■貴方と見ることを望んだこの世の果てには
「もう、いい」
突然呟かれた言葉は、すぐ背後から聞こえた。慣れ親しんだ声と体温が、背中から離れる。頭の中が急激に冷え切った。喉が渇いて、声を出すのを忘れた。何がいいのかわからない。何が、もう、なのかもわからない。それでも駄目だ。駄目だと思う。お前は俺から離れちゃ駄目だ。そんなの絶対許さない。許せやしない。
眼球の端で捕らえた男が、自分に背を向ける。ふっと揺れる髪の毛を眼で追って、反射的に同じように揺れた腕を掴んだ。
「なん、」
掴んだ腕を引き寄せれば、振り返った悟空が眼を見開いて驚いた顔をした。言葉を紡ごうとした口を自分の口で塞ぐと、最後の単語は口の中に収められる。手首を掴んでいた手を離して、素早く背中に腕を回すと、一瞬遅れて悟空は身を捩った。空いた片手が俺を突き飛ばそうと肩に当てられる。再びその手の掴めば、もう俺から逃げる術は無い。
すぐ近くにある黒い瞳を見ると、明らかに困惑と恐怖で彩られているのが分かった。じっと俺を凝視して、何故、突然、と言いたげだ。歯列をなぞって、無理やり口をこじ開け、中に納まっている舌に舌を絡めると、ふ、と苦しそうな声が零れた。頭だけでも逃れようとするので、後頭部を鷲掴んで固定する。呼吸ができなくて既に眼が潤み始めている。鼻で息すればいいのに。馬鹿だなぁ。
がちがちと歯がぶつかりあって、貪るように口の中に舌を這わせた。唾液を飲み込めなくて、顎を伝ってぽたぽたと胴着を濡らす。獣みたいな行為が、何故かおかしい。
一度、悟空の手が俺の手を強く握った。爪が立てられて、もしかしたら肉に食い込んだかもしれない。それでも構わない。悟空に傷つけられても、それさえ俺達がここでこうしているという証になるのだ。喉奥で笑うと、一瞬の隙をついて悟空が渾身の力で頭を振った。口が離れて、ぶはぁっ、と空気を求めて悟空が口を開ける。胸板が大きく上下に動いて、肺に空気を取り入れるのに躍起になっていた。苦しそうにそれを繰り返す悟空を見下ろして、ふと、顎に伝う唾液をべろりと舐め取る。後頭部を掴んでいた手を背中に滑らせて、再び体を固定した。悟空は眼を丸くして、すぐに俺を睨んだ。
「なんだ、なんだって、んだ。放せ、よ・・・!」
「やだ」
間髪入れずに答えると、カカ、と悲鳴のような声が上がる。違うだろ、俺を呼ぶ声は、そんな悲痛な声じゃないだろ。なんでそんな困った顔をするんだ。
「悟空、俺を、好きだって、言えよ」
「カカ、ちげぇ、そんな、おかし・・・い・・・っ!」
何がおかしいっていうんだろうか。俺はたまらず笑った。俺達の手は絡み合ったまま、やっぱり血が溢れている。肉を抉った悟空の手は、指先が赤く、俺の血で汚れている。それでも俺が握り締めているせいで、指先が白くなっていた。
「おかしくねぇよ、悟空」
だって愛してる相手には好きだって言ってキスをして愛を確かめてすべてをゆるすもんだろ?なぁ?
