■哀日の在り処
 双識が死んだという連絡を受けてから何ヶ月か立った。思いのほか時間は確実に、意識するよりも早く過ぎていく。
 零崎は、誰もが予感するより早く、静かに崩壊し始めていた。
 一色の欠けた絵画のように。均衡を、崩し始める。

 「蜜織と賢識が、死にました」

 扉を開けて二歩離れたところ立って、景識は無感動そうに、言った。





 「飛織が仇討ちに飛び出していきました。不肖もすぐに追いかけます」
 「・・・分かったっちゃ。すぐに他の奴らにも連絡をいれる」
 軋識は身を翻し、電話をかけようと中に入ろうとした。それを、すんでの所で景識が腕を掴んで引き止める。驚いて振り向いた軋識の眼に、暗い赤が底に沈む景識の意思の宿った眼が飛び込んできた。
 「いぃえ。その話で寄ったんでさぁ」
 「・・・何だ」
 「あいつらが死んだのを皆に教えないでくだせぇ。きっと、飛織と、不肖のことも」
 きっと、の後には「死ぬであろう」が欠けていた。何をぬかすのかと、軋識は息を呑む。
 「賢識の兄が勝てないのなら、きっと飛織も勝