■恋愛主義講座
「僕の初恋は軋識さんかもしれません」
ベッドの上にごろりと寝転がった状態で、曲識は呟いた。幼い指先がシーツの上を辿り、腰を下ろして文庫本を読んでいた軋識の腰にしがみつく。ああ?と不思議そうな声を上げながらもその腕を振り解くことはせず、軋識は片手で曲識の柔らかな髪を撫ぜた。
「なんでだ」
「僕が軋識さんのことが好きだから」
短絡的な思考回路によって導き出された初恋という回答に、軋識は文面から欠片も外すことなく、文字を頭に入れながら、残りの意識をふと曲識へと移した。
「じゃあ、双識は好きか?」
「好きです。・・・・・あれ?」
そこまで答えてから、曲識は頭に軋識の掌を乗せたまま、不思議そうに首を傾げた。自分の感情や考えていることに曲識自身が追いついていないのか、ぱちぱちと瞬きをして、呆けた顔で軋識を見上げる。
「この間ホテルで会った赤毛の子供は?」
「好きです」
不思議そうな顔をしながらも、単純に思ったことを返答する幼い子供を心底おかしそうにくすくすと嘲笑って、軋識は肩を震わせた。「誰が初めてなんだ?」からかうような口調になったのは仕様だ。
ぼんやりと宙に視線を這わせながら、一度唸り、首を傾げ、曲識は最初の意見を曲げぬよう、口調に力を入れて、首を振る。
「でも、双識さんとキスをしようとは思いません」
「だが、赤毛の子供とはしたいだろう?」
微笑むような視線が、漸く紙面から離された軋識の目から、曲識へと絡みつく。子供を見守る大人のような視線に、きゅっと口を噛み締めて、曲識は一度肩を竦めた。
「それは酷いです」
「会えないからか?」
「・・・・さぁ、なんでしょうか・・・」
先ほどから、要領の得ない言葉しか吐けていないのはわかっている。再び軋識の目が文庫本へと移りそうになるのに焦り、曲識は素早くその手から本を奪い取った。幼い、しかし楽器を操るが故に細長い指が、少し骨の浮き出た男らしい無骨な、しかし細い手に触れる。一瞬、非難するような目が曲識を穿ったが、曲識は文庫本をベッドの脇に設置されてあった机に置いた。
「恋愛相談がしたいのか?」
「告白がしたいんです」
やけに冷静な軋識の言葉に、大人と子供の差をありありと見せ付けられているように感じられて、曲識は軋識の手首を掴み、勢いで押し倒した。子供が体当たりするような動作で、2人でもつれ合いながらベッドに沈み込む。
「なぜ双識とはこういうことはしたくないんだ?」
「双識さんに対して僕が抱いているのは家族愛です。恋愛じゃない」
「じゃあ、赤毛の少女とは?」
「分かりたくない・・・」
顔を覆い、曲識は嘆いた。何故こうも、この男は僕を苛めるようなことばかり言うのだ。僕が愛しているのは貴方だと、何度言えば分かるのだ。顔を覆っていた手を離し、噛み付くように軋識にキスをすれば、一瞬目を見開くも、軋識はそっと微笑んで、稚拙に潜り込んできた曲識の舌を絡めとった。
「ん、ふ」
「なぜわかりたくない?」
ちゅっ、と一際音を立てて口を離し、軋識が快活に笑った。これから曲識が言おうとすることを、既に見透かしたような、汚い大人の笑顔だった。
「わかったら、あの子が殺せない」
「殺したいのか?」
「殺したい」
自分に教え込むような言葉を吐き出して、嘆くように曲識は言った。その口調はむしろ自分が死にたがっているようであり、ゆっくりと空中に霧散する。呼吸をして、その悲哀を取り入れる。
既に予想済みだった返答に、軋識はあやすように曲識の頭を撫でながら、優しく、「おかしなことじゃねぇよ」と小さく囁いてやった。
「これは恋ですか?これが恋だとしたら、なんて、恐ろしい」
「殺すことで完了する恋もある」
「そんな恋はしたくない。僕は彼女に、再び歌を聞かせてあげたいだけで」
拙く幼い、少年の本心は、押し倒されたままの男の心臓を抉った。
「それが恋?」
嘲笑うように、軋識は鼻で少年をせせら笑う。まるでくだらないと。子供の児戯だと。
「軋識さん」
「恋にしては、少し、美しすぎるな」
そんなもの、馬鹿にするように軋識は笑って、己の上に跨ったまま、呆然とした顔の少年の口へと再び噛み付いた。そんな優しさもいらなければ、そんな美しさもいらないと。
お前の初恋がこんなに醜くていいわけがないと、美しい子供に教え込むように。
「あっ、軋識さ」
言葉が吐き終えられる前に。
軋識は曲識の口から唇を離すと、するりと滑らかな動作で曲識の首に噛み付いた。頚動脈を舌で舐れば、ぎくりと少年の幼い体が強張る。
