵に溺愛されている彼女は、滅多にお仕事を頼まれない。むしろそういうことからは離される側だ。長子にはやはり扱いが違うものかとティキはぼんやりと思っているものだが、そんな彼女が何がどうなって己の隣を歩いているのか、彼には全然分からなかった。
 「んー?何がぁ?」
 「仕事に来てること。どういう風の吹き回しだよ。大好きな勉強はどうしたわけ?」
 「頭悪いティッキーに、心配されることなんて一つもないよぉーだ」
 つんとした態度でそっぽを向かれて、ティキは内心で舌を出す。聞いてはいけないことだったのだろうか。
 「勝手に家抜け出してくると、千年公に怒られんじゃねぇの?とばっちりは勘弁しろよー。千年公怖ぇんだから」
 「ティッキーが怒られても、僕は怒られないもん」
 「あ、そスか」
 「言っとくけど僕、手伝わないかんね?」
 「別に考えてねぇよ」
 むしろついてきた事に驚きだ。右に曲がって、もっと細い道に足を踏み入れる。
 街灯の照らさない完全な暗闇に、人間の息遣いがあった。ゴミ箱の影で辺りを見回していた男はびくりと震えて、いきなり現れた上質な格好をした男を見上げ、硬直する。
 酷く穏やかに、ティキは笑った。
 「よぉエクソシスト。元気にしてた?」
 「―――――――――――――!!!」
 蝶の形をした無数の影が、何匹か街灯に照らされる元の通路にはみ出て、そこで飴をぼりぼりと齧るロードの肩に止まる。
 「あは」
 彼女が笑うと同時に、男の息遣いが途絶えて、暗闇に静寂が戻ってきた。






 「っだーーーー・・・・・・・・・・疲れた・・・・・・」
 ぼすっ、とクッションの上にダイブして、ティキはうああ、と欠伸のような呻き声を上げる。
 「お疲れー。初めて見たけど、流石優等生ちゃんだねー。いいこいいこ」
 「どうもー・・・・・・・」
 ぎしりとベッドを軋ませて、ロードがティキのすぐ隣に座り、ぐりぐりと頭を撫でる。そんな彼女にどうでもよさそうに返事をかえして、惰眠を貪ろうとティキが手ごろなクッションを頭の下に持ってきた。
 「寝ちゃ駄目」
 「あいた」
 即座にロードの手がティキの頭をべしりと叩き、クッションを引っ張り取る。ええー何この子。新手の虐め?とか思いながら、ティキが恨めしそうにロードを見ると、彼女は異常に顔を近づけてきていた。
 「・・・・・・・・・・・え、何」
 「ティッキー、えっちぃことしようぜ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
 頭湧いた?とでも言うように、ティキが顔を顰めると、ぐっとティキの胸倉をひっつかみ、ロードが唇を押し付けてきた。
 歯の間からロードの舌が割り込んできて、驚きと恐怖であっさりティキの舌は掴まってしまう。
 ぐちゃ、と酷く音が立ってしまい、ティキは慌ててロードをひっぺがそうと身を起こす。両肩を掴んで思い切り押すと、両手はティキの二の腕についたままだが、キスは止まった。ロードはむ、と不満げな顔でティキを睨む。
 「お前、なにやらかそうとしてんの」
 「抵抗したら殺すよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談」
 「冗談じゃないからね。じゃあ、いいよ。強姦するから」
 ぱきっと軽い音を立てながら、ロードが右手をティキの首にあて、ぐっと絞める。
 「・・・・・・・・」
 「透明になったら、それでも殺す」
 「マジで?」
 「言っとくけど、本気だよぉ?僕、ティッキーのこと愛してるから、千年公に頼んで魂だけ鳥籠に入れて持ち歩かせてもらうから」
 少女の力とは思えない圧迫感が喉を絞めて、ティキは堪らずロードの右手を離させようと掴んだ。
 「僕が今手を離したら、ジャスデビの前で犯させてもらうからね」
 びたっ、と動きを止めて、ティキは硬直する。
 「・・・ジャスデビは仕事でお出かけ中だぜ」
 「そう?じゃあ、甘党の前でだね」
 「・・・・・・・・・」
 「ねえ、わざわざさぁ、もがかないでよね。見苦しい。いい加減大人なんだから」
 ロードの左手がゆるりと伸びて、ティキの顔に触れる。
 殺される人間ってこういう気分なのか。
 ティキは、次もしも人間を殺すのならば、できる限り優しく殺してやろうと思った。するりとシャツの下に彼女の柔く冷たい手が忍び込んできて、ティキは静かに息を詰める。
 「そういうティッキーの素直なトコ、凄い好きだよ」
 ふふふ、と可愛らしく笑われて、ああ、もうどうでもいいよと半ば自暴自棄に己のシャツのボタンを外す。
 幼くか細い腕がするりとティキの腹に触れた。




