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■連日の命日
髪から滴る水滴がぽたぽたと床に落ちる。
人を殺した後であったから、嫌にすっきりした。
軋識はタオルでがしがしを頭を拭いて、着替えに手を伸ばそうと脱衣籠の方に視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・・・・」
籠の中には用意していたワイシャツとズボンではなく、見覚えの無い女物の服が入っていた。
分かりやすく簡潔に述べるとスカートがあった。
「こっ・・・・・これは・・・」
も、もしかして・・・・着ろというのか?
その場に固まり、スカートを凝視する。はっとしてその下を見ると、普通にワイシャツがあった。
まさかここにキャミソールとか置かれてあったら卓袱台返し宜しく、籠をひっくり返していたところだろう。少し安心して、スカートを元のように置く。
しかし、何故に俺?人識なら分からなくも無いが、30歳近い男にスカート履かせて何が楽しいんだ?
そんなことを怒涛のように考えていると、ドアがノックされた。
「よう式岸」
聞き覚えのある、しかしここで聞こえてはならない声がドア越しに聞こえて、軋識は一瞬絶句する。しかしすぐさま驚きの声を上げた。
「兎吊木!?何でお前ここに居るんだ!?まさか前みたいに鍵壊しちゃいねぇだろうな!?」
「何を言うんだ式岸軋騎。壊し屋の俺が鍵を壊さず何を壊すって言うんだ?」
「暴君に命じられたものだけぶっ壊してろや!」
そして鍵は壊すものではない。開けるものだ。
「ところで其処にスカートがあるだろう?」
「いや?無い」
「えっ、嘘!?変だな。お前が風呂に入っている間にこっそり入れといたつもりだったんだけど」
「てめぇが入れたんかい!」
こいつ不法侵入の上に何やらかしてくれとるんだと絶望したが、兎吊木は構わずほっと息を吐いた。
「なんだ、あるんじゃないか。脅かさないでくれよ」
得意分野ではないがこいつの頭ぶっ壊してやろうかと軋識は思いつつ、次に発せられる言葉を待つ。
「という訳で着て出てきてくれ」
「お前はこの家から出て行け」
酷いとドア越しに悲鳴が聞こえたが、そこはスルーする。女みたいに甲高い悲鳴をもらした兎吊木に呆れ果てていると、いきなり浴室の扉ががらりと開かれそうになった。咄嗟に閉める。
「今日はお前のスカート姿を拝みに一ヶ月ぶりに自宅から出た引きこもりの気持ちを汲んで大人しく履いてくれ!」
「そんなくだらない内容のために家から出るんなら引きこもり止めやがれ30歳過ぎのおっさんが情けねぇ!!」
扉の開け閉めに必死になりながら、すばやく扉の開いている間から兎吊木を蹴っ飛ばす。
離れた隙に扉を閉め、鍵は壊されるからドアに物を置いて止めた。
どんどんと扉が叩かれるが、流石にドアごと破壊まではしないらしい。結構前にリビングの扉を解体したときにやられた制裁を覚えているのだろう。昔の俺グッジョブと思いつつ、軋識はこの状況をなんとかしなければと壁に寄りかかりながら現状を整理しようとした。
脱衣籠の中には着ていた血みどろの服も変えのズボンも無く、ワイシャツと黒いスカートが入っている。
外には兎吊木。
まさかタオルのみで出るなど自殺行為に等しい。
そんなことをやっていると、追い討ちのように兎吊木の声が飛んできた。
「別にスカート無しでワイシャツのみという選択肢もあるが、それはそれで萌えるから大丈夫だ」
なにが大丈夫なんだ。
「そしてちなみにタオル一枚という選択肢は出てきた瞬間に押し倒すというハッピーエンドに」
「どこら辺がハッピーなんだよ!確実にバッドエンド一直線じゃねぇか!」
「まったくぐだぐだと往生際が悪いぜ式岸軋騎!最後にはどうせなんかの格好で出てこなくちゃならねぇんだろうが!一生その中で裸で過ごすつもりなのか!?ちなみに俺は3,4日ぐらい飯食わずに居座れるぜ!」
さ、3、4日・・・!?結構具体的な台詞に軋識はくらくらと眩暈がしてきた。
ど、どうする俺。きっとこの変態は実際居座るだろう。何が悲しゅうて風呂場に3日間も滞在せなあかんのだ。
脱衣籠の中のスカートを睨みつけつつ、ふと軋識はあることを思い出した。
そういえば・・・双識から逃げてきた人識が今この家のどこかで昼寝しているのでは?
