■絡みつく主張と焦燥と優越
ひどく乱れた気だった。
不意に躯の底から湧き出る衝動を抑えようと、地球外に出てそこそこに強い奴と戦い、そこそこに満足した所で地球に戻ってみれば。真っ先に探る気配がひどく小さく、弱っていた。それに心臓がいち早く反応して、どくどくと溢れ出すあの赤のように不安がどんどん膨らんでいった。
気付けば地面を思い切り蹴り、おそらく普通の生物には捉えられないほどのスピードで其処に向かった。瞬間移動を使えば一瞬で其処に辿りつけることを、失念するほど動揺していたのだ。ものの数秒で目的地に足をつけ、普段なら何てことない運動に肩が上下する。はあ、と息は乱れ、額からは一筋の汗が伝う。最近では感じたことのない躯の反応だった。
眼前に塞がる見慣れた家の扉に視線を集中させる。常に感じていた気配は確かに其処にあった。赤い体毛に覆われた腕をゆっくりと伸ばし、ドアノブに手を掛けた。
「よお、早かったな」
部屋の奥に男は居た。確かに彼は疲弊しきった様子でソファに身を投げ出し、虚ろな緑碧を訪問者に向ける。腰まで伸びた金色はぼさぼさに乱れ、普段身に纏っている山吹色の道着は所々破れていて日に焼けていない生白い皮膚が見え隠れしている。
「どういう、ことだ」
懸念していた事態はどうやら杞憂に終わったようだが、異常なことには変わりがなかった。血の匂いも微かにするが、それよりもひとより発達した鼻孔は違う匂いを捉える。
「フォー、おめぇが今、考えたとおりだ」
いのちになる前に死んでいく小さな欠片の匂い。紛れもなくそれは情事の後を示していた。他の誰でもない、サードと、誰かの。俺じゃない、誰かとの。
「まさか怒ってんのか?」
嘲笑するようにサードは口角を上げる。こんなのオナニーと同じだろ、とまるで世間話をするようにサードは軽く告げた。
「相手はカカロットか」
「おいおい、ここは怒るとこか?」
「別に怒っちゃいねえよ」
気に入らねえだけだ。フォーが唸るように吐き出せば、男は怪訝そうに目を細めた。それは同じ意味ではないのかと言いたいんだろう。違う。全く違う。うまく説明できないが、違うのだ。
「それで?」
「あ?」
「あいつで、満足できたのか」
今度はフォーが口角を上げた。赤く縁取られた金色が鋭く煌めき、サードを見下ろす。先刻までの緩んだ顔はなりを潜め、サードは縋るようにフォーを見上げた。
「全然。足りねえよ」
まるで赤子が抱っこを強請るように伸ばされた右腕をやや乱雑に掴み、空いたもう片方の手は既に破れた道着を握り、思い切り引き裂いた。
「言ってみろよ」
ただの布切れと成り果てた、サードの身体を纏っていたそれ、がふたりの間で舞う。露になった上半身には既につけられた所有印がいくつかあって、フォーの嗜虐心を煽るには充分すぎる材料だった。
「彼奴にどんなひどいことされて喜んでたんだ?」
答えなど期待していなかった。フォーは鎖骨の辺りに集中する赤いそれに歯を立てる。他の人間より尖った犬歯を躊躇いも無く皮膚に突き立てればぷつり、という小さな音が鳴った。途端に跳ねる男の肢体にフォーは満足げに口角を上げ、赤い穴を増やしていく。
「……ッ」
痛みに強いことは当然知っているから、歯を立てる度にびくびくと奮えるのは痛みからではなく快を感じていることを理解していた。その証拠にサードの薄く開いた唇からは悩ましげな吐息が漏れ出し、緑碧は潤みじっと次を待っている。拘束していないサードの左手は、フォーを促すように肩まで伸びた黒髪を掴む。開けた穴を舌でちろちろと舐めれば、もどかしいのか髪をぐいぐい引っ張られた。
「おい、……おい」
「…ああ? なんだよ、やめるな」
どうやらスイッチが入ってしまったようだ。サードの視線はどこか虚ろで据わっている。カカロットじゃ到底満足できなかったんだろうか、とフォーはカカロットを不憫に思ったがそれを喜んでいる己も確かに居ることに苦笑を隠せなかった。
「お前……、まあいいか」
血が滲むそこをべろり、と舐め、吸い上げると上から女のような高い媚声が降ってくる。右手で脇腹を撫で上げ、逞しい胸板にぽつんと尖ったそれを親指で擦れば、ひく、と喉が鳴って赤く熟れた尖りは硬さを増した。
もう片方は舌先で輪をなぞり、子猫がミルクを飲むように舐める。堪らないのかぴくぴくと踊る肢体はサードの吐き出す声と連動して、髪を掴んでいた左手はいつの間にかフォーの肩の赤い体毛を握り締めていた。
「…んん、あ、」
赤く尖るそれを口で被い、ぷちゅ、と音を立てて吸う。それを数度繰り返す。まるで赤ん坊に戻った気分だった(実際、母親の乳首なんざ吸った記憶は無いが)。
「あ、あっふぉお、もう、」
切羽詰まったような声が間近に聴こえて、視線だけを上に寄越せば思っていたより近くにサードの潤んだ双眸があった。視線が交わったまま口に含むそれをちゅう、と吸うと途端に緑碧は隠され、金色の睫毛を奮わせた。指でそろりと睫毛をなぞるとぴくぴくと瞼が震える。快楽に戦慄く薄い唇に己のそれを重ねると待ち侘びたかのように口腔内に導かれた。
