■交錯する視界と暗転する行路
部屋に入った瞬間に、口と両手を塞がれた。勿論部屋の明かりをつけることも出来ず、暗い室内に引きずり込まれる。扉が閉められて、そのまま引き摺られるがままにベッドに突き飛ばされた。
勢い余って後頭部が壁にぶつかる。そのままずるずると頭が下がると、壁に触れている頭がごりごりと重い音を脳髄に響かせた。のしかかってくる男の金色の眼球が、暗い室内の中で煌々と強い光を宿している。月が二つあるように見えて、頭が痛んだ。
「なんだっていうんだ」
溜息混じりに詰問した声は強張っていて、自分が怯えているのが分かった。だんだんと暗闇になれてきた眼球が、ようやく男のつりあがった唇を見た。笑っている。
「フォー、」
名前を呼ぼうとすれば、ゆるりと覆いかぶさってきた男の唇がその音を食らった。唇にむしゃぶりついたと思えば、歯列をなぞり、すぐに舌に絡み付いてくる。唾液が混ざり、鼻から抜けた息が温かく頬にかかった。すぐに口の中に血の味が広がってきたので、驚いて頭を剥がそうとしたけれど、後ろは壁で前は男だ。押し返そうとした両手を男の肩に押し付けて、向かい側に押した。
男の体は驚くほどあっさりと離れた。名残惜しげに、男の舌が自分の唇を一舐めすると、繋がっていた唾液がぷつりと途切れる。血の味のする唾液をごくりと飲みほすと、男は、ふ、と唇をにやけさせて満足そうな顔をした。
「口切れてるんじゃないか」
「どうだっていいじゃねぇか、そんなこと」
やろう、と言って、男は俺の胴着に手をかけてきた。暗闇の中で這わされる無骨な手が、インナーごと衣服を捲くってくる。俺はその手を止めるよりも先に、男の胸板に両手をおいた。びたり、と体を微かに震わせながら、男は硬直して、しかし再び俺の服を脱がせにかかる。俺はそんな相変わらず平然としている男に呆れながら、その両手をゆっくりと下へと這わせた。と、丁度脇腹まで手をおろせば、おそらく狒々のような赤い体毛があるはずの肉体が湿っている。そろりとそこへ掌を這わせると、短い毛がさらにざんばらに毟られていて、乾いた液体のせいで微かに固まっている部分もあった。
「怪我してるじゃねぇか」
「ああ」
「手当てしなくていいのか」
「いらねぇ」
そういうやいなや、男の頭が俺の肩に押し付けられ、がぶりと鎖骨に噛みつかれた。俺達よりも鋭い犬歯が、ごり、と皮膚越しに骨を舐る。熱い息がかかって、反射的に体が震えた。
インナーを捲り上げた手も、そろそろと這い上がり、自分の胸に触れた。女と違って意味を持たない乳首を抓まれ、弄り、捏ね回される。じわじわとくすぐったさではない、電流のようなびりびりとしたものが背骨を奔った。ずり下げられた下半身に纏わりつく衣服も剥ぎ取られ、素肌に絡むそいつの体温を享受する。
「っふ・・・・ぅ」
すでに零れ出した声を抑えるために、片手を己の口に押し付ければ、唇に濡れたものが触れた。さっきこいつの脇腹の傷口に触れていたせいで、どうやら指が血で濡れたらしい。唇を舌で舐めとり、手持ち無沙汰だったこともあり、自分の指を銜えた。
どうせこいつのことだから、暇なことをいいことに、勝手に他の星にでも瞬間移動して、危ない橋でも一人で渡ってきたのだろう。そして勝手にどこかでこんな傷を負って、勝手に血の匂いに酔っている。
はた迷惑な、と思う反面、すでに頭の片隅は興奮していた。同じように、自分と同じ血の匂いを嗅いで、確かに目の前の男に欲情している。熱の篭った殺気と、頭が麻痺するような心地よさが綯い交ぜになって、足りない、と頭の奥で獣染みた本能が喘いだ。
「・・・、なんだ、おめぇも満更じゃねぇみたいだな」
「・・・言ってろ」
く、と喉奥で笑えば、男は目を細めて俺をまじまじと見た。再び唇を重ねあい、すぐに離れる。そっと、そいつの片手が体から離れ、俺の頬に触れた。
「お前のそういうところが好きだ」
同じ人間なのに?当たり前のように吐かれたその言葉を嘲笑えば、男は消え入りそうな声で囁く。
「だが、俺達はいまは別個の生き物だろ」
「そんなの言い訳だ」
「でも、好きだ」
お前が好きだ。男はそう言って、ベッドに投げ出された俺の手を拾い上げ、自分の頬に押し当てた。掌にある男の頬は冷え切っていて、体温の高いこいつにしては珍しい、と少し驚く。
「お前も俺が好きだろう?」
「なんだそれ!」