「おかしくねぇよ」
繰り返し呟いた言葉は自分に教え込むようだと思った。悟空は首を振った。何を否と言うのか、俺は分からない。それでも俺を否定することは許さない。だってそれは自分自身を否定するのと同義だろう?無意識のうちに笑ってしまっていて、それを見た悟空は一人で泣きそうな顔をしていた。それが不思議でならない。俺はこんなに楽しいのに。
「笑えよ悟空。いつもみてぇに」
言った言葉のどれほど空しいことか。カカロット、と呼ぶ声は今まで一度も聞いたことの無い音をしていた。
心臓の丁度真上に掌を当てると悟空は面白いぐらい体を強張らせた。殺されるとでも思っているんだろうか?そんなことしねぇよ。大切なものは最後まで大切にとっておくもんだって。ははは、と声を上げて笑うと、悟空は少しだけ強張った顔を緩めた。
「・・・カカ?」
「ん?」
「―――その、な」
胴着を胸の上までたくし上げると、顔を赤らめて悟空が小さく呟く。
「やめねぇか?」
「何を?」
「っ、これ、を」
乳首に吸い付くと、一度言葉が途切れる。返事をどう返すか考えながら、ぷつりと勃ちあがった小さな突起にねとりと舌を這わせると、小さく悲鳴が上がった。
「気持ちいいんだ」
「―――っ、か、か・・・!」
さっきから上がる声は悲鳴のように掠れていた。怯えているのかもしれない、とふと思う。でも、だからといって止めるつもりなんて毛頭ない。お前なんて、俺がいなかったら生きていけないような、そんな弱いいきものに成り下がっちまえばいいんだ、なんて思った。そうしたら、もうこいつのどこにでも飛んで行ってしまいそうな背中を追いかける必要なんてなくなる。死んでしまうかもしれない、なんて不安な夜を過ごすことだって無くなる。
「俺が好きだろ、悟空」
だからもう、そんな顔で、もういいなんて言うな。俺から離れるなよ。
悟空は顔を赤くして、唇を噛み締めた。黒い瞳が瞼の裏に隠れて、強く拒まれる。打ちひしがれるような気分だった。
「悟空」
「っぐ、う、うぅー・・・」
低い声で名前を呼んで、胴着の上から性器をなぞると、嗚咽のような唸り声のような声が上がった。唇を噛み締める意味がないと思う。
「もうやだ、ぁ」
懇願される声は嫌いじゃない。同じ生き物だったのに、こんなに性格が違うのは不思議だ。自分には嗜虐趣味がある、とブルマが指摘していたのを思い出した。嗜虐ってなんだかわからなかったけれど、悟飯の奴が、人が嫌がることとか苦しむ所を見るのが好きだってことですよ、と苦笑いして言っていた。確かにそうかもしれない。でも、それは悟空に限りだ。こいつの表情なら全部が見たい。何をしてでも。
胴着の帯を解いて中に手を滑り込ませると、閉じられていた瞼が開いて、少し潤んだ二つの眼が俺を見る。動揺していたのがよくわかる。
「どうした?」
柔らかい声で囁いて、そっと頬を撫ぜると、悟空はどうしようもないような顔をした。怯えているのに、安心しかけている。変な顔。笑いが込み上げてきた。
「なんだよ、おめぇが嫌がることなんて何もしねぇよ」
「う、うそだ・・・っ!」
「なんでだよ」
「じゃあ、いますぐ、やめろよ・・・っ」
「・・・・」
股の間で萎縮する悟空を指先で撫で上げれば、ぎ、と悟空は歯を食いしばる。色気が無い、なんて思った。こいつが一番色っぽいと思うのは、闘うときに一瞬見せる、恍惚の指した小さな微笑だということを知っている。別にそれが今見れるなんて思ってない。「うそつき」俺は笑って、一度強めに悟空のそれを握った。
「う・・・っ!?」
「なぁ、悟空」
ごつり、と自分の額を悟空の額に押し付けると、かつて一つの生き物であったことを思い出した。この皮を隔てて、今や俺達は二つだ。この暖かな肉の断絶が憎らしい。薄い皮の向こうにある骨が、ごり、とぶつかり合う。鼻の先端が微かに触れ合って、吐息が丁度同じ部分で混ざった。すぐ近くにある黒い目に、俺の目の色が少しだけ孕まれている。思い出せないほど昔、悟空が綺麗だと褒めてくれたこの眼球も、お前と違う物なのなら、俺はこんなもん必要だなんて思えない。俺が笑うと悟空が怯んだ。頬が引き攣るのを感じる。なんで離れていくんだろうか。俺がそうすることしかできない生き物だと、暗に伝えようとしているのだろうか?俺だって壊すのが嫌いなわけじゃないけれど、慈しみたいと思うものが何も無いって訳じゃ、ねぇんだよ。なぁ、なぁ!
