■恋じゃない



「あっちぃ」
 バンの扉を開けながら、人識はそう言って近くの自動販売機から買ってきたペットボトルのポカリスエットを投げ入れる。後部座席でごろりと寝転がっていた軋識は携帯を弄りながら、片手でそれを受け止めた。
 日光から逃げるように中に入り込み、窓についている簡易カーテンを閉める。クーラーを入れている車の中は、まるで砂漠の中でも歩いてきたかのような気分だった人識に至福の溜息を吐かせた。ぱきぱき、と音を立ててポカリの蓋が開かれ、人識はごくごくととても美味そうにそれを飲んだ。軋識は渡されたポカリを頭の上に置いたまま、かちかちと携帯を弄ると、ぱたりと閉じてそれを鞄の中に投げ入れた。
「どうだった?」
「30分はかかるっちゃね。どうやら情報が漏れたことを気づかれて、全員移動したらしいっちゃ」
「ふーん」
 今日のお仕事、いや、彼等にとっては「敵討ち」、「見せしめ」というべきだろうか。零崎に喧嘩を売った代償の回収作業は、そもそも曲識の引き起こした問題だった。一週間ほど前、曲識が気まぐれで殺した少女、その家族を曲識はみすみす見逃した。零崎の中で人を見逃すなどというのは殺人鬼とは言えない零崎失格の行動と言えるが、曲識の場合はいつものことだ。少女以外は殺さない、逃げの曲識の「少女趣味」。その後始末を回された軋識と人識は、軋識のツテでその少女一家の所在を調べ上げ、現在、その家族の住んでいるべきマンションの駐車場にやってきていた。しかし、マンションの駐車場につき、さて行くかと腰を上げた瞬間、軋識の携帯に連絡が来て、標的が逃げたことが教えられた。軋識としてはそんな大ポカをしでかした飼育係への報酬がチャラになったので不満も得に無かったのだが、いかんせん本日は驚くべき暑さだった。夏も本格的になる時期に差し掛かる今日この頃、外はまるで熱帯のようだ。遠くの風景がゆらゆらと蠢いて見える。車にはクーラーをかけていたが、電気代を食うので付けたり消したりを繰り返している。あと30分、ファミレスにでもいけばいいのだが、この付近の地理には詳しくなかった。あと30分を車でうろついてガソリンだけをつかうのは嫌だと判断して、結局車の中でごろごろして過ごす流れになったのだ。
「ゲームでも持ってくりゃぁよかったな」
「何するっちゃか」
「マリオとか」
「そうか・・・」
 こいつ、ゲームもするのかと思ったが、私生活にそこまで口を出す気は無い。軋識は煩いのがあまり好きではないので結構な出不精だったりするのだが―――勿論、愛する彼女のためとなれば話は別である―――人識はよくゲームセンターなどに行ったりするのだそうだ。若い奴は皆こうなのだろうか、と軋識は親父のような思考をして、一人で溜息を吐いた。
「なぁ、大将ってよ」
 寝転がって眠ろうかと考えていた軋識は人識の問いかけで危うく意識を保たせた。人識は座り込んだまま、ペットボトルの蓋をくるくる回して遊んでいる。
「どんな女が好きなんだ?」
「・・・・・・」
 どういう流れで恋話が出てくるのだろうか。軋識は一度人識を蔑むような目で睨む。人識はんな顔すんなよ―――と何が楽しいのかけらけらと笑い、「俺はまず背が高ぇのがいい。大将は?」と勝手に話を進めてくる。軋識はきっぱりと「俺は女が嫌いで男が嫌いだ」と、そう言った。頭には彼女が浮かんでいたけれど、軋識にとって彼女は女ではない。彼女は彼女なのだ。
「じゃあ好みは? 可愛いの? 美人系?」
「・・・」
 だから、と心の中で反駁してから、人識は暇つぶしがしたいのだと思いなおし、ゆっくりと、重いため息を吐いてから、「可愛いのがいい」と答えた。おっ、と人識は楽しそうな声を上げて、満面の笑みを作る。よく笑う奴だ。
「じゃ、俺みてぇな可愛いのがいいわけだ」
 なんでてめーになるんだよ。心の中で突っ込みながら、軋識はは、と鼻で笑う。
「てめーじゃなけりゃな、っちゃ」
「ふーん。でも俺ぐらい可愛いのなんてそういねぇよ」
「馬鹿か」
 人識はポカリを椅子の上に投げ出し、身を乗り出して軋識の上に覆いかぶさった。何も言うことも無くただ自然に唇を重ねる。
「・・・・・・」
「大将、寒い」
「クーラー止めろっちゃ」
「暇」
「無駄話に付き合ってるっちゃろ」
「えっちにも付き合ってくれよ」
「・・・・・・」
 がぶ、と軋識の唇に噛み付いて、名残惜しげに唇から歯が離れる。人識は軋識が拒否することもなく黙っているのを見て、一度運転席に身を乗り出してクーラーを止め、後部座席で寝転がったままの軋識に覆いかぶさった。
「あと何分?」
「27分」
「キスしよーぜ」
「勝手にしろっちゃ」
 投げやりな軋識の言葉に、かは、と一度笑い、人識は再び唇を押し付けた。舌を突き出せば、流されるままに軋識が舌を出した。軋識の知っている人識の拙いキスとはそれは違うものだった。誰か女でもできたのではないのだろうか。舌を絡め歯列をなぞり、口内を蹂躙してその快楽を求めた。誰を考えているのか知らないけれど、別にそれでいいと想った。そういうのが一番楽だし、殺人鬼同士で本命同士なんてクソ食らえだ。