思わずげらげら笑ったが、暗闇の中煌々と瞬く眼球は冗談ではないらしい。切羽詰った、とも言えるようなそんな瞳を見返して、好きだと返してやった。
「それは俺が強いから?それとも俺が『俺』だからか?」
「やけに引っ張るな。なんて返して欲しいんだ?」
唸るように呟かれた言葉を一笑すれば、それきり男は黙った。吐いた息がぶつかりそうなほどの近くに顔を寄せ合って、両手でそいつの頬をつかむ。いまだ揺らぐ金色の眼球を真っ直ぐ見返し、躊躇う男を誘ってみた。
「ここまできて萎えさせないでくれよ。ほら、・・・こい」
目を見開いて息を詰めたが、結局もう一度覆いかぶさってきて、そいつの犬歯が首に這わされた。ざり、と擦れあう髪の毛が耳元で鳴って、シーツに縫いとめられた両手が沈む。黒いたっぷりとした髪に頬をすり寄せれば、土埃と俺達の匂いがした。
沸騰した湯でさえ鼻で笑えるほど温いと思う。煮えたぎった溶岩でも体の中に流し込まれたかのような熱と痛み。頭の中が軋むほど、自分が何だったかさえ有耶無耶にしてしまいたくなるほどの快楽。そんなものが綯い交ぜになって、耐えた体を支えた両手がこいつの両手をしっかりと握った。ベッドの上に散らばった長いそいつの金色の髪が、無惨にもその身を投げ出している。ふと雲が晴れて、窓から微かに入ってきた月光のせいで部屋の中が少しだけ明るくなった。息を詰めてじっと俺を見返してきた蒼い眼球が伏せられて、今更この行為にでも羞恥でも持ったのか唇を噛み締め、声を殺す。
「ふ・・・なんだ、さっきまでの威勢はどこいったんだ?」
「くそっ、お前、性格悪いぞ・・・っぐ」
「よく言われる」
笑いながらそいつの胸の突起に唇を寄せ、歯で軟く食み、舐り、軽く吸い付く。引き攣った悲鳴を上げそうになるのをぎりぎりで押さえ込み、そいつは気丈にもにやりと笑って見せた。
「母親の乳首でも恋しいのか?」
「ああ?・・・・・そうだな、チチのおっぱいとかどんな味すんのかなぁとは思ったことあるけどよ」
「それなら俺もある」
「だよなぁ!」
くすくすと笑いあって、女の軟い乳房ではなく、ほぼ筋肉で構成された厚い胸板にキスを落としながら俺はふと思いついて、聞いた。
「おめぇ、やっぱり出ないよなぁ」
「出るかっ!!」
「残念」
顔を真っ赤にされて怒鳴られ、俺は渋々諦めた。聞いてみただけだってのにそんなに怒らなくてもいいだろうになぁ。
機嫌をとるようにキスをして、繋いでいた手を離し、さっきから剥き出しになっている臀部に手を伸ばす。ずっと放っておいていたから、唐突に触れてきた俺の手の温度と感触に怯んで、そいつの体が一度震えた。
「う・・・っ」
陰毛を指先で辿り、まだ何の反応もないそれに触れれば、鼻に抜ける甘い声がそいつから零れた。羞恥だけとは思えない、とろりととろけるような気持ち良さそうな顔をして、甘えた猫のようにキスをねだってくる。誘われるがままにキスを返し、何度も何度も口内を蹂躙する。歯と歯がぶつかりあって響いても、それさえ心地よいと思った。
「ふぁ、ぁ・・・っく、ァ」
「くち、きもちいいんだな」
「んっ、おめぇだって、好きだろ・・・」
ついにノッてきたそいつは俺の首裏に両腕を回して、啄ばむように何度も唇を押し付けてくる。無論、自分のことも含めてだが、俺達って相当快楽に弱いらしい。緩くたち上がり始めたそいつの陰茎を弄りながら、その下にある睾丸を指で弾くと、ひぃ、と悲鳴が上がった。
「いっ、てぇ・・・!ばかやろぉっ・・・!」
「わりぃわりぃ」
冗談でなく痛かったのだろう、涙目になって睨みつけてくるそいつに、あやす様に口付けて、さらにその奥の微かに柔らかい窄まりに指先を這わした。ぐにぐにとその近くを押しながら、その感触に誘われるままに指をいれようとすれば、予想していたことだったが再び悲鳴が上がる。
「いっ、むり、はいるわけないだろ、ぉ・・・っ!」
「ちっ、やっぱ無理か」
「がっついてんなよ・・・っ」
拗ねたように舌打ちすると、にやりと意地悪く笑ってそいつが頬にキスをしてきた。さっきのあやしたのが気に入らなかったんだろう。確かにガキ扱いはあんまり好きじゃない。それでもこいつの嫌がる素振りも、ふとしたことで仕返しをしてくるようなところもひっくるめて愛しい。二人で快楽を追い求めるように、衣服越しにそいつの先ほど弄っていた窄まりに自分の股間を押し付けると、何もしていないのに勃起した俺の性器に気が付いて、はっ、とそいつが笑った。
「早く挿れてぇ」
「我侭言うな」
