珍しくチーム全員が集っていた暴君の城で、害悪細菌が俺を呼んだ。
「街。式岸」
うるせえなと思いながら顔をあげると、にたにた笑った男が目に入る。
顔はこちらに向けたまま指はキーボードを忙しなく叩いているのだから恐ろしい。
口を開くのも億劫で黙っていると、兎吊木はひどく機嫌の良い様子で猫撫で声で言った。
「一週間で君をオトしてあげよう」
とうとう頭がおかしくなったのだろうと思った。
仕事を終え、その旨を暴君に報告して一礼して帰ろうとしたところ、暴君に引き止められその場に留まる。
何の話だろうか邪魔な新しい企業と遊ぶ仕事だろうか、予想に反して彼女の話題は先程の害悪細菌の嘯きのことであった。
あの気味の悪い声は愛らしい耳にも届き、鼓膜を通し暴君の記憶となって残ってしまったらしい。
全くなんてことだろう。
悲嘆していると、彼女は微笑み、ぐっちゃんはおちるかしら、と鈴を転がしたような声音で仰った。
「まさか」と俺は否定する。
あの男と性欲処理で何度か体を重ねたことはあったが、それらは決して甘い関係などでは無い。
あれとの行為は苦痛で仕方ない時間だ。
「あれは尤も嫌いな人種ですよ」
苦笑した俺に暴君は意味ありげな笑みをうかべた。
「そう。頑張ってね」
何を応援されたのかはよくわからなかったが、俺は頷く。
彼女に気に掛けていただけるのは至上の喜びだ。
「あ、ぐっちゃん。明日から暫く来なくていいから」
さらりといきなり突き放され呼吸を忘れるかと思った。
「さっちゃんと共同でお仕事だよ。頑張ってね」
あのエールはこのことだったのか、小さく頷いた俺の頭を暴君は優しく撫でる。
「うまく出来たらご褒美をあげる。何がいいかしら。セックスでもする?」
「セっ…!?」
言葉を失った大の男に、少女は少女らしくない妖艶な笑みで、「冗談」甘く囁いた。
「頑張ってね」
再三言われた台詞に俺は上手く返答を返せただろうか。
頭がぼうっとして覚えていない。
不本意ながら兎吊木の助手席に乗せられ、俺は彼女のマンションを後にした。
「死線の蒼と何の話をしていたんだい?」
不快な低い声に自然と眉間に皺が寄る。
彼女の声で清浄された耳が一気に汚れていく気がした。
「教えてくれないのか。妬けるなぁ」
この声を一週間も聞き続けないといけないだなんて、死んだほうがましだ。
沈黙を守る俺にお構いなく、害悪細菌は楽しそうにべらべらほざいていた。
あいつのマンションの地下駐車場に差し掛かったとき、男は突然唇に噛みついてきた。
「っあ!?」
突き飛ばそうと思ったがシートベルトで動きが制限されてしまい上手くいかない。
人間の安全を守るシートベルトのくせに肝心のときは役には立たない。
藻掻く俺の腕を押さえ付け、害悪細菌は無遠慮に口膣に舌を突っ込んでくる。
ころりと何かを舌の上で転がされ、やばいと思った。
何か飲まされる。
抵抗を試みるも無駄だった。
兎吊木は一向に口を離そうとしない。
意地でも呑み込ませる気なのだろう。
じわじわと溶けていく何らかの薬は、苦味を撒き散らしながら、最悪にも食堂を流れていってしまった。
俺の咽がこくりと鳴ったのを確認し、兎吊木は唾液を滴らせながらやっと俺を解放する。
「愉しみにしてろよ、これから病み付きにさせてやるぜ」
殺意をもって睨め付けるが変態男にそれは逆効果を生んだらしく、兎吊木は可笑しそうに声をたてて嘲笑った。
俺は悟る。
解放なんてされていなかった、
これは紛れも無い、地獄の始まりだ。
ふらつく足を引きづり、なんとか害悪細菌の部屋まで辿り着く。
これが暴君からの仕事の話でなければ俺は逃亡を謀っただろうが、そうもいかない。
あの怪しい薬は速効性であったらしく、飲んだ直後からわけのわからない頭痛の波ががんがん頭を叩いていた。
兎吊木は「大丈夫かい?」と白々しく俺を気遣い、ソファへと誘う。
ああ、やられると思ったが、抗う力は無かった。
だるい。
気持ちが悪い。
倒れ込むようにソファへと沈んだ俺を、害悪細菌は見下ろし、値踏みするように視線を這わせてきた。
そしてくるりと踵を返すと奥の部屋へと消えていく。
何かを取りに行ったなとぼんやり思った。
