■最果てで潰える藍色
 ざぶ、と浴槽に放り投げ出され、その勢いで縁に後頭部を強打する。
 鈍い嫌な音と同時に、「いでっ!」とラッドの不平が上がるのを笑って見下ろして、クレアは後ろ手に浴室の扉を閉めた。
 「いっ・・・・てぇええええ・・・っ!」
 「悪い」
 「全然謝る気ねぇだろ・・・」
 恨みがましく睨み上げても、クレアはどこ吹く風という顔のまま、情事の最中でも脱がなかった黒のタートルネックを脱ぎ、脱衣籠の中に放り投げた。ずぶ濡れになったワイシャツ一枚でぐったりと浴槽に倒れこむラッドに、「ほら詰めろ」と命令しながら、ズボンを脱がずにクレアは浴槽へと入ってきた。何で脱がねぇんだよ・・・と思いながら、クレアに突き落とされたせいで中途半端にはみ出た足を引っ込め、ラッドはそう広くも無い浴槽の端に寄る。
 「よし、やろうか」
 「な、ん、で、だ、よ」
 そして平然と自分に覆いかぶさってくるクレアの頭を掴み、そのまま力任せに後方へ押しやる。それでもクレアは浴槽の縁に手をかけたまま微動だにせず、むしろラッドを理解できないものを見る目で見た。
 「だってお前がこのままやるの嫌だって言ったからお湯まで入れて風呂に入ったんだろ?」
 「なんでお前そんなに『何を当たり前のことを』って感じで言うんだよ。聞いてる俺のほうがおかしいみてぇだろ」
 むしろその通りだとでも言うのか、クレアはそれこそ理解できないような顔をして、無遠慮に先ほどまで己が入っていたラッドの蕾に指を這わせた。途端に溢れた白く濁ったクレアの精液が浴槽に張られた湯の中に蕩けて零れる。ひ、と引き攣った声を上げて、ラッドがクレアの手を止めようと既に指の侵入を果たした手首を掴む。
 「待て、い、意味がわかんねっ・・・!」
 「え?だってラッドが俺の精液が入ったままもう一回やるの嫌だっていったじゃないか」
 そりゃあ、腹は下すわ痛いわ色々と悲惨な羽目になるからだよ馬鹿野郎・・・!心の中で吐き捨てるも、目の前の赤毛はそんなこと知ったことではないと静止される手も無視して、ぬるぬると潤滑油と自分の精液で満たされたラッドの内壁をなぞった。
 「・・・・っ、ぁ」
 「かきだせば大丈夫だろ?まだ一回しかしてないし」
 こいつの空気が読めてないぶりは異常だ。腹の中を蠢く殺意を飲み込みながら、ラッドは目の前の忌々しい赤色を呪う。クレアは体をラッドと密着させながら、濡れたワイシャツの首元に顔を埋めた。先ほどベッドの上で一度行為に及んだ時、ラッドがクレアの舌に噛み付いたせいで吐き出された血液がワイシャツの襟を汚していた。お湯によって既に薄くなっているそれをちらりと見ながら、己の舌のぴりぴりとした痛みに顔を顰める。お返しにラッドの舌噛んでやろうか、なんて思いながら、クレアはラッドの首にがぶりと噛み付いた。
 人殺しに手を染めてきた人間故の反射か、ラッドの体がぎくりと強張った。薄い肉越しにある頚動脈をねとりと舐め上げながら、酷くうろたえるラッドに愉快な気分になる。こういうときはやけに素直なのだ。
 「っは・・・・やめろ・・・」
 「なんだ、怖いのか」
 嘲笑うように耳元に囁いてやれば、再びラッドの体が緊張する。
 「死ぬのが怖いんじゃないだろう?」
 「んっ・・・・」
 「当ててやろうか。お前の恐怖の対象を」
 クレアはちゅ、と小さく首筋にキスをすると、そのままゆっくりとラッドの胸元へと体をずらす。さり気なく後孔に挿していた指を二本に増やし、ゆっくりと精液と潤滑油が絡み合った液体を湯船に張った湯の中にかきだした。噛み殺された喘ぎ声がじとりと湿った浴室に響く。自分のあられもない声に眉間に皺を寄せて、ラッドが小さく唇を噛んだ。クレアが笑う。