 彼女の稚拙な手淫に反応してしまう己が憎らしい。
 黒いズボンを膝まで下げられ、みっともなく性器を露出されたまま幼女に襲われている今の状況は、なんとも滑稽なものだと頭の隅で思う。そんな己を嘲笑いながら、ティキはついに性器を口に含もうとした姉をすんでの所で頭を掴むところで止めた。
 「なにやろうとしちゃってんのお姉ちゃん!?」
 「俗に言う、フェラ」
 「そういうこと言わないで」
 「聞いといて何言ってんのティッキー。もー我侭だなぁ」
 「いや、そういう問題じゃ・・・・・っっ!」
 だらっ、とロードの口から唾液が垂れ、ティキの性器にたらたらとついた。外気に触れたロードの唾液は酷く冷たく、彼女の手で反応してしまっていた熱いそれについてしまって、ティキは悲鳴を上げそうになってしまう。
 「ノアの『快楽』ってこういうのにも関係してんのかな?」
 「さぁ?・・・ど、うだろうなぁ」
 「人を殺すことに快楽を見出すことだと思ってたんだけど」
 じゅる、と性器の先端を吸われ、目頭がかっと熱くなり、ティキは生理的に涙が出てしまう。
 「はっ、あっ・・・・・・ろぉ、どっ、ちょっと、待っ」
 「んー?」
 がちがちと震えながらティキはロードのくせっ毛をくしゃりと掴んでしまう。「痛い」とロードが不満を唱えるも、ティキは「ごめん、ごめん」と呟くことしか出来なかった。
 「待って、お願いだから、許し」
 「髪の毛掴んだから、駄目」
 ぱしっとロードがティキの哀願する手を振り払う。ロードは外に行くときに着ていた黒いコートから。薄いピンクのローションが入った小瓶を取り出した。きゅぽん、と空気が圧縮されていたのが開封される音を立てて、蓋が開けられた。
 中身をティキの鼻に近づけ、ロードは困惑して眉根を寄せるティキににやぁ、と笑いかけた。
 「良い匂いでしょぉ?何の匂いだか、分かる?」
 「何、・・・・・・い、苺?」
 「あったりー」
 くすくすとあどけなく笑いながら、ロードは小瓶の中身を全てティキの下腹部にぶちまけた。ひやりとしたそれに、ティキがベッドのシーツを思わず握り締め、悲鳴を喉で殺す。
 「ちょっ、やっぱりこれって俺が入れられるの?」
 「当たり前じゃん。僕、これでも処女なんだよぉ?近親相姦の上に処女膜破られるなんて耐えらんないもん」
 当たり前じゃんとまで言われてしまい、ティキは顔を蒼くして腰が抜けた体を引き摺るようにして後ろに下がろうとするも、ロードの少女とは思えないほどの力で押さえ込まれてしまう。
 ぬるっと彼女の指がティキの尾孔に入ってきて、妙な圧迫感と痛みに顔を顰める。
 「む、無理だろこれ・・・お前一体どこで何を知ってきてんのよ」
 「さぁー?何だと思う?」
 ローションとともにずるずると中へ、指が増えて入っていく。だんだん絶頂へと迎えられるのにティキはやりすごそうとするも、無駄な話だった。
 「はっ、はぁっ、あ、う」
 「んー・・・・ここかな?」
 「ふ、あぁっ、あっ、あっ」
 ぐりっ、ととある一角を指の腹で押してやると、びくびくとティキの肩が震えた。ふふっと微笑み、ロードはティキの首にちゅっと軽くキスを落とした。ぼんやりとしながらティキが暗闇の中笑うロードを見上げる。
 「苛めてごめんね」
 「・・・・・・・苛め方が、陰湿だろ・・・」
 「うん」
 ぎゅっとティキの頭を抱きしめ、耳元で囁く。
 「僕を裏切ったら、容赦しないからね」
 「・・・・・・・・・お前は」
 苦々しげにティキは顔を歪め、少しだけ悲しそうに呟く。
 「俺を信用しなさすぎだろ・・・」
 「・・・・・・・・信用してるからこそ、信じられなくなっちゃうんだよ」
 ロードはティキの頭を優しくなでると、ティキの瞼の上にキスをした。ぼうっとしてロードを見つめるティキに笑いかける。
 「イって良いよ」
 「っあ・・・・・・・・・・っく、んっ、ぁ・・・」
 びくっと一度だけティキの体が痙攣して、精を吐き出す。肩で息をしながら、うっすら涙を滲ませた目で見上げるティキにもう一度微笑み、ロードはそっとティキの瞼に手を添える。
 「おやすみ、良い夢を」






 「僕が男だったら、ティッキーにつっこめたんだけど」
 「それだけはお許しをお姉さま」
 どんよりと肩を落としながらベッドに腰掛け、暗く溜息を吐くティキの肩に寄りかかりながら、げらげらとロードは笑った。
 「張り型つっこむって手もあったんだけど、ティッキー疲れてたみたいだしねー。溜まってたのを出すだけに止めておいたんだよぉ?」
 「そりゃどうも」
 「男にハメられてばっかりで、大変だもんねー」
 「別にハメられてねぇよ!」
 顔を赤くしてばすっとベッドに手を振り下ろすティキに、「あれぇ、そうなのぉ?」と白々しくもにやにや笑いながら、ロードは聞く。
 「ティッキー可愛いから、僕心配してたんだよ?可愛い可愛い僕の家族が、どこの馬の骨かわかんない奴の手篭めにされてないか」
 「そういう心配はいらねぇんだよ」
 ふーん、と納得したのか納得していないのか、どうでもよさそうにロードは微笑み、よしよしともう一度ティキの頭を撫でる。
 「じゃあ、気が向いたときに、またやってあげるよ」
 「謹んでお断りさせてもらいます」
 「ティッキーの意思関係無いもん。僕がやりたくなったら。強制参加」
 ぱきっと軽く指を鳴らして、ロードは笑う。背筋が寒くなったのにティッキーが慌ててロードから逃げる。
 「鬼!アクマ!鬼畜!」
 「鬼と鬼畜ってあんま変わんないよぉ。安心してティッキー」
 今まで一番可愛らしくロードがにっこりと笑った。

 「もう逃がしてあげないからね」
2006/12・31


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