■健全なお付き合い
連続して上がる電子音に気づき、双識は水道を止めた。持っていた皿を再び重ねられている食器類の上に乗せると、がちゃがちゃと食器同士が擦りあう音がしばらく続く。水で手についた泡を洗い流し、タオルで水分をふき取り、未だ鳴り続ける電子音を辿ってリビングから出る。
軋識も人識も曲識も、家族がいないマンションのワンフロアはやけに閑散としている。しんと静まり返った廊下を反響する電子音を聞くからに、目覚まし時計だろうか、と想像した。結局、音が漏れていたのはリビングからそう離れてもいない軋識の私室で、パソコンやら双識が良く分からない電子機器が大量に散らばっている倉庫のような部屋からだった。そろり、と覗いてみれば、騒音を立てていたのは目覚まし時計ではなく、机の上に放置されたシルバーの携帯端末だ。
ぴぴぴぴぴ、と断続的に上がる音は着信メロディのなかでも、恐らく最初に設定されていたものだろう。
「ふむ」
普段は取らないべきだろう。プライバシーの問題もある。もしもこの電話をかけてきている相手が女性だった場合、どう反応を返せばいいのかも分からない。もしも軋識の知られざる危険な性癖とかしってしまったらどうしようか。そんなありえない想像もしながら、双識は何気なく携帯を持った。バイブの振動が掌に伝わる。画面を開けると、電話の番号があるだけで名前が書いていない。恐らく、几帳面な軋識を考慮すると、番号だけで相手も分かるのだろう。男だったら普通に取る気満々だったが、名前が分からない故に困る。
どうしたものだろうか・・・。
考えに耽ること十数秒、一番の希望としては悩んでいる間にコールが終わることだったのだが、携帯はまったく終わる気配を見せない。双識は仕方が無い、と思いながら、まぁあの軋識なんだからありえないだろうけれど女の子ならいいなぁ、と願いつつ、通話ボタンを押し、端末を耳に押し当てた。
「は」
『お、なんだいつもより出るのが早いな式岸。ところでこの間言ってたトゥハートセカンドなんだが、姫百合珊瑚のデートイベントの途中で詰んでしまったんだ。どうすればいいと思う?』
・・・・・・・・・・。
え・・・・・・?
一瞬何を言われたのか理解できず、双識は口を中途半端に開けた状態で固まった。電話越しに聞こえてきた声はやけに高い。カナリヤのような声だ。
一瞬女性かと思ってしまったが、その台詞にさらりと吐き出された『トゥハートセカンド』という単語に首を傾げた。
「遊園地ですか?」
『・・・・・・・ん?誰だい君』
双識が反射的に問い返してみると、恐らく軋識ではしない返答と声の違いに気づいたのだろう、電話の向こうの人間が今更質問してきた。
「ああ、ええと、すみません。・・・軋騎はちょっと出かけてまして。私はあいつの・・・兄なんですが。軋騎に用事でしたら、伝言しましょうか」
電話の向こうで相手は少し沈黙してから、「はぁん?兄?」とやけに嬉々とした声を上げてきた。
『兄?式岸軋騎の?へぇ、ふぅん、初耳だ。いいねぇ。お名前は?お兄さん。ちなみに俺は兎吊木垓輔だ』
・・・男なのか。体を硬直させながら、言葉を選び、返答する。「私は双識といいます」
『・・・葬式?縁起が悪いね』
「あ、いや、双子の双に認識の識です。・・・うつりぎ、さん?」
『そうかい。失礼。許してくれ。珍しい名前だね。ふふ、俺には言われたくないかな?ちなみに俺の苗字に悩んでいるようだから教えてあげると、兎に人を吊るすの吊る、そして木だ。兎を吊るす木というと分かりやすい』
縁起の悪さでいうならばどっちもどっちだと思うが。
言葉に迷えば、兎吊木は女のように高い声でくつくつと笑った。人を食うような笑い声に、人を殺す立場である自身が自然といらつきを覚えはじめる。軋識とどういう関係なのだろうか?聞きたいことだらけだが、質問して下手に軋識の足を引っ張る真似はやめたい。
『いや、まぁ自己紹介はいいや。なぁ、さっき遊園地って言っただろう?確かに今そこなんだ。スチルが集めきれなくてね。45番なんだが、君、分かるかい』
「いや、45番ってそんなピンポイントじゃ分からないですが・・・姫百合珊瑚の遊園地イベントでしょう?ジェットコースターとコーヒーカップをやった後にお土産コーナーへ行くと、お化け屋敷イベントに行けますよ」
『なんだって!?なるほど考え付かなかったな・・・土産コーナーがイベントに関係しているとは・・・』
「町近くの店に何十回か通うと店員さんとのイベントも発生しますよ」
『何!?そんな・・・いや、ありがとう。君に会えてよかった』
「会えてませんがね」
『細かい所を気にしていたら式岸のようにワーカホリックになるぜ?なるほどそういうところが式岸に似ているね』
「ゲームで鍛えられただけですよ」
『あ、じゃあ姫百合瑠璃の隠しイベントはもう見れたかい?』
「妹キラーの私を舐めないでいただきたいですね兎吊木さん・・・あれはですね・・・」
『君は天才か!?』
「あ、でもミソラのスチルで一枚分からないものが」
『あれは動物園で』
「アイスクリームが」
『屋上で』
「苺ジャム」
その後ミーハーな方々にしか理解できない会話が約1時間ほど繰り広げられた。
いつの間にか椅子に座り、裏技から会話イベントまで全てのありとあらゆる話に発展したオタク達は携帯電話片手に溜息を吐く。
『いい会議だった・・・ありがとう同士よ』
「いえ、こちらこそ。〈まーりゃん〉さんとお話ができてとても光栄です」
『いやいや、まさか君があの〈ミシェル〉だったとはな・・・君の名言には毎回惚れ惚れしていたものだ。また今度チャットで会おう』
「是非!」
彼らは心の中で硬い握手を交わした。そう、彼らにとって電話というものは大した障害ではない。共通の嫁を持った同士、いわば血を分けた兄弟さながらの関係でもあるのだ。
ああ、一人の人間を介して話すことができたこの奇跡に感謝!この後何も知らずに帰ってきた軋識が、玄関に入った直後長男から激励を受けるという話はまた別の話。
To
Hear/t はマジにあるゲームです。ギャルゲーです。でも藤下はやったことがないのでかなり適当です。スチルがあるかどうかも知らないし、何枚あるかも知りません。攻略方法もその場で考えたものなので深く考えないで下さい。
2008/5・25