■君の墓石で何を謳おう
「墓参りにいかないか?暇だし」
暇人は言った。
燦々と降り注ぐ日光に焼かれながら、密室である車内は地獄と化す。窓から入ってくる風がやけに心地よく、ラジオから流れる音楽はやけにテンションが高い。
やる事もなくやる気もなく、ただただ時間が過ぎるのを待つかのような、生きているくせに死んでいるような生活を送っていた俺に、兎吊木は唐突に墓参りに行こう、と言い出した。お盆にまではまだ時間がある。その上誰の墓参りに行くというのか?意味が分からない。
気の無い返答をする俺に、兎吊木はしんみりした声で告白する。
「実は俺、死線の墓を作ったんだ。都内に」
「・・・ほう?似たような話を、確か悟轟から聞いた気がする」
「何?俺も既に撫桐から聞いたんだが」
「・・・・・・・・」
どうやら暴君の墓はこの世界に3つはあるということが確定された。微妙な沈黙で支配されたマンションの一室から、じゃあ死線の墓巡りでも行こうぜ。死線の墓巡礼。などと阿呆なことを言いながら、俺たちは白昼夢でも見てるのかというノリでうっかり車に乗り込んでいた。運転するのは自然に俺で、助手席に兎吊木が乗り込む。
暇な上にこうも暑いと頭の回転がおかしくなるらしい。メールで悟轟と撫桐から墓の場所を教えてもらい、俺たちはとりあえず近くの商店街へと向かった。
暑いせいか人通りの少ないその商店街の小さな花屋に向かい、とにかく青を基調とした花束を三つ、作ってもらう。「どうしてこんなに青ばかりにするんです?」という店員の問いに、「これを渡す人はとにかく青が似合うんですよ」と兎吊木がにっこり笑って言う。店員は、男二人で何故花束を三つ?誰に渡すんだ、というか三人に渡す?全員青が似合うのか?などと思ったのか困ったような顔でも、そこは接客業をしている根性で「素敵ですねぇ、あなた方のような素敵な人にこんなに貰えるならばその人も幸せでしょう」と笑った。
「いえ、その人は全員もう彼氏がいるんです」と反射的に俺が答えると、もっと店員は訳が分からない、という顔をした。
「横恋慕なんですよ」
兎吊木は手早く花束を抱えると、一万円を店員に押し付けた。お釣りを渡されるまで店員はちらちらと俺と兎吊木を見て、ずっと笑顔と不思議そうな顔を出したり出さなかったりしていた。
「いやあ、暑い。本当に暑い。死線は暑いのも寒いのもお嫌いだったから、こんな日は大量の企業が潰れたね!」
「凄惨な方法でな」
過去の思い出をにこにこしながら言い、兎吊木は真っ直ぐに墓の隙間を歩いていく。和式の長方形の墓石に混ざって外国風の十字架も見える。外国人も日本人も関係のない墓場らしい。じりじりと焼ける墓石の間を水の溜めた桶と花束を持って、俺達はのろのろと死線の墓場へと向かう。別に『玖渚友』が死んでいるわけではない。きっと墓石だけを作っただけなのだろう。どうせ本当に玖渚友が死んでもその墓石に入るわけでもないのに、ただの自己満足で作られた死線の墓を目指す。
それは、真っ白い外国風の墓だった。他の場所と隔絶されるように階段を少し上る形に作られた、真っ白い大理石の墓石だった。
英語で『DEAD BLUE』と刻まれた墓石の白さに俺が無意識で顔を顰めれば、兎吊木も俺の隣でうーん、と首を傾げる。
「青くした方がやっぱりよかったかな」
「冒涜のような気がしないでもないけどな」
「別に死線が本当に入ってるわけじゃないんだから、別にいいだろ。死者を冒涜するにも、死者がいないんだから。いつかペンキでも持ってきて塗ろうか」
兎吊木はそう言いながら、花束を墓石の前に置いた。ああ、やはり青が似合う。墓石相手にもそう思った。馬鹿か俺は。
「中には何も入ってないのか?」
「いや、入れたよ」
「何を?」
「死線の髪とか」
兎吊木はしゃがみ込み、焼け石のようなその無機物に指を這わす。
「死線が俺にくれたCD−ROMだとか。死線が割った皿だとか。死線に塗ったことのあるマニキュアだとか。死線の服とか。死線が俺に触れてくれた全てのものだとか。まぁ俺が入るわけにはいかないから肉とかは無理だけど」
「お前のストーカー暦が今ここに全て曝されていることに気づけよ」
「俺の持ってる全ての死線の遺物を、全部入れた」
俺の言葉を無視して、兎吊木は言う。
「断腸の思いだった・・・」
「だろうな」
「これを捨てるぐらいなら全てのギャルゲを捨てる方がまだマシだと思ったよ」
「そうか」
対象物にげんなりしながら兎吊木はふらりと立ち上がり、ぐい、と俺の手を掴んだ。
「俺の思いも、全部埋めた」
「そうか」
「今はお前が一番好きだと言ったら、嬉しいかい」
「男に言われてもな」
兎吊木はふっと笑みを零し、「死線をなくした俺に付け入るなら今だぜ」とよく分からないことを言い出した。付け入ってどうするって言うんだ。
「・・・・・・それを言うなら、死線も家族も無くした俺に付け入るなら今だけどな」
「・・・・・・!!た、確かに・・・!」
兎吊木は一人でショックを受けた顔をすると、じゃあ今すぐ帰って傷の嘗めあいしようぜ!と叫んだ。死線の墓の前で何をぬかすんだこのクソ野郎は。未だ持っていた水の入った桶をそのまま兎吊木に対してぶっかけると、頭の先から濡れ鼠になった。いい様だ。失恋した情けない男に相応しい、と笑う。
「・・・じゃあ、慰めてくれよ」
兎吊木の不貞腐れた声に俺はひとしきり笑って、「死線の墓巡りしたらな、」と兎吊木よりも死線を優先した。
びしょぬれになったサングラスをまだ濡れずに済んだ白いスーツの裾で吹きながら瞬きを繰り返し、兎吊木は「俺の愛は重いぜ?」とにやにや笑う。
知ってるよ、今まで死線に心酔してんのを何年見たと思ってるんだ。俺は肩を竦めて死線の墓を後にする。もしかしたら凶獣のことだから、あいつも墓を作っているかもしれない。だったらアメリカにもいかなければならないか、と思う。
「お前の墓を作るのは嫌だからな」
唐突に背中に掛けられた声に、馬鹿か、と思う。
「じゃあ何も入る予定のない俺の墓に、何を入れるんだ?きっと俺が死ぬときは死体は残らないと思うけどな」
「俺が入るよ」
「式岸軋騎の墓に兎吊木が入ってどうするんだよ」
笑う俺の後ろで、兎吊木が言った。
「お前が俺に残すのは俺との愛の営みだけだろ?」
「冗談」
幾分か和らいだ夏の日差しを抜けて、俺はふと振り返る。目に痛いぐらいの白を、完璧な蒼色が嘲笑っていた。
2008/3・23