「俺はお前だろ?」
「っ、ちがう」
触れた吐息には拒絶する意思が宿っている。
「おめぇなんか、こんなこと、する、おめぇなんか、」
「いつまでたっても馬鹿だな」
そんなお前がだいすきなのだけれど。
湧き上がる感情は愛を通り越して破壊願望になりはじめていた。生理反応で触れる悟空の性器が反応を示してくるのを嘲笑う。浅はかで間抜けな生き物だ。いつまでたっても、おれたちは。
「俺を好きだって、言えよ。素直に」
「カカ」
それでも悟空は口を塞いで俺を拒む。もう見飽きた。こんなやりとり。俺はお前が欲しいんだ。
下着ごと下半身に纏わり付く胴着を引き摺り下ろすと、俺の手に苛められて勃ちあがった悟空の性器が露になる。突然冷えた空気のなかに放り出されて、びく、と一度震えた。男の性器とはいえ、それが悟空のものだというだけでやけに興奮した。
あは、と零れた笑い声は子供の声に似ている。脳髄が麻痺する。背中をぞわぞわと口では説明できないような感覚が這い回っていた。悟空、悟空。頭の中が、コイツ以外何も考えられないようになればいいのに、と思う。同じように、コイツの頭の中も、俺でいっぱいになればいい。ぷつりと溢れてきた先走りを指でかき集め、悟空のものに塗りこむようにして上下に掻くと、ひっ、と引き攣った悲鳴が上がった。
「や、あ、あ゛ぅ、う、ぐ」
嬌声というよりは悲鳴、悲鳴というよりは呻き声だ。明らかに快感を覚えているのに、首を横に振ってそれから逃げている。おかしくて笑えた。肩を押し返そうとする両手に、今はもうほぼ力は入っていない。ほら、結局拒めない。そういうところが可愛い。
「好きだって。悟空」
「やだ、いやだ、ぁ・・・っは、あ、う、う゛ーっ」
獣の唸り声のようだと思う。それでも微かに零れる声は喜びに引き摺られていた。濡れた双眸に俺が歪んで写っている。唇に口を押し付けると、咄嗟に噛みつかれた。最後の抵抗のように思える、俺の肉を噛み千切る力も残っていない、幼稚で稚拙な攻撃。勿論唇から血が出たけれど、無視して再び口内を漁った。血が溢れて、すぐに口の中は俺の血の味で一杯になる。
「か、か、っ・・・、血、が・・・」
口をようやくはなすと、悟空が喘ぎ喘ぎ言った。噛み付いたのは悟空なのに!お優しいことで。笑えて仕方が無い。べろりと唇を舐めて、疎かになっていた手を下へとずらした。がちがちに固まった窄まりに指先を触れても、まったく入る気配はない。ただ一度悟空が大きく眼を見開いて、驚いた顔をしただけ。何をするのか理解できないんだろう。できる限り優しく微笑んでみると、悟空は少しだけ力を抜いた。どうしてこんな状況で、そうやって安心できるのだろう。分からないけれど、好都合だ。
一度手を離して、悟空の下半身に伸ばしていた自分の指を口に含む。唾液を絡めていると、悟空がきょとん、と今の状況には不思議なくらい似合わない表情をつくる。馬鹿だ。それはきっと俺もなのだろうけれど。一度微笑んで見せながら、もう一度後ろの尻の穴にそれを這わせる。ぎくりと強張った体を見て、悟空がまた不安そうな顔をした。でも、もう遅い。止められる言葉が吐かれる前に、中指を無理にそこへ差し入れた。い゛、ぁ、と獣みたいな悲鳴が上がる。
「いっ・・・て、ぇ、う、うそ、なんで」
「好きだから?」
ら?って。自分で言った言葉に、思わず自分で噴出す。セックスしてるとは思えねぇな。ようやく本格的に身の危険を感じたのか、悟空の手が握り締められる。殴られるかもしれない、って思ったが、そんなこと知ったことではない。無視して指を二本に増やすと、拳が開かれて床を掌でたたきつけた。あ、ぁあ、と快感の欠片も感じないような嗚咽が漏れる。当たり前だ。血だってでるかもしれないのに、そんなのであんあん喘ぐような変態じゃない。自分のことだしな。自分の身に起こっていることが処理しきれなくて、ああ、とかうう、とか途切れ途切れに上がる声には疑問符がついている。床を引っかく指先が、白くなっていた。