「んっ、ん、ぅ」
積極的に仕掛けてくる舌に応戦しながら、手探りでサードの下半身を探ると既に主張を始めていたそこはじわりと快感の証が道着に滲んでいた。
「はしたねえなぁ」
「おめぇ、が焦らすからだ、ろ…」
唇を合わせたまま揶揄するように言ってやれば、熱い息を吐きながらサードは唸るように反論する。フォーはそれは悪かった、と布越しに性器を擦り上げる、とサードの喉の奥が引き攣り全身が金縛りにあったように一瞬強張る。ふあ、と子供のような声が漏れ、それまでも食い尽くそうとフォーはサードの唇を再度奪った。
「…ふ、んっ、ふぉ、はやく」
先を急ぐようにサードが腰を寄せれば、また衣服は破り裂かれ今度はフォーの無骨な手が直接触れる。ずるずると上下に掻き、雁首をぐにぐにと押せばサードの口からは際限なく声が吐き出された。
「は、あ、あ、ああっ、はっ」
先端からは先走りが溢れ、フォーの指を汚す。濁ったそれを性器に擦り込むとぬる、と湿った音がした。
「ほら、お前もやれよ」
下肢を纏った衣服を素早く取り払い、拘束したままだったサードの右手をフォーは自身の性器へ導き握らせる。同じようにやれ、とサードの性器を擦って見せれば、ゆるゆると緩慢な動きでサードの右手が動き、擡げ始めていたフォーの性器はぐんと硬さを増して上へ向いた。
「…は、おめぇも随分と、余裕、ないな」
「誰の所為だよ」
ぬるぬるとし始めたフォーのそれは、サードの手の動きに従順に反応する。勿体つけるように付け根から先端までゆっくりと親指でなぞれば、ぴくぴくと痙攣し、フォーの口から熱い吐息が漏れた。男の表情に気を良くしたのか、サードは性器に絡ませた指を緩急をつけて上下に滑らせる。それに合わせて段々と激しくなるフォーの手の動きに翻弄されつつも、サードは犬歯が見え隠れする男の薄い唇に喰らいついた。
互いに貪り合う唇からは乱れた息が漏れ出し、ぬぷ、と卑しい水音が空間にやけに響く。それに煽られながら、互いに絞り出すように性器を掻くと、びゅくびゅくと白濁が二人の間で踊った。
「はあっ、はっ」
心地よい倦怠感にサードが意識を委ねていれば、やけに余裕を見失った表情のフォーが性急に被いかぶさってくる。鼻を擦り寄せ、まるで主人のご機嫌をとる飼い犬宜しくぺろり、と頬を舐めるのにサードはくすぐってぇよ、とくすくすと笑う。
「いつものおめぇらしくねえな」
「……そうか?」
「そう、だっ、ああ、うぁ」
突然に体内を襲うひやりとした異物の感触。ぬくぬくとなかへと侵入していくそれが指だとサードが認識する頃には3本に増やされ、狭いそこを押し広げていく。
「あ、あ、はっも、もっとおく……!」
「ここか?」
「あああっひぁ、ああっ」
フォーの指が前立腺を捉え、執拗にそこを攻め立てればサードはただ悦びに喘ぐことしか出来なかった。射精したばかりの性器もまた頭を擡げ始め、嬉しそうに涎を零す。
「あ、あ、ふぉおっ!」
足りないんだ、足りないんだよ。お前が、足りない。
可笑しな話だ。悟空でも、カカロットでもない。ましてやオレ自身でもない。お前が、フォーが、欲しくて堪らない。元々はひとつだったオレたちなのに、それでもオレは。
「ああああああ!」
ずるり、と不意に指は抜かれ、間髪入れずに襲いかかって来たのは圧倒的な質量。これまでとは比べ物にならないほどの甘美な刺激がサードの全身を駆け巡り、それは声という形を成して体外に吐き出される。がくがくと揺さぶられ、あまりの激しさに時折舌を噛みそうになるが、それでもサードは喘ぐ。全身で、オレの全部でお前だけを感じているのだと、フォーに示したかった。
「……っ、だす、ぞ」
「はっ、ああっあ」
律動は更に激しさを増し、同時にフォーはサードの性器をそれと同じ速度で擦り上げていく。絶え間なく押し寄せる快感の波に頭が可笑しくなりそうで、けれどフォーの言葉に応えようと必死に首を縦に振った。ぐぐ、とフォーの腰が押し込まれ、体内で弾ける感触にサードも果て、その拍子にぎゅっと内壁が窄まり、絞り取られるようなそれにフォーは小さく媚声を上げた。
「……おめぇ、もかわいい声、出せるんだな」
「うるせえな」
拗ねたような声でフォーが唸るのに、サードは笑う。罰が悪そうな表情をしたフォーは黙れとばかりにサードの口を己のそれで塞いだ。
ひどく乱れた気だった。
フォーが地球に帰ってきたのは直ぐに解った。あの男はふらりと何処か地球外へ行き、ふらりと戻ってくる。サイヤ人の底に眠る本能そのものである彼は戦わないと自我が保てないのだ。元はひとつだったからこそ理解できる。それと同時に思い知る己の無力さ。
こんなことでしかあいつを引き止めておくことができないオレの。
猫のように丸くなって眠る赤い猿の黒髪にそっと触れる。疎らに切れ、焼け焦げたような毛先を見つけてサードは無意識に目を細める。枷をつけて、檻に閉じ込めてしまおうか、などと無意味なことを考えて、小さく嘲笑った。
「オレだって気に入らねえよ」
我ながら馬鹿馬鹿しく愛しい感情だ。
2010/2・11