変態の住宅には変態らしく変態な玩具などが数多く保管されているのだ。
しばらくして戻ってきた男が手にしていたのは銀色に輝く鋏だった。
「これは俺の自殺志願と言うんだ」
「ってめぇ…」
しゃきしゃきと空中で何かを切る真似をしながら、二十番目の地獄の名を語る害悪細菌を本当に苛立たしく思う。
その名前はお前みたいな奴が軽々しく口にしていいものではない。
掴み掛かっていきたいが、その気力さえない。
ただ睨むしか出来ない俺の前に 、兎吊木は傅くように座り込むとにたりと笑った。
そしてしゃきんと人の服に刃を入れた。
何やってやがるんだ、この変態。
にこにこと楽しそうに兎吊木はしゃきしゃき服を切り刻む。
実体がわからなくなるほど細かく。
殴ろうとした腕が麻痺したように痺れてあがらない。
冷たい切っ先が肌にあたり、思わず震えた俺を見て男は嬉しそうに笑んだ。
しゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃき。
鋏は上着とシャツを切り刻んだだけでは物足りないないらしく、スラックスにも差し掛かった。
「こんなに大人しい街って珍しいよな。俺に惚れて俺に身も心も服も任せてくれる気になったのかい?」
「寝言は寝て言え。くそ…」
俺の身に付けているものを刻み終わった兎吊木はまだ足りないのか、しゃきしゃき鋏を動かしている。
何も身に付けていない俺を見る目は、まるで切るものを探しているようだ。
はたりと男の目が俺の股間で止まった。
言い知れぬ恐怖に背筋が凍る。
唇を結んだ俺を見て、害悪細菌は子供のように顔を輝かせた。
「大丈夫。君の息子くんを切ったりはしないさ」
しゃきん。兎吊木が選んだのは陰毛であった。
しゃきんしゃきん。
器用に刃先を操りながら、兎吊木は恍惚の表情で毛を切っていく。
俺は屈辱のあまり舌を噛み切って死にたくなった。
だがこの男ならば死んだ人間でも抱くだろう。
こいつに常識は通じないことはもうわかっている。
「あれ、感じてる?」
くすくすと変態が笑う。
死ね。
くすぐるように刃先で敏感なところを撫でられ、俺は情けないことに少し頭を擡げてしまっていた。
「今日は久しぶりにベッドに行こうぜ」
だらりとした俺を抱え、兎吊木は抵抗出来ないのをいいことに好き勝手だ。
寝室のベッドに放られ、兎吊木が今し方つけていた白いネクタイで両腕を結わえられ、足を思いきり広げられた。
そしてあろうことか変態はベッドの柵に右足首、左足首をそれぞれ縄で括り付け、その体勢から動けないようにする。
声さえもう出せなくなった俺に地獄の使者は告げた。
「服は刻んだ。君はもう帰れないね。なに、スカトロは趣味じゃ無いから用を足したいときだけ解放してあげる」
「ひっいっあっあっあー!」
人形を抱くのは好きじゃない。
いつもの決まり文句を口にして、変態はローターを慣らしもしていない穴にぎゅうと突っ込んだ。
自分で抱くのでなければいいらしい。
痛みさえ麻痺した体は揺らし続ける振動にも鈍い快感を齎した。
だがそれは最初だけで薬の効果が薄くなるにつれ、俺は害悪細菌の前であるのも拘わらずのたうちまわるように叫んだ。
「あああああああ!あっっいっ」
「イイ?」
ベッドの縁に腰掛け、高みの見物をしながら兎吊木はローターのスイッチを弱や強にしたりして遊んでいた。
だくだくと精液がシーツに飛び散り、それが乾くのを待たず何度も何度も絶頂を迎えさせられる。
後ろの穴だけでだ。
触られてすらいないのに。
羞恥で死にたくなるが固定されているため必要以上動けない。
無防備な姿のまま、もう白さも残っていない絞り尽くされた透明に近い精液を吐き出した。
あいつのおとすという言葉は、惚れさせるではなく人間として堕落させるということかもしれない。
動かなくなったローターを突っ込まれたままそう思った。
兎吊木は見物に飽きたのか人のものをしゃぶっている。
もう何も出ねぇよ。
ふうと息を吐いて視線を外したとき、つきりとした痛みが下半身に走った。
動ける範囲を駆使して害悪細菌を見ると、爪で尿道を弄ってやがる。
「いっ、やめっ」
「ふふふふふー」
精液が出ないからって、あんまりだろう!?