浅ましい獣の交わりみたいに、男と女みたいに単純にできてりゃいいのに!まどろっこしさに苛々しながら、ベッド脇の棚の中から目当てのものを引っ張り出す。普通なら男女間で使うはずの避妊具だ。袋を破り、中にある潤滑剤を指につけ、一度腰を離して、相変わらずぴったりと閉じているそいつの奥に一本、指を入れた。
「っぐ・・・・・・ん、ふ、ぅ」
指の根元まで押し入れれば、異物感を感じて眉間に皺を寄せる。声を潰して、引き攣った悲鳴が喉で上がった。押し入れた指をゆっくりと引きぬき、掬い取った潤滑剤を内側へと塗りこんだ。何度も繰り返した行為だというのに、やっぱり慣れないらしい。指をもう一本増やして、再びゆっくりと挿し入れ、関節を微かに曲げれば、小さく嬌声が上がった。
「ぁっ・・・っふぁ、あッ、・・ぁあ!」
「っ、増やすからな・・・」
答えも聞かないまま、指を増やして内側を蹂躙する。ぐぷぐぷと水音を響かせるそこは熱くてとろけるようだった。二本の指を上下に開けば、無理やり開けた中に空気が入るのか、押し殺せなかった喘ぎ声がしんと静まり返った室内に長く響いた。
潤滑剤でどろどろになった肉ひだを押し広げ、はぁはぁと二人分の荒い息を重ねながら、半ば懇願するように囁く。一刻も早くこいつの中に入って、めちゃくちゃにしてやりたい!昼間の暴れまわったせいで溜まった熱が、体の中で滅茶苦茶に暴れまわっているようなのだ。
「んっ、ん゛ぅ、ぁッ、は、ぁ・・・わ、かったから、ぁ、あ!」
腰を自ら擦り付けてきて、そいつは俺の首に唇を押し付けてきた。二人分の快楽に酔っているせいで、呂律の回らない舌で、挿れて、と小さく啼かれた。帯を外して自分の性器を取り出し、縺れる指を叱咤しながら、避妊具の個体のほうを被せる。完璧に夢見心地のせいか、甘えて強請るそいつが可愛くて、焦ったせいでなかなかつけられなかったが、俺が悪いわけではない、と思う。
すでに勃起しているそれの先端をめり込ませていくと、流石に慣らす時間が短かったせいか、普段よりもキツくて痛い。それ以上に圧迫感も酷いのだろう、俺の肩に頭を押し付けていたそいつが、ぁぁあ、と引き攣った悲鳴と共に甘く熱い悲鳴を上げたと思った、その直後に、がぶりと肩に噛みつかれた。
「っぐ、ぁ、いって・・・!」
「っふぅ、んぐ、ぅ、う゛ぁ、ぁああっ」
溜まらず悲鳴を洩らすと、ふは、と吐息を洩らし、すぐ耳元で、ごめん、とか細い声が聞こえた。そしてすぐに先ほど噛まれた場所に唇を押し付けられる。ちゅ、ちゅ、と耳元で聞こえる音に震えながら、俺はゆっくりと腰を推し進める。ガタイが良いくせに体の柔らかいそいつの足を両側に押し広げ、のしかかる様にしてその中に自分自身を突き入れた。
「いっあ、あぁっ、ふ、ぁはぁ、んっ、」
「すっげ・・・ほら、ここまで入ってんじゃね・・・?」
「っふ、ぅ、う゛ぁ、やぁ、ぁあ!押すな、ぁあ゛ァッ!」
折り曲げた腹部の丁度臍の辺りをぐりぐりと押すと、性器を締め付けてくる肉壁が一層締まった。途端、びゅるびゅると性器の先端から精液が吐き出され、そいつの胸板を白く汚した。びくびくと痙攣を繰り返し、背中に回されたそいつの指先が震えて離れた。
「ぁっひ、んあァあッ!フォ、ぉ、」
「っ、出す、ぞ・・・!」
耐えられず無機質なゴムのなかに吐き出し、肩で荒く息をするそいつの額に己の額を押し付ける。至近距離でそいつの蒼い目を見て、最後とばかりに唇を重ねた。
べろり、と寝転がる男の脇腹を舐めれば、千切れた赤い毛と固まった血液、先ほどかいた汗なのか少ししょっぱい味がした。舌にくっついたその毛を指で抓んで吐き出せば、何やってんだ、とでも言いたげな男の視線とぶつかる。
「なんだ、痛かったか?」
「いや、・・・もう痛くねぇよ」
「じゃあ、さっきまで痛かったんだな」
「・・・・・」
言葉を無くした男を嘲笑い、俺はその隣までごそごそと這って寄った。じっと見てくる金色の両目を片手で押さえ、しばらく黙る。何をするのかと大人しく待つ男の鼻と口を見ながら、俺は思わず笑った。
「何・・・」
「いや、何でもない」
無防備な男の唇に、掠めるようにキスをして、俺はシーツに顔を埋めた。
瞼を閉じて眠る体勢をとると、驚いて起き上がった男が、俺に手を出し損ねて、不貞腐れた顔をする。そして俺の頭を一度撫でたのを、丁度男の視線で見る、そんな夢を見た。
ルオさんのみお持ち帰り可
2009/7・25