■百合色を食んで孕んだ肉の芽を紡ぎ
じっとりとした空気が室内に充満している。みっしりと。窓を開ければ済む話なのだが、軟らかな灯篭に照らされた室内で体を重ね合わせたまま、テンゾウとカカシはじっと身を潜めていた。白い寝間着を着ているとはいえ、布一枚少し乱れればしっとりと濡れた肌が触れ合い、気持ち悪いことこの上ない。暑い。もはやこれは拷問に近いのではないか?テンゾウはぼんやり思った。
絡まりあったままじっとして動かぬものだから、ああ、もしかしてこのまま寝ても良いのやもしれぬと、うとうととテンゾウが瞼を下ろしかければ、するりと太腿に下がってきたカカシの冷たい掌にむりやり意識を覚醒させられ、すぐ真横にあるカカシの耳に、「先輩」と叱咤するように声をかけた。
「何してるんです?」
「セクシャルハラスメントは社交辞令だと思うんだけど、どう思う?」
「そんな世界滅びればいいと思います」
「いい返答だ。テンゾウは聖人になる見込みがあるね」
相も変らぬ人を喰ったかのようなカカシの台詞に嘆息している間にも、カカシの手は不躾にテンゾウの下半身へやわやわと這わされた。これが社交辞令ならば、世間の変態が祭りでも開きそうなものだ。テンゾウは生理反応でぴくりと痙攣を起こした己の手を忌々しく思いながら、八つ当たりに、目の前にあるカカシの耳にがぶりと噛み付いた。「あ、ぎっ」本気で痛かったのだろう、一拍遅れてカカシが声を押し殺し切れなかった唸り声が上がった。どうせなら噛み千切ってしまいたい所だが、耳無し法一よろしく、この男が里で写輪眼並に有名になるというのも、暗部としては良いとはいえない状況ではないかと思い、犬歯で切ったことによって溢れたカカシの血を舌先で舐めとった。
「っ・・・ちょ、テンゾウ、なんでそこで、噛むのかなぁ・・・?これ、良くわかんないけど、血出てるんじゃない?」
「貧弱なカカシ先輩の耳が悪いんですよ。鍛えてください」
「耳をどうやって鍛えるのさ」
無理としか考えられないテンゾウの台詞に声を裏返し、情けない声を上げる。それでも留まる気配を見せないカカシの手は、既にテンゾウの性器を下着越しに嬲り始めていた。噛み付いたときは流石に止まったのだが、ああ、まったく見上げた根性である。こんな根性を普段の任務に出してくれればいいのに。
「生意気な後輩には少しお仕置きが必要なようだね」
「先輩、その台詞今思いついたでしょう」
「こんな台詞を前々から考えてるのも嫌だと思うけど」
ぐったりと抱き合う状態で、互いに相手の顔は見えない。すぐ横に顔があるけれど、テンゾウが睨みつけているのは綺麗な木目の天井で、カカシが見ているのは畳の細かい網目一本一本である。
血の染みこんでいる忍装束は部屋の隅にたたまれて置いてあるし、暗器も毒薬も、一緒に隠されている。お仕置きって、とテンゾウが表情を歪めたのに、カカシがおもむろにテンゾウの顔面にひっかけたのは、普段彼が使っている鳥の面だった。錐によって開けられた眼の部分とはずれて、面の下半分を丁度眼の部分に引っ掛けられてしまえば、テンゾウの視界から天井の木目が攫われ、こんど現れたのは面の内側の木彫りの面である。
「で、お仕置きとは?」
「そう・・・所謂目隠しプレイという奴?」
「普通布とかじゃないんですか?」
「なんだ、テンゾウ、俺の褌で目隠しされたいの?いやらしいやつだなぁ」
「なんで褌で目隠しされるといやらしい奴になるんですか・・・むしろそれがセクハラですよ」
特に声色に変化は無く、相変わらず飄々と交わされる会話に、「もしかしてこの子は貞操観念というものがないんだろうか」と心配しかけるが、テンゾウはああ、とぼんやりした声をあげるだけだ。
「そういえば先輩、男色の趣味がおありでしたっけ?」
「ないよぅ。今が任務中だから、郭にも行けなくて、仕方なくテンゾウといやんあはんな状況にいるわけ。不可抗力だよ。ああ、なんと悲しき運命!」
「その割には楽しそうですねぇ」
「分かる?実は役得って思ってるんだよ」
冗談交じりに囁かれた言葉は悪戯をする子供のように無邪気だ。役得?男を抱いて楽しいことなんてあるものだろうか。そんな思考が脳裏を過ぎったが、それを言うなら女を抱いたとしても何が楽しいか良く分からないかもしれない。手触りがいいものを触りたいならば、絹でも買って一日中撫でていたほうが、簡単だし、きっと女のように裏切られることだってないだろう。
つるり、と双丘を割ってカカシの指先がテンゾウの秘部へと触れた。ああ、そうか。絹には孔がないな。テンゾウは冷静にそんなことを考えて、やめた。やけに冷めている自分に嫌気が差したのもあったが、目の前で行為に及ぼうとする男が耳元でああう、と情けない声を上げたからだ。
「どうかしましたか」
「潤滑油忘れてきた」
