■そんな、殺人命令のあった日
 「さっちゃんを、ころしてみてよ」

 暴君が言った。
 彼女はまるで何も言っていないかのように、平然とぽつりと呟いた。
 何も言わない自分に、聞こえなかったのだろうかとでも思ったのか、もう一度、呟く。

 「さっちゃんを、殺してみてよ」
 
 玩具の破壊命令。
 
 「できないの?」

 いいえ――――――。
 俺は、静かに首を振る。

 「貴方が望むのなら、なんでも叶えてみせます。ですが」

 よろしいのですか。
 確認のために、聞いた。
 彼女はつまらなさそうに目を細めた。

 笑っているようにもみ   え た 。







 「ぶはっ、何だその顔!」
 「うぜぇ黙れクズ」

 我が家に帰ってきた己を出迎えたのは、ソファでお笑い番組を寝転がりながら見ていた兎吊木の笑い顔だった。
 問答無用で踏みつける。

 「っっ・・・―――――!!!」
 「何で当たり前にここに居るんだテメェは」

 痛がる兎吊木を無視して、冷蔵庫へと向かい、ミネラルウォーターを取り出し一口飲んだ。生き返る。

 「ケチケチすんなよ。お帰りって言ってくれる優しいサプライズもたまには良いだろ?」

 まずてめぇはお帰りなんて言ってねぇけどな!
 そう心の中で思いながら、「そりゃお前が言ってほしいんだろ」と言い返す。

 「おっと良い線行ってるな。確かに俺もお帰りって言ってほしい系だ」
 「意味分からん」

 まぁそれは置いといて、と兎吊木は一呼吸置いて、にやにや笑いながら聞いてきた。

 「お前、その頬の赤い紅葉は誰からだ?死線じゃないだろう?」
 「・・・・・・・・・・・」

 最初、兎吊木が噴出してきた理由、それが俺の右頬にある、それはもう綺麗な平手打ちの痕だ。
 あのか弱くも非力な暴君がここまで強くやったら、逆に彼女が腕を痛めてしまうだろう。手の大きさからしても、明らかに大人ものの掌の痕。
 まるで浮気が発覚した駄目男のようだった。

 「屍だ」
 「ほお!いい働きするじゃないかあの女も。で?何がどうなって?俺と浮気してるのにキレた?」
 「てめぇとなんざ浮気してねぇし、屍とも付き合ってねぇよ」

 屍に平手打ちされた理由は、暴君の命令である。
 よろしいのですか、と聞いた直後に、暴君は屍を呼び出し、「全身全霊の力を持って、ぐっちゃんを叩いてやって」とおっしゃったのだった。意味も分からぬまま防ぐことも禁じられ、屍の全身全霊の平手打ちをくらった俺なのだが、そのすぐ後に「今すぐさっちゃんの所に行って。殺さなくていいからね」と命令された。
 実を言うと自宅に戻る前に兎吊木のマンションを訪れているのだ。この恥ずかしい顔のまま。
 最初兎吊木の顔面を蹴ったのにはこの怨みも入っている。

 「で?死線の機嫌を損ねたと?一体何言ったんだ?」
 「暴君にお前を殺してみてよと言われた」

 そのまま平然と言うと、兎吊木は流石に驚いたようだった。三秒後に、「へぇ」と引き攣った声。

 「それで?俺を今から殺すとか?」
 「殺さなくていいと言われた。お前に会いに行けとも言われたけどな」
 「・・・・・・もしかしてお前、殺せないとかって答えたのか?」
 「んな訳ねぇだろ。てめぇの命と暴君の思いつきの一言だったら暴君の思いつきの一言をとるぞ」

 うん、そうだろうと思った・・・。と後ろでぼそぼそと呟く声が聞こえたが、無言でスルー。
 お前だって暴君を取るだろうに、と心の片隅で思いながら、スーツの上着を脱ぐ。

 「じゃあ、何ていったんだ?殺します、って言ったら怒られたのかい?」
 「その通りにしますっつったよ――――。・・・・・・・確認のために、よろしいのですかとも聞いたけどな」

 ネクタイを外した所で、「ひえ?」と素っ頓狂な声が後ろから飛んできた。

 「お前・・・・・・よろしいのですかって聞いたのか?」
 「・・・ああ。お前だってパーティの壊し屋担当だったから、殺しても平気なのかと思って一応確認を」
 「違、うよ。・・・・・・・お前、死線の言ったことに確認までとったのか?」
 「あ?何か可笑しいことでも―――――」

 そう言ったところで、やっと気づく。
 暴君の言うことに確認なんて必要ないのに。命令されたことだけが絶対だというのに、口答えならともかく、良いか否かの再確認だなんて愚鈍な真似、同士のメンバーがやる必要なんて無いのに――――・・・!

 「―――――――・・っ、お、れは、馬鹿かっ!?」

 自分の失態に、というか謎の行動に、眩暈がしてくる。
 まるで「兎吊木を殺す必要があるのですか」などとでも進言しているかのようなものだ。馬鹿すぎる。

 「まさか、そんな、馬鹿な――――!!!」
 「いや、それは結構こっちの台詞だけどなぁ・・・・お前いつからそんなうっかりキャラになったんだ?イメチェン?」
 「いや、イメチェンは違うだろ・・・!」
 「いやぁ、しかし式岸にそこまで重要視されてたなんて、結構嬉しい誤算だな・・・自分の心臓にナイフ突き刺してでも守られた気分だ。お前俺に恋しちゃってたのか。愛人28号ならいつでもOKだぞ」

 いやそれは鉄人28号じゃないのかなどショックでうなだれながらも脳の隅っこでツッコミを入れることだけは忘れずに、今からでも遅くないからこの男殺して見せようかなどと物騒なことを考えていた。

 
2007/3・16


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