 「俺を殺せなくなるのが怖いんだろう?」
 「っふ・・・は、ぁ・・・・」
 自分の口に己の手首を押し付け、ラッドが自分を見上げてくるクレアを睨んだ。火照った頬や微かに潤んだ眸のせいで普段の獣のような荒々しさは感じられない。むしろ手負いの狼でも見ているような気分で、クレアはやけにラッドを愛しいと感じた。普段からこうならいいんだけどなぁ、と思う反面、むしろ普段との変貌振りがいいかもしれない、なんて本人そっちのけで思いに耽りながら、丁度心臓の真上に口付けを落とす。空いた手でラッドの腰を抱き上げ、浴槽にそのまま座る自分の膝の上にラッドを座らせた。浴槽に入っている体積が減ったせいで、張られた湯の表面が下がる。抱きしめあうような形で向かい合っても、ラッドの両手はけしてクレアの背には回されない。赤く上気した手が浴槽の縁をぐっと握り締めていて、不満を込めてラッドを見れば、弱弱しくも馬鹿にするような目で笑われて、クレアは肩を竦めた。やはり、この方が丁度いいのかもしれない、なんて思って。
 既に勃ちあがっていた己の性器をラッドの後孔に押し付け、腰を掴んで引き降ろす。ぐぷ、と音が聞こえてきそうなほど難なく怒張した肉塊を受け入れて、クレアの肩に顔を押し付けたラッドが苦しそうな熱い息を吐いた。汗や湯気でしっとりと湿った肌が触れ合って、クレアがぼんやりと笑った。
 「縋ってもいいぞ?」
 「だっれがっ・・・!は、ぁ、はっ・・・・・ん、ぁ・・・!」
 一度熱を受け入れた内側は収縮を繰り返してクレアを押し出そうとぴくぴくと震える。健気な恋人の反応にくすくすと堪えきれずに笑みを零して、クレアはラッドの腰を掴み上げると、ゆっくりと引き上げてそのまま再び己の腰をたたきつけた。弓なりに引き攣るラッドの胸の突起に齧りついて、一層高く上がった媚声が室内に反響する。はっはっと獣の息をするよう音が響いて、頭がくらくらとしてきた。長く入りすぎたのかもしれない。密着するラッドとクレアの肢体の間で、擦り付けられたラッドの性器が震えた。一層締め付けられる内側に己も近いことを察知し、クレアの体が強張った。
 「だ、せ・・・!」
 「え?」
 唐突なラッドの言葉に思わず聞き返す。ラッドは双眸を潤ませたまま、「はやくしろ、」とたどたどしい声で囁く。クレアはたまらずラッドの口に噛み付いた。がち、と歯がぶつかり合う音がするが、気にせず求めあうように舌を絡めた。唇を噛むなんて無粋な真似もしない。
 クレアの掌が追い詰めるようにラッドの鈴口を指先で弄れば、びくびくとラッドの体が痙攣して、同時に精液がお湯の中に吐き出される。粘性の強い白濁した液体が浮かぶのをぼんやりと眺めた直後、ぐわっとラッドの目が驚愕で見開かれた。
 「・・・どうした?」
 「・・・・・・・・なんで出した?」
 「ラッドが出せって、言っただろ」
 体の中に再び叩きつけられた精液に顔を青くしながらクレアを睨めば、男は平然と答えてきた。一瞬で目の前が真っ暗になるのを感じながら、ラッドは頭が痛くなってきた。
 「一応、俺は、外に、っていう意味だったんだけどなぁ・・・?」
 そもそもナカに出されたのが嫌で浴室に来たのに、まさに本末転倒だろうが!ラッドが青筋を立てるのを見下ろして、クレアは「じゃあ、もう一回出してやろうか?」と後悔の念も感じられずにさらりと問い返してくる。もう嫌だ、という拒否の言葉はすぐにクレアの口の中に食われてしまったが。
2008/4・29


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