■燃えたラブレター
「ティッキー居るー?今扉開けて中に入って、もしもティッキーが部屋に居なかったら半殺しの上一時間後にもう一回半殺しだよー」
「合計で死んでるよな、それ」
がちゃりと重い音を立てて開かれる扉の隙間から、忌々しいものを見るかのように顔を歪めたティキ・ミック郷が、扉の前でにこにこと微笑うロードを睨んだ。
「あ、いたぁ」
「何の用かな、お嬢ちゃん」
えへへへと甘ったるい声で笑う少女を見下ろしていると、彼女はそのまま言葉が砂糖で出来ているのかというほど猫撫で声で、「入れて?」と有無を言わせないような雰囲気で、見上げてくる。
否と言ったら、次の瞬間にはブーツの爪先がティキの脛に直撃することだろう。そして結局入れることになる。
そんな予想を立てながら、ティキは痛いよりはさっさと入れてさっさと追い出そうと思いながら扉を開けた。
「どうぞー」
「ありがとねー、あ、あとティッキー」
招くように手を持って内側に扉を開けながら入れさせる。まるで幼女を誑かしているかのようだなどとくだらないことを考えていると、ロードは少し屈んでいたティキの胸倉を下に引き寄せた。
「お嬢ちゃんって、言わないでね。ボクそう呼ばれるの、嫌いなんだ。・・・ティッキーボクに嫌われたくないでしょお?」
「そうだな、お前の虐めって陰険だしな。了解したぜお姉ちゃん」
両手を降参のポーズのように上げると、ティッキーの良いところの一つには素直な所っていれれるね、とにこりと口元を歪める。そしてぱっと手を離すと、機嫌を良くしたのか部屋の中央にあるテーブルの椅子に、行儀良く座った。
基本的にロードは、ティキの部屋では赤いソファ一つまるまる寝転がって占領する。運悪くソファの上に本など置いてあると容赦なく床に放り投げられるのだ。
しかし、今日は普通に今までティキが座っていたせいで半分離れている椅子に体を滑り込ませ、床に着かない足をぶらぶらと揺らしている。ティキはそれを呆れ半分で眺めながら、扉を閉める。丁度良く誰かロードの暇つぶしに付き合えるような奴が居れば退散させれるというのに。
「ん、んー?何読んでたの?ティッキーって字ぃ読めたっけ?」
「流石に読めるよ・・・」
テーブルの上に今まで暇つぶしに使われていた本が積み重ねられていたが、それにロードは手を伸ばす。
学校に通っていなかったとはいえ、「人間」でいる場合の仕事のうちでは、字が読めなければ不便する場所が結構あるのだ。ノア化する前は、過去に同じ所で働いていた結構歳のいった爺さんに文字を教わっていた。
「ふーん」
さして興味も無いのか、ロードはぱらぱらとページをめくり、最後まで到達するとまた同じ場所に本を置く。
「ねー、暇なんだけどぉ」
「千年公んとこでも行ってこいよ。ここよか面白いんじゃねぇか?」
「ティッキーが面白いことすりゃ問題は無いよぉー」
面白いことって何だよ、と心の中でつっこみを入れながら、ティキは面白いことねぇ、と呟いた。
「そういやお前、学校通ってんだろ?学校でよくやる遊びでもすりゃいいじゃねぇか」
「ゲームぅ?んー・・・ゲームねぇ・・・・・・・・・・・・」
椅子を斜めにしてぐらぐらとバランスをとりながら、ロードは思案する。
金持ちの入る学校だし、そんな遊ぶことなんかねぇかと思いながら、ティキはロードの向かい側の椅子を引いて座った。
学校なんて行った事が無いものだから、どんなところかも、どんなことをするのかも見当がつかないのだ。
「・・・・・・あ」
「あったか?」
やっとぽつりと呟いたロードに、本に手を伸ばしかけていたティキが首を傾げる。「本読むな」とぺしりとロードがティキの手を叩いた。
「ゲームじゃないけど、こんなんもらったよ」
そう言ってロードがポケットから取り出したのは、半分に折られている真っ白い封筒だった。いわゆる、手紙。
それをロードが差し出してくるものだから、反射的にティキはそれを受け取ってしまう。
差出人名の所に、『Aldohelm・MacFarren』と書いてある。男性の筆記だった。
まぁ、名前からして男なのだが。
「あるど・・・・アルドヘルム・マクファーレン・・・・・・・・・・・・って誰」
「学級委員長。あ、中身見て良いよ」
ティキには学級委員長というのが何をする人なのかは分からなかったが、そんな役割あんのかと心の隅で思いつつ、おそらくロードに手荒に破られたであろう部分から中身をなんとか引っ張り出す。くしゃくしゃに歪んでいたその紙を開き文字を目で追う。
「・・・・・・『ロード・キャメロットさんへ』・・・・・・・・『前から貴方のことを可愛いと思っていました』・・・・・・・・・・・『貴方が』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、ロード」
「ん?何?」
「学級委員長って馬鹿なのか?」
「ううん、頭良いよぉ?学年で二番目に頭いい人だよぉー」
じゃあアルドヘルムっつーのが馬鹿なのか、と思いながら、ティキは恥ずかしいその紙を元のように折って、封筒に入れなおした。
「つまり、このアルドヘルムはお前と付き合いたいんだな?」
「まぁそうだろうねぇ」
「物好きだな・・・」
「失礼だなぁーティッキーとボク、付き合うんだったら百人が百人ボク選ぶのに」
「女はお前を選らばねぇだろ」
「池で鯉食べる人なんて女の人も選ばないよ」
で、とロードはティキを見る。
「どう思う?」
「あ?何が?」
「付き合うかどうか」
「好きにしろよ。何で俺に聞くんだっつーの」
「・・・・・・・ふーん」
「いい奴だと思えば別にいいじゃねぇか。お前が誰が好きかとか、お前の自由だろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「まぁエクソシストだったら少しは止めるけどな」
そこでやっと、ティキは懐から煙草を取り出して咥える。
「しかしお前がモテるとは思わなかったよ」
「・・・・・・ティッキー」
「ん?」
「それ、捨ててちょーだい」
すっとロードはティキがテーブルの上に置いた手紙を指差した。そして、飛び降りるように椅子から降りる。
ティキは眉根を寄せて、手紙を指差す。
「・・・・・・それ、ってこれ?」
「それ」
「・・・・・・酷いっすね」
「酷い?酷いとは酷いねティッキー。ボク、人間嫌いだよ。つきあうわけないじゃん。それにそいつ、もう殺しちゃったしね」
流石に、今の答えにはティキも目を瞬かせる。
は、今なんと?とでも言うような顔でロードを見ると、きゃはは、と楽しそうにロードは笑った。
「ティッキーも羨ましかったらボクがラブレター書いたげよっか?」
「いや、・・・いらんよ」
「そう。書いてって言われても書かないけどねぇ。・・・好きだったら、口で伝えるよ」
それじゃ、バイバイ、とロードは手を振って扉から出て行った。
廊下で、ロードは一人で思う。
「(ちぇっ、ティッキーに嫉妬して欲しかったんだけどなぁ)」
しかし、彼女は知らない。
ロードが出て行ったすぐ後に、ティキは煙草の吸殻で、アルドヘルムという名前をじゅっと消したとは。
2006/3・12