軋識はあらん限りの声で叫ぶ。すでに体が冷えてきたのでさっさとどうにかしてほしい。
「人識!居るか!?」
五秒後ぐらいしてから、あー?と遠くから返事が聞こえてきた。
「頼む!助けてくれ!」
なんだよどこだよとぶつぶつ呟く声がだんだん近づいてくる。お、と近くで声が聞こえた。
「なんだよおっさん。何で居るんだ?」
「やぁ人識くん。お邪魔してたよ」
「普通入る前に断るんじゃね?」
世間話はどうでもいい。軋識は半ば必死に説明をした。とりあえずまぁ人識のことだから兎吊木に加担することは無いと思うが。
ふーん、とドアごしに理解したような声が届き、ほっと息を吐く。
「つまるところ、着るもんがスカートしかないからズボンを持ってくるか、この変態を外に追いやって欲しいっつーこと?」
「まぁそうだな」
「おいおい落ち着けよ人識君。きみは大将の女装姿が見たくないのかい?」
「黙ってろやクソが!」
沈黙を保っていたと思ったら、兎吊木は言い出した。しかし人識はあーとだるそうな声を上げただけだ。
「まぁ大将が女になったら見たいとは思うけど、別に女装して欲しいわけじゃねぇしなぁ」
女になって欲しいのか。
ふっ、と兎吊木の声は鼻で笑うと、甘い。甘いな人識君。栗羊羹のように甘いよとほざいた。
何で栗羊羹なんだろうと人識も軋識も思ったが、そこはそこで黙っておく。
「良いかい?女装というのは、究極のギャップ萌えアイテムなんだよ」
「しらねぇよ」
人識と軋識の声が揃った。
「そこいらへんに居る可愛い男の子が女装をしても、「わー女の子みたーい」と可愛らしさがグレードアップするだけだろう?しかし、女性とは程遠いしっかりした男性が女装をすると一味も二味も違う。かっこよさに加えて女性らしいエロさと可愛さの入ったつまりギャップ!いつも眼にしている奴の隠れた魅力が引き出されるという究極のギャップを追求した」
「もうそこいらへんでやめていただけませんか」
絶望して止める。女装なんぞにこんなにも熱くなって語れる人間がチームメンバーにいるだなんて一生の恥なんじゃあるまいか。
いっそ暴君に頼み込んで外国に逃げようかなどと考えていると、なるほど、と人識の納得したような声が扉越しに届いた。
「たいしょー、少し興味が湧いたんでスカート履いてもらうわ」
「おいおいおいおい!!」
瞬間、がんっと大きな音を立てて扉が開かれようとした。流石ライフルの弾を片手で弾く男。扉がみしみしと嫌な音を立てた。
これには流石に軋識も顔を青くする。何度家が破壊されれば気が済むのだろうとショックを受けつつ、扉を押さえた。
「分かった!履く!履くから!」
元々足腰が細いため、下半身だけなら背の高い女性に見えなくも無い。
膝より少し短めの、裾がひらひらしている真っ黒いスカートに、白いワイシャツ。腕をたくし上げた格好で、少しまだ濡れている橙色の短い髪を重力にまかせて下へ垂らして、俯き、指を組んでいる。
し、死にたい・・・。
今現在、ソファーで泣きそうになっている軋識の心境はそれだけだった。
「問題は乳がねぇんだよなー」
「人識、お前いますぐ出て行け」
そんな軋識の前で真剣に悩みながら見ている人識は至極まっとうそうな顔ですげー惜しいわーとぶつぶつ呟く。
「背といい見た目といいストライクゾーンなんだけど・・・まぁ貧乳でも」
「男だっていう前提弁えてろや色ボケ小僧がぁぁあ!!」
ついにぶちぎれてテーブルに手をつき人識を蹴ろうと足を上げる。
しかし今はスカートなのだ。はっと気づくのももう遅い。軋識の隣に座っていた兎吊木はぺらりとスカートを捲った。
眼を見開く軋識と目が合う。
「ぱ」
「黙ってろぉぉぉ!!!」
ごっと鈍い音がして兎吊木の脳天に綺麗に肘がぶち当たった。
それから10分後、軋識の住む部屋の丁度真下の部屋では、一人暮らしの男性がベランダで洗濯物を干していた。
「はー良い天気だなー」
つい独り言を言ってしまったあと、男は最後のを干そうと洗濯籠に手を伸ばす。
と、次の瞬間、上から銀髪の、顔にまがまがしい刺青を彫った少年と、緑のサングラスとかけた白衣のおっさんが降ってきた。
少年の方は猫のようにするりと男の居るベランダに降り立ち、おっさんの方は受身をとりつつベランダに着地する。
「な、なんだあんたら!?なんで上から・・・!?」
「ったく大将のやつ、突き落とさんでも良いだろうに・・・」
少年はそうぼやくと、なんでもないかのように腰からナイフを取り出し、男に向けた。男は小さく悲鳴を上げる。
「ほんじゃぁ零崎を開始して、さっさと戻るか」
おっさんは少年が男を解体している間に、ぼやきながら出て行った。
「いたたた・・・サングラスヒビ入ったじゃないか」
2006/9・30
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