■指先の触れるなだらかな肢体のその間で
「嫌いだ」
顔を両手で覆い、喉からひねり出したかのように掠れた声を上げて、式岸は嘆いた。
嫌いなんて言葉は、そんなに泣きそうな声で言うものじゃない、と俺は思う。もっと、相手を突き放すように、吐き捨てるように言うものだ。
それでも式岸は言う。「嫌いだ。大嫌いだ。お前なんて死ねば良い。憎い、嫌いだ。大嫌いだ」と。嗚咽を上げるかのように言った。
言葉とは裏腹に、俺のペニスが突き入れられた式岸の中は熱く、俺のことを放そうとしない。そりゃ、女とは違って突っ込むような所じゃないからキツイのはしょうがないけれど。
綺麗に筋肉の付いた腹が、ひくひくと痙攣していた。はぁ、と荒い息遣いに嗚咽が混ざる。泣いている。
ぐち、と液体と肉が絡み合う音が室内に響いた。式岸の「嫌いだ」という言葉が途中で一瞬途切れて、引き攣った悲鳴を上げた。
「っあ、・・・・・は」
両手の隙間から見えた式岸の碧の目は、涙で潤んでいた。強姦ではないというのに、俺は酷く犯罪者になった気分になる。いや、クラッカーだから既に犯罪者だけれども。
「嫌い?俺が?」
「きらい、だ。だいきらいだ」
「なぜ?」
子供のように泣く式岸に困惑した顔をして、俺は問う。式岸は言葉を無くして、少しして吐息を洩らした。熱い。
「暴君を、困らす。暴君が、厄介だと仰っていた。だから、お前なんて、いなくなってしまえばいい」
式岸の行動原理は死線絡みか家族絡みだ。予想していたとはいえ、この状況で死線の名が出てくるのに、俺は思わず顔を顰めた。
「きらい、だ」
再び、式岸が唸る。
そんな男に体を開いて、どんな気分なのだろうか。死にたいぐらい苦しいのだろうか。式岸の全てにとって不必要な存在は、式岸にとっても不必要なのだろうと思う。
「じゃあ、死んでやろうか?」
は、と荒い呼吸が一瞬止まる。よろよろと式岸の顔を覆っていた両手が離され、赤く腫れた目から涙が伝うのが見える。
「お前のために、死んでやろうか」
「―――――――」
式岸の唇が、小さく震える。可愛いと思った。脆いと思った。
その指先が、初めて動く。
今までの性行為の間、シーツを握り締めて、けして伸ばされなかった両腕が俺の首へと回される。ぎゅう、とそのまま抱きしめられ、俺は耳元で息を零す式岸の音に集中した。じとりと滲んだ汗が素肌に不思議と心地よく、体温が汗に奪われて、少し冷たい。
「死ね」
「分かった」
「死んでくれ」
耳元で囁く式岸の口元が、微かに笑ったのを感じる。幸せそうだと思った。死ぬはずである俺も何故か高揚する。愛しい人間が幸せになると自分も幸せになれるとは、本当のことだったのかと思う。
「好きだ。愛してると言ってもいい。お前のために、死んであげよう」
子供をあやすように言えば、式岸が俺を抱きしめる腕に力が篭った。背中に回った手が震えているのを感じる。ああ、いいな、と思った。
式岸の背中に手を這わせれば、浮いた肩甲骨から背骨を辿る。細い体に適度に付いた筋肉が美しいと思った。汗でしっとりと濡れている肌を堪能するように掌で撫でていき、段々と下がっていく。細い腰に手を当てれば、ぴく、と内壁が蠢いた。俺自身を包みこんだ式岸の中が、絞り込むようにきゅうきゅうと締め付けてくる。
「きもちいい」
笑うように呟けば、ぎりっと背中に回された式岸の指が背中を引っかいた。男の勲章?とか言っている場合ではなく痛い。ぬるついた中から肉茎を引き抜けば、式岸の悲鳴が上がる。
全て出される前に、叩きつけるように性器を再び式岸の中にねじ込めば、あああ、と熱い息が俺の首に吐かれた。ぎくり、と式岸の腰が固まる。足が震える。
「あっ、ぁあ、ひ・・・・・・ン!」
「軋騎」
「っ、ああ、あぁ・・・・!やっ・・・」
ねとり、と式岸の舌を咥えるように嘗め上げれば、震えながらも式岸は言葉を噛み殺そうと俺の首に顔を押し付けていた。そのまま肩にがぶりと噛み付かれ、今度は俺が硬直する羽目になる。
熱い吐息がモロに俺の首に吐き出され、舌が行き場を無くして俺の首を嘗める。
「んっ、ふぅっ、っふ、はっ」
「きしき、」
「んむ、っ、ふ・・・?」
背筋をぞくぞくとしたものが駆け上がるのを感じながら、耐えられず俺は軋騎の腰に再び己の肉をたたきつけた。はふ、とくぐもった声が耳元に届き、肩に痛みが走る。じくじくとした痛みが酷く心地よく、ぬちゃぬちゃと響く音が耳から俺を犯していく。
「死線が好きかい」
「んっんぁ、・・・・あっ・・・は、ぁ・・・!す、・・・っき、だ・・・!」
「零崎、は、好きかい」
「あっぁあ・・・!あ、っふ、ふぁ・・・、!」
ゆさゆさと体を揺らしながら奥へ肉をたたきつけると、前立腺をモロに刺激されているせいか震えながら式岸はゆっくりと頷いた。
「俺は?」
「ああ、あっあぁ、あっんん!」
「俺のことは、好きかい?」
「ふっあああ、ぁあ、や、ぁああ!」
ぐちゃぐちゃと精液が絡み合う音が響く。俺がそのまま精液を式岸の中にたたきつけると、声にならない悲鳴を上げて、式岸の体が弓なりに軋んだ。
「あああああ、あっ・・・・ん、くっ・・・ぁ・・・」
ぐたり、と式岸の体がベッドに沈む。それでも生理現象かでびくびくと式岸の腰がひくついて、そそりたった性器からびちゃびちゃと精液が吐き出された。痙攣する腹の上に巻き散らかされた白い液体が、すり寄せ合った俺と式岸の体の間でぬらぬらと滑った。
突如、がっと俺の後頭部が捕まれ式岸の方へぐいっと引き寄せられる。とろん、とした顔でも、それでもなんとか睨みつけるような顔をして、式岸が俺の顔の寸前で、いつものように吐き捨てる。
「・・・・・・・嫌いだ」
「それでいいよ」
式岸の瞼に唇を押し付け、薄い皮の向こうでごろごろとする眼球を愉しむ。顰められた眉にそっと笑みを零し、俺は精液でベタベタになってしまった手をどうしようかと迷った末、そっと式岸の首を撫でた。
「俺は好きだから」
2008/03・18