少し腰を引き寄せて、一度奥へと指を入れると、指先が悟空のいわゆるいいところ、をひっかいたのか、大きく体が撥ねた。
「・・・っ、え・・・」
眼を白黒させる悟空を少し笑って、俺はもう一度そこを擦った。ようやく唸り声とは言いがたい、高い悲鳴が上がった。
「きもちいいんだな?」
「っひ、ち、がう、ちがう、こんな、こんなの、」
子供が駄々を捏ねるように首を振っても、しっかりと反応を示すそこからはだらだらと涎が垂らされている。それを指で掬って後孔に塗りこむと、女のように湿り気を帯びてきた。
狭いけどもういいかもしれない。熱くて柔らかいこいつの肉の中に入りたくて仕方が無かった。いつの間にか悟空は泣いていた。頭に熱がのぼって、生理的に流した涙なのか、それとも俺に裏切られたことにでも傷ついて泣いているのか、どちらかとは判別できない。
顔を逸らして小さく悲鳴を上げる悟空のこめかみに、体を伸ばして一度キスをすると、悟空はぱっと俺を見た。そこにあったのは怒りでも悲しみでも、なんでもなかった。いつも通りの、何も考えて無いような、真っ黒い眼球が真っ直ぐ俺を見て、一度だけ、掠れた声で名前を呼んだ。カカ。
「なん、だよ」
思わず、声が引き攣る。反射的に怯えた。期待を裏切られたからかもしれない。侮蔑するような目で射られると思っていた。悟空は何も言わずに、俺を見て、口を噤んだ。なんだよ。何が言いたいんだよ。元は同じ生き物だったはずなのに、今やただの別個の生き物でしかない。還りたい。こいつのなかに。
頭の一部分がかっと熱を持った気がする。そった体の、むきだしになっている首に噛み付いて、少し遅れて自分の熱を悟空の中へ捻じ込む。熱くて、柔らかい。
「あ、ァっ!かか、ぁ・・・っは、なん、な・・・っひ」
「ん・・・悟空んなか、あっちぃ・・・」
みっしりと包み込んでくる肉壁は蕩けそうで気持ちがいい。もしかして混ざってるのかもしれない、なんておもった。再び俺達はひとりだ!夢見たいな事実に口が歪む。
「あっ、やぁ、あ、ああ・・・っ、かか、ぁ、あ、!」
床を引っかく手が、縋るように俺の胴着を掴んだ。それでいい、と思って、俺の頭に顔を擦り付けてくる悟空から一度離れて、また唇に噛み付く。舌を吸いあって唾液を飲み込むと、悟空の瞼が一度震えた。
ぐちゃぐちゃと泥を掻き撫ぜるような音が、遠いどこかで鳴っていた気がした。腰を引いたりたたき付けたりと繰り返していると、悟空がだめだ、と喘ぐ声に混ぜて言った。
「で、っ・・・・っふぁ、あ、」
「いく、?」
「っぁ、ひ、い゛ぅっ、あ、あぁ、あ、かか、かかぁ、っ」
こくこくと小さく首が上下に振られる。触っていなかった悟空の性器をそろりと撫でて、鈴口に爪を立てると、一段と高い声が上がった。それとほぼ同時に体が弓なりにそって、びくびくと痙攣する。鈴口から噴出した精液が悟空の赤く色づいた体にだらだらと掛かった。悟空が達する瞬間、同時に収縮した内壁に促されて、俺も同時に達した。
こいつが子供でも孕めればいいのに。そうしたら俺はもう一度こいつから産まれることができる。子供としてだって愛されるし、再びこいつの体内で安穏とした日々を過ごせるだろうに。何度も何度も悟空にキスをおとして、ようやく俺が悟空のなかから性器を取り出すと、悟空はぐったりとして動かない。収縮を繰り返す孔からはとろとろと俺の精液と、最初に入れた悟空自身の精液が漏れ出していた。
満足感で満ち溢れている。幸せで仕方が無い。指先でじとりと汗ばむ悟空の額に張り付く髪を掬い取れば、脳の隅っこで誰かが笑う声がした。ざまぁねぇ。癇癪起こした馬鹿なガキか。
俺は一人でその声を嘲笑う。ガキで結構。それでこいつを俺の近くに永遠に置いていられるのなら、ガキにでも猿にだってなってやるよと。声は一度だけ笑って、頭の奥へと引っ込んだ。どこかで聞いた声のような気もしたけれど、どうしても思い出せない。
でも、どうだって良かった。今は、何がどうなろうとも。
2009/6・2