■本当になれない うそ

 「嘘には」

 曲識はぽつりと呟いた。
 
 「限度というものがある」

 そう言って、丁寧に手入れをしたファゴットを、一つずつケースへ戻す。
 人間から内臓を取り出すこいつの手も、こうも丁寧だっただろうかと思い出そうとするも、見たくないからあまり見ていないことを思い出した。
 軋識は先ほどの曲識の台詞に、「お前のいきなり言う言葉は意味が分からんっちゃ」と、いつものように返す。
 曲識はそうだな、と思案するように微かに首を傾けながら、部屋の窓から夜景を一瞬ちらりと見た。

 「限度、と言うと伝わりづらかったかもしれないな。いつもはレンが沢山話して、それを僕が一方的に聞いて相槌を打つようなそういう会話ばっかり近頃していたから、自分から何かを説明するということに不慣れになってしまった。アスもレンを見習って、もう少し饒舌になるべきだと思うね」
 「それを言うなら、お前こそ饒舌になるべきだと、俺は思うっちゃけどね・・・。何でもかんでもレンの言うことを肯定してばかりだと、聞いてる奴に変態扱いされるっちゃよ」
 「心配してくれてありがとう。しかし、そんな気遣いは無用だよ。「少女趣味」だなんて二つ名がついている時点で、僕を変態扱いしないなんて奴はあまり居ないさ」
 「・・・・・・・・・」
 「名は体を表すとか、よく言うだろう。火の無いところに煙は立たない、ともいう」

 逃げの曲識、とも言われてるしね。敬愛なる僕の姉達にも。
 そんな呟くような声と共に、ぱちん、と音を立ててケースが閉じられる。

 「メル友でも作ればお前も性格が変わるかもしれないな。レンから聞いたか?近頃女子高校生のメル友ができたらしい。零崎としては、これは偉業だよ」
 「女子高校生とメル友になったことを偉業だなんて褒め称えることなんざ、俺にはできない芸当だっちゃ、トキ」
 「あまり、レンのことを変態だ変態だと罵るべきではないよ、アス。そこまでして、自分の家族が変態だということを再認識したいのか?それに、零崎で「まとも」な奴なんてそうそういないよ。まぁ、それでこそ偉業と呼ぶべきか」

 ふむ、と一人納得したように目を閉じる曲識を呆れたように見やりながら、軋識はそれで?と問いなおす。

 「うん?」
 「限度がどうとか」
 「ああ、うん、そうだな。そう、そういう話だった」
 「・・・・・・・・・・・忘れてたっちゃか」
 「忘れてないよ。全然、忘れて無い。忘れてなさすぎて、むしろ忘れそうなぐらいだ」
 
 ・・・・・・・それは、忘れてたんじゃないのか?
 心の中で思いながら、「そうか」と一言返す。押し問答になっても疲れるだけだ。

 「なにやら、人識に懐かれているようじゃないか」
 「・・・・・・・・何をどうとればそうなるのか俺には一ミクロン程も理解できないっちゃけど」

 懐かれている、というよりも、双識から逃げるための壁にされているだけだ。

 「レンが人識を探すといつもアスの近くに居ると聞いているけど」
 「レンから逃げて丁度いい隠れ場所が俺のところだからっちゃろ。下手に知らん奴頼って逆にレンに引き渡されるなんてことがあったら嫌だろうからな」
 「・・・・あまり、いろんな奴に好意を見せてくれるな。浮気とみなして、お仕置きでもするよ」
 「・・・・・・・・・・・・何が浮気っちゃか。おめーと付き合った覚えなんざねぇっちゃ」
 「それは手厳しい。僕は君を愛してるのに」

 変わらない声音で呟くように言われても、軋識は気恥ずかしくなって曲識から目を逸らした。
 そんな様子を見ながら、ほら、と心の中で曲識は呟く。

 気が無いのなら、期待を持たせるようなマネ、しなけりゃいいのに。

 
2007/3・16


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