「死ぬのが怖いのか?死にたがってたんだろう?」
「ああ・・・なんて人だ」
くつくつと首に唇を押し当てたまま軋識が笑えば、振動が伝わったのか、犬歯が曲識の細い首に柔らかく食まれた。くっと曲識の喉が後退する。それに対して、まるで獣のように歯を立てたまま追いかける。幼い手と大人の汚い手が絡み合い、結局シーツに落ちた。
「貴方がこんな酷い人だなんて」
「幻滅したのか?俺が好きじゃなくなかった?」
「好かれようと思ってないくせに」
吐き捨てるように呟けば、小さく軋識が喘いだ。薄い体がびくりと痙攣し、金縛りにでもあったかのように弓なりに背を反り、ずるずるとシーツに埋もれる。ようやく曲識の首から唇が離れ、唾液がてらてらと艶かしく光を反射した。それを見上げながら、美しく微笑む弟のような存在がゆっくりと視界の下方向へと消えた。そしてその後、下半身に直接的な刺激。
「はっ・・・」
「軋識さんは、狡猾ですよね。僕に愛されたいくせに、自分からは逃げるようなことを言うんですから」
するり、と衣服越しに性器を撫で上げられると、軋識が唇を一度噛み締めた。ひくり、と喉に浮き出た喉仏がぶれる。笑った。
「好きです。好きですよ。嫌いになんてなりません。家族なんですから」
「やめろ、曲識」
ようやく、切羽詰った軋識の声が曲識を叱咤した。曲識が本気だということをやっと理解したのだろう。だが、もう遅いし、曲識は自分を信じてくれない人間の言葉を素直に聞くような良い子供ではなかった。なんといっても殺人鬼なのだから。
やめろと言われて人を殺すのが止めれたら、今こんなことになんてなってない。
くすくすと曲識は笑みを零して、荒い手つきで軋識の下着ごとズボンを引き摺り下ろした。流石に家族の、しかも子供の手で既に反応を持つようではないらしく、反応のない息子に曲識は一度目を留め、しかし躊躇の欠片もなく、ぱくりとその男性器に舌を這わせた。ひっ、と引き攣った声が上がるが、そんなこと曲識の知ったことではない。グロテスクとも取れる肉棒を、普段楽器を携え人を惑わしてやまない指先が優しく愛撫する。
赤面どころではなく、実際曲識の頭を殴りつけてでもこの行為をやめさせたい軋識は、曲識に体の自由を奪われており、それどころではなかった。引き攣った悲鳴の上がりそうになる声を押し殺し、歯を食いしばり快感を受け流す。気の迷いだ。曲識もすぐにやめればいい。
「はっ、はぁ、ああっ」
「声を抑えないで下さい」
普通、そう言われて抑えない人間は居ないと思うが、この音使い相手は別だ。曲識の命令は軋識がどれだけ拒もうと、その脳髄に直接響き絶対服従させる力を持つ。食い縛っていた歯がゆるゆるとその力を抜けば、舌がびりびりと痺れてきていた。なぜ、と脳が悲鳴を上げるが、今更遅い。はぁ、はぁ、と荒い息を吐く軋識の声が室内に響くのはそう遅くは無かった。
「あ、ぁあ、いや、やぁ・・・!」
「軋識さん、こっち使ったことあります?」
「あ、んっ!」
ぐり、と後部の孔に幼い指先が押し付けられると、屈辱と気持ち悪さで軋識の体がしなった。震える体で首を横に振ると、そうですか、と曲識はほっとした顔をした。
「僕がもう少し大人になるまで待ってくださいね」
「あ?な、に・・・・?ひっ」
即座に鈴口を吸われ、問いかけは霧散した。溢れ出ていた先走りをじゅるじゅると音を立てて吸う曲識に、目尻に涙を浮かべて首を振りながらそれを拒めば、可愛いですねと曲識が小さく笑った。
「溜まってたんですか?ああ、溜まりもしますよね。女の人だって殺しちゃうんですから。一人でずっと処理してたんですか?軋識さんの歳を考えると、辛いですよね・・・でも、悪くない」
「あっあ!なに、が、ぁ!」
「軋識さんに触れる女がいなくて」
歳相応に可愛らしく微笑まれても、そのすぐ近くにあるのが勃起した己自身だということに目の前を真っ暗にして、軋識が小さく嘆いた。
「好きです。ねぇ、軋識さん、信じますか?ねぇ・・・」
「あっは、はっ、あ・・・!」
なだらかに、やさしく。うつくしいねいろで。うたうように。
鈴口を爪で割るように引っかけば、びくりと軋識の体が痙攣し、すぐに精液を吐き出した。どぷ、と一気に腹を汚した軋識の精液と、家族に達せられたという事実に唇を噛み締めほろほろと泣いている軋識の顔を満足げに見下ろすと、曲識は再び優しく囁いた。
「好きです」
嘘であればいい、と思いながら、優しく己の頬を撫でる曲識の手に安堵し、軋識は小さく謝罪した。誰に向かってかも分からないまま。
2008/6・29