つぷんつぷんと弾かれるたびに痛みがじくじくとのぼってくる。
暴君の仕事をしないといけないのに、痛みに目を瞑り耐えていると、生暖かいものが顔を叩いた。
目を開けると害悪細菌の極めて害悪な性器が頬に当てられている。
吐くかと思った。
「舐めろよ」
「だ、れがっ…」
「だって街ってばローターで力尽きてつまんないからね。だったら今度は俺の番だろう。噛み切ったら承知しないよ?」
やるとも言っていないのに、兎吊木は半開きだった俺の口に凶悪なものを入れた。
「ふっ…ぐ…」
咽を突かれ噎せそうになる。
「舐めろ」
屈辱だ。
俺は目を閉じ、舌を動かした。
「ふふ。街に奉仕させるのなんて初めてだなぁ」
「んっ…んん………」
「その表情たまんない」
熱い塊が口の中で抜き差しされる。
兎吊木の先走りの液が口内を苦くする。
「っあ、…くっん……ん」
苦しくなり目を開けると、刹那な表情を浮かべた男が見えた、気がした。
「あーやばい。出すから」
「んんぐぅぅ!??」
急いで口を離したものの、白く濃い液体は避ける間もなく顔に浴びせられる。
ど、どれだけ溜めてやがんだ、この変態!
再び睨みつけた先に先程の不可解な表情をした男はおらず、楽しそうにべたべたになった顔を見つめる変態しかいなかった。
兎吊木垓輔という男がわからない。
理解するつもりは毛頭ないが、変態であるということくらいしか掴めない。
何がしたいのか、どんなつもりで俺にあんなことを言ったのか。
「ローターは飽きた」
翌日。
兎吊木は昨日は散々無茶苦茶やりやがったローターをばきばきと壊すとその辺りに放り投げた。
今日は何をされるのか、うんざりしながらその様子を眺めていると、目があった。
にやあぁと口元を歪めて、俺のほうへ寄ってくる。
キモい。
近付くな。
「オチたかい、街」
「人間としての価値が、か?」
「もともと君は人間ではないだろう。まあいい時間はまだある」
「そんなことより暴君の仕事をやらせろ」
「軋騎…」
害悪細菌はまた唐突に唇を寄せてきた。
これが暴君の仕事だとか冗談言いやがったら殺してやる。
「軋騎…」
どういった気紛れがこの男を促しているのか、角度を変えては兎吊木はキスをしてくる。
いつもの恋人ごっことやらだろうか。
噛みついてやると、兎吊木は奇妙な笑顔になった。
「苺を食べよう」
「は?」
「持ってくるよ」
ひとりで納得して兎吊木はキッチンのほうへ消えていく。
そういえば昨日から何も食べていないと今更ながらに思った。
「はい、あーん」
「死ね」
「だって手が動かせないから自分で食べられないだろう?」
「解け」
「い・や・だ」
言葉を区切って言い、懲りない男はあーんと言いながらぐいぐい口に苺を押し付けてくる。
ぶちゅぶちゅと果実が潰れて口の周りを赤が穢した。
このままだと唇を苺で赤く染められるだけなので、しぶしぶ口を開く。
「おお!式岸が俺の手から苺を食べたぜ!」
「俺は珍獣かなんかかよ」
「懐かないわんこってかんじだね、君は。ネコでもあるが」
「何の話だ」
「ふふふふふ」
妖しく笑う兎吊木に嫌な予感がする。
ああ、なんとなくわかるけど。
「おいしいから下のオクチでも味わいたまえよ」
「やっぱりかこの野郎!死ね!この変態親父!」
愉しそうに笑いながら、あーんと言いながら、害悪細菌は苺を後ろに突っ込む。
形の崩れた苺が全部ナカにつぷりとおさまった。
「何しやがる!出せ!」
「はいはい」
仕方無さそうに兎吊木は自分のベルトに手を掛け外しはじめた。
「それは出すな!それじゃねえだろうがぁああああ!」
「我侭だなぁ、君は」
何もしていないのに、興奮している兎吊木の性器が、俺の前に現れる。
「昨日は慣らさなくて悪かったね。今日はちゃんと慣らしてから俺のをいれるから」
にやんと笑い、男は苺が入ったままの穴に指を突っ込んだ。
「っひ…」
「ああ、苺が邪魔でうまくいかないな」
「や、やめっ…せめて苺はっ…」
人の話など聞かず男は指をぐぷぐぷ埋め込んでいく。
苺が奥へ奥へと押し込まれていく。
「っあ、と、取れなくなったら…どうしてくれんだよっ…」
「病院に行こうぜ。患者さんこんなところに苺なんて入れて物足りなかったんですかー」
「や、!いい加減に…」
しろ、と続くはずだった言葉はひくりとしか続けなかった。
苺がやわやわと一番感じるそこを擦っている。
「淫乱。しっかり喘げよ」
耳元で兎吊木は囁き、ゆっくり進めていた指をいきなり引き抜き、自分を宛てがって激しく動きはじめた。
「っいっ!あっあっあああっ」
「おいしいかい、軋騎。まだイくなよ。メインディッシュを楽しめよ」
「や、っくああああ!」
抜き差しされる度に奥の苺に突きあたり、快感が押し寄せてくる。
「んあっ、や、だ、うつり、ぎぃいっ」
「大丈夫。俺は怪しい道具を沢山所持しているから医者に診せなくても取ってあげるよ」
「あうっ!あ、はぁあああ!」
「こんな可愛い生き物を他の奴に曝したりなんかしないさ」
「ひぐっ、う、あっあああああああああ」
だめだ。
だめだ。
だめだ。
悔しいけれど気持ちがいい。
もう何も考えたくない。
「おちた?」
あの顔だ。
またこの男は不可解な表情をしている。
「誰がてめえなんか…」
そう言った瞬間、奥深くまで貫かれ、俺は意識を手放した。
「だる…」
目を開けると真っ暗だった。夜のようだ。
暫く目を開いていると薄ぼんやりと天井が見えてくる。目が夜に慣れてくる。
幸せが逃げる溜息を吐き出し、動ける範囲で寝返りをうって、そのまま固まった。
すぐ横で兎吊木が寝ていた。
逃げれるところまでそろそろ後退っていると腕を掴まれた。
「お目覚めかい?」
「…苺はどうした」
後ろの違和感が消えている。取り出されたとはわかっていても不安だった。
目の前の男は口元を歪めると「ご馳走様」とおどけて言う。
まさか…。いやもう聞くまい。聞いたら最後暴れたくなる。
「君はなかなかおちないなぁ」
「いつもこんな方法で女をおとすのかよ」
「うん?違うよ。こんなことしたら犯罪者だろう。君は変なことを言うな」
ならいましていることはなんだ。
くすくす笑う兎吊木は起き上がると俺に跨がってくる。重い。死ね。くたばれ。
「おちろよ、観念して」
「冗談だろ」
「髪を青く染めてロリロリになってあげるよ」
「ヤクでもやってラリラリにになれ」
「あーなんか欲情してきた」
言うなり兎吊木は俺の性器に手を伸ばすと妙な手つきで触りはじめた。
白い指が絡み付く。緑に侵蝕される。
「っあ…」
くすりと笑い、害悪細菌は俺を口に含んだ。ぴちゅぴちゃぴちゃ。
「う、つり、ぃ…」
「俺を気持ちよくさせろよ、式岸。そうしたら俺はお前を愛してやるよ。この世界で俺だけがお前を愛してあげる」
グリーングリーングリーン。害悪細菌。俺は、俺が愛しているのは…。
緑と青が混ざる。
白が赤が、緑が、青が…ー。
「嘘吐き野郎…」
一週間が終わりを告げた。
仕事を全くしていない。
したのは強姦まがいのセックスのみ。
しかも数々の変態プレイ。
合同作業とやらは害悪細菌が一人で片付けたらしい。
俺がてめえん家にいる意味ねえじゃねえかよ!