 好きな人と愛しい人と恋人は違う、ましてや家族愛故の結果なら失笑ものだと、そんなことはないと思う。人識にとって好きな人も愛しい人も最終的には恋人もそう分類されるんじゃないのかと思うのだ。恋も愛もなくても恋人ができるというけれど、恋がないなら恋人とは呼べないんじゃないのか? 人識はよくわからない。
 それでも「家族」というカテゴリに分類される軋識は人識にとっては「零崎一賊」以外の何物でもなかったし、ただ家族を超えて軋識に情欲の念を抱いたとしても、それは軋識には関係のないことだ。それを相手に強要するということは、軋識に愛してもらいたいのではないか? 人識はそう考えた。
 一方、軋識といえば、まるで人識が眼中に無い風である。だからといって好きな人がいるというわけでもなさそうだ。子供の我侭で迫る人識に大して抵抗もせず、こうやって女役に徹する。しかし人識に気があるわけでもなさそうだった。ただの性欲を吐き出すためのゴミ箱のように扱われることをむしろ良しとする気がある。人識は軋識の後穴に肉茎をみちみちと押し込みながら、「へんたい」と詰った。
「媚びてんの、かよ・・・。この、変態、・・・変態」
 それを言うなら家族を犯して勃起させてハァハァ言ってる自分は変態ではないのだろうか? 人識小さく笑った。自嘲の笑みだった。びっしょりと軋識の身体を濡らす玉のような汗がぽたぽたと墜落して、車のシートを濡らした。藍色のシートが深い色に滲んだ。
「こういうこと、誰にでもやってんの」
「あ゛、はぁ、あ、あ゛、が・・・・っひ」
 アスはね、人に愛される方法が分からないんだ。実際愛されても、それを受け止め方がわからない。凄いツンデレだよね、と双識が言っていたのを思い出した。行き場を失くした軋識の手がシートを掴もうとして、爪を立てて、結局拳を握るに至った。うつ伏せになって必死に人識の腰に自分を甘えるように蠢かすくせに、軋識の身体は何を求めることもなく、ただじっと快楽に耐える。
「大将、ここに今さ、人が通りかかったらどうする?」
「ひっ、ぃっ! ばか、やめっ・・・」
 ずずぅ、と自分の肉欲を引き摺りだして、びくびくと身体を震わせる軋識の身体を引き起こす。身体を反転させて、運転席と助手席の間に軋識の上半身を押し込んだ。シャツを脱がせた裸体の軋識がそのまま倒れこむのをぎりぎりで堪える。前の席の窓にはカーテンがついていないので、丁度外を人が通ったら軋識は丸見えだ。ざっと顔を蒼くして、軋識は後部座席に戻ろうと身を捩ろうとする。カーテンが無いせいで入ってくる日光でじりじりと軋識の肌を視線のように焼いた。しかし、身体を捻った軋識よりも早く、後部座席に突き出されたままの軋識の蜜壷に人識は再び自分の肉を突き入れた。
「ひっ! ぃ、ぁ、ぁ、ああ、あ゛、ぁ・・・ぁ? ぁ・・・」
 びゅるる、と軋識の性器から白濁した欲が吐き出される。ぴくぴくと軋識の体が震えて、人識の肉をちゅうちゅうと吸った。なんとか同じように達するのを堪えて、放心した軋識を後部座席に引っ張り込む。抵抗もなく再び後部座席に倒れた軋識は涎を垂らしたままじとりと人識を見るだけだった。赤く勃起している乳首や赤く染まった肌を満足げに見下ろして、人識は自分の唇をぺろりと舐めた。
「大将を先にイかせたの初めてかもな。なぁ、人に見られると思って興奮した?」
「・・・・・・」
「まぁいいや」
 未だ入ったままの性器を抜きかけ、ずぅっ、と突き入れる。「はぁ、ぁん、ん」と箍が外れたように素直に喘ぐ軋識に唇を歪めながら、人識は軋識の性器を抜く。ぐちゅぐちゅと掻き混ぜられる水音と肌の触れ合う音が車の中に響いて、それは軋識の携帯が鳴るまで続いた。



「女役ってどんな気持ち?」
 一度ゴムの中に性器を吐き出してぐったりと横たわる軋識に口移しでポカリスエットを与えて、人識はそう聞いた。軋識のタオルで全身の汗をくまなく拭いてからクーラーをかける。肌寒くなりそうだったのでシャツを申し訳なさげにかけた。
「相手の股間を潰したいっちゃね」
「かはは、こえー」
 冗談ではなくそう想っているのだろう。人識はさっきまで散々吸っていた軋識の乳首に、ちゅ、と音を立てて吸い付く。眉間を一度振わせただけで、我慢強いというか頑固なだけというか、軋識は惨めな抵抗も特にしないまま、じっと天井を見た。
「男役はしたいと想わねぇの?」
「てめぇのケツなんざ」
 はっ、と軋識は鼻で笑った。「童貞を捨てたくねぇんだ」人識がそう嘲笑うと、軋識は目を細めただけで否定しなかった。
「処女捨ててもいいのに童貞捨てたくねぇの?!」
「処女言うなっちゃ」
 げしっ、と軋識の踵が人識のこめかみを狙って振り下ろされる。それを難なく受け止めて、人識は脹脛に吸い付いた。
「かはは」
 そのまま、人識は脹脛を伝って太腿、既に萎えた軋識の性器に舌を這わせる。再び快感によって勃ちあがるそれを見て、軋識は失笑した。
「何?」
「いや、ただ、誰が好きだろうとこういうのは関係しねぇんだなと、想っただけっちゃ」
「そんなもんだろ。でも俺はちゃんと大将のこと、愛してるぜ」
 ほざけ、と軋識は言ったけれど、少なくとも今度は笑っていた。
2010/6・28


TOP