・・・こういう時、男は面倒だ。どっと疲労感が体全身にかかるのを感じながら、はあああ、と重苦しいため息を吐いたカカシの息を首筋で感じる。
「何も無しで突っ込んだら怒るよね」
「先輩は切れ痔というものの苦しみをご存知ですか?」
「うん、調子にのってごめんね」
やけに淡々とした口調になるのを理解しながら、テンゾウは知らず知らずのうちに己の口元が冷酷な笑みを浮かべるのに気づいた。テンゾウの纏う空気が暗澹としたものに変わるのを持ち前の勘の良さで察知して、カカシはのろのとと己の体を起こし、着物の裾から突出させた性器をテンゾウのものに擦り付けはじめた。
ぞく、と肌寒さと言い知れぬ不安感に苦々しげに口を歪め、テンゾウは呻くように言った。
「意地でもやるつもりですか?」
「勃起しながら暗殺なんて格好がつかないじゃない?」
少し荒くなった呼吸が、ゆっくりと暗闇に広がっていく。はは、と嘲るようなカカシの笑い声が一度、空虚な室内に響いた。ふざけている。それは命の危機にぶつかると子孫を残そうとして興奮する人間の本能もそうだけれど、だからといって共に人殺しをしようとする後輩を相手にしようとするカカシ相手もそうだし、それを拒むつもりもない自分のことも、そうだった。
くちゅり、と水音の立った根源は見ることはできない。テンゾウが見ているのは漆黒の面の内側だし、視界がふさがれているせいでやけに感じてしまうカカシの手の動きもそうである。やけに煩わしい呼吸の音と粘性の強い精液の音が、テンゾウを耳から犯していく。
「は、ぁ!」
何も考えたくない。畳をひっかく己の爪なんてはがれてしまえばいいと思ったし、いっそ欲情するのならば男性器なんて切り落としてしまえばいいのに。・・・それは流石に止めておこう。
あ、あ、と嘆くようなテンゾウの声がゆっくりと漏れ出し、小さく笑うカカシの声がそれに重なった。嘲笑う。動物の交尾より醜く、まるで愚かだ。生産性のない行為に没頭して、何が良いのだろうか。良くないから、それが楽しいのか。いつだって無駄なことが大好きなのだ。人って奴は!
いっそげらげらと笑ってしまいたくなったが、やけに冷え切った目をして、ぐるぐると熱に魘されるテンゾウを眺めているもう一人のテンゾウが、それを留めていた。綺麗に。いっそ死ぬか?男にいいように喘がされて。惨めに。体を軋ませ。無様に泣き叫び。何かを求めているのか知らないが、掴むものを知らない腕を空中に彷徨わせ。馬鹿みたいに。まったくの愚か。
恥を知れ。
「テンゾウ・・・」
熱を孕んだカカシの声がテンゾウの耳朶を打った。ぴちゃりと音を立てて、カカシの熱い舌がテンゾウの耳を舐った。
止めろと叫べ。愛撫する手を払いのけろ。愛しているふりは止めろと。無様だと。人殺しのくせに!
「ああ、ああ・・・!」
引き攣った声に混じって、テンゾウが嘆く。畳に立てられていた爪はいつしか外れ、カカシの肩の着物を握り締める。
股間をしとどに濡らし、女のように啼き。惨め。無様。なんて愚かな。男の癖に。喘がされるのが好きなのか?この売女。厭らしい奴め。
浮かんできては霧散する数々の言葉は、テンゾウが今まで見てきた光景でもあった。この世間、男が男を貪ることなんて少なくは無い。任務で見たいくつものおぞましい光景が脳裏に浮かんでは、どろりと濁って心臓の奥深くへと落ちていく。みんな、同じじゃないか!
「テンゾウ、好きだよ」
そういうことを言う人じゃない。そういう言葉が聞きたいわけじゃない。これは仕事だと言って、割り切って。感情を見せないで。貴方は綺麗なはずだ!僕が見てきたあんな醜い連中とは違う。愛なんて知らない、愛なんてくだらないと切り捨てる人であれ!
テンゾウの願いを優しく裏切り、カカシは熱に浮かされるように囁く。
「好きだよ」
「あっ、あ、ひ、や、あ、あああ!」
いつからこんなに愚かに。こんなことなら、むしろ押さえつけて、無理にでも犯してくれるほうが良かった!テンゾウはかっと熱くなった目元からぼろぼろと涙を流し、知らずのうちにカカシの背に縋りついていた己の爪を、ぎりりとカカシの背に立てた。それを合図に同時に腹の間に精液を吐き出し、一瞬、息が止まり、叩きつけられた精液がびしゃ、と一際大きく音を立てた。
「うそですよね・・・」
は、は、と荒い息を吐きながら、テンゾウが両手で己の顔を覆い、嘆くように言った。哀れな幼子を黙って見て、カカシは小さく頷く。
「テンゾウが望むのなら、嘘にもなれるよ」
ありがとうございます、という言葉はテンゾウの唇を一度震わそうとしたが、ごくりと唾を飲み込めば、「ごめんなさい」と弱弱しい言葉に代わり、一度室内の空気を振るわせた。2人分の白濁した液に汚された片手を浮かせたまま、カカシがどうすればいいかと一瞬惑い、結局性欲処理だけでその日は終わった。
2008/6・29