7日目、俺の家に忍び込んで服を持ってきたと言う男は手早く俺に服を着せ、俺のマンションまで車を走らせた。
介抱するようにぴったり寄り添ってついてきた兎吊木は、最後に言った。
「おちたかい?」
俺は睨んだ。
暫しの沈黙が訪れ、兎吊木がそれを破った。
「頑張ったのになあ。俺の持てる技全てをつかったのになあ」
「…………」
「まあいいや。当分だろうけどそのうち死線の元へ行けよ。おやすみダーリン」
くくっと笑った変態は、気障ったらしく額にキスを残して、車のキーを指でまわしながら去っていった。
何がしたかったんだ、本当に。
あれだけ好き勝手振る舞って俺を良い様につかって惚れさせるつもりだったと言うのなら、なんてお目出度い男なんだ。
「腹がいてぇ…」
厳重に鍵をかけて(あまり意味はないものだが気休めだ)ずるずると玄関に座り込んだ。
引きこもって誰とも会いたくない気分だった。
畜生。
ゴムくらい付けやがれ。
俺が女だったら孕んでるぞ、畜生。
体力だけは人並み以上あるのが幸いして、気持ち悪いのは直った。
というかあの原因は絶対にあの男だ。
あの男を隔離していれば気分など害さないのだ。
腹が無性に減って、そして彼女に会いたくなった。
城咲のマンションを訪ねると、開口一番暴君に、
「おちなかったね、ぐっちゃん」
笑いながら言われた。
兎吊木の野郎、暴君に何を喋ったんだ。
当たり前じゃないですかと返すと彼女は形の良い眉を寄せて困った顔をする。
「あれからさ、さっちゃんうざいんだよね。ぐっちゃん責任もってなんとかして」
「お、俺がですか!?」
「だってぐっちゃんのせいだもん。ああなったの」
「す、すみません…」
「これあげるからなんとかしてね」
ぽんと小さな箱を手に握らされ、俺はぽかんと彼女の背中を見送った。
何を頂いたのだろうかと掌を見て思わず吹き出す。
近くにいた悟轟に変な目で見られたが、突っ込んではこなかった。
こういうところ悟轟はいい奴だ。
俺は頂いたものを尻ポケットに突っ込み、早々と彼女の城から退出して、暴君のため監禁されていたマンションに向かった。
兎吊木は鍵をかけておらず寝室に転がっていた。
不用心だと思ったが変態宅に押し入る物好きの泥棒などいないだろう。
俺に気付くと兎吊木はにへらと力無く笑い、いつ買ったのかでかい犬のぬいぐるみに、「ははは。俺を振った人間がやってきたぜ」などと話し掛けている。
気持ちが悪い光景だ。
「暴君から伝言」
伝えてやると男の肩がぴくりと上がった。
「うざい、だとよ」
「…どうせ俺はうざいさ」
うぜえええ。
「で、俺になんとかしろと言われた」
「…なんとかしてくれに来たのか?」
くそ野郎め。
俺は溜息をひとつ吐き出し、尻ポケットから箱を出し、男に向かって投げた。
虚ろにシーツに転がった箱に目線を合わせた兎吊木は、それが何か確認すると、がばりと起き上がり俺をまじまじと見てきた。
「式岸…?」
「一週間だ」
「一週間…」
「一週間で、おちてやろうじゃねえか」
言っておくが暴君のためだ。
彼女の平和のためだ。
そう説明したもののこの男に聞こえていたかは定かじゃない。
もともと人の話など聞いているようで、聞き流している嫌な奴なのだから。
「式岸!ちゃんとつけるからヤろう!」
「ふざけんな!死ね!来んな!変態!」
投げたコンドームの箱を振りながら飛びかかってくる細菌を避け、俺は自分の言ったことを早くも後悔しはじめていた。
まあ、いい。
一週間ある。
地獄も天国も、自分で決めればいい。
だってきっと、どっちにも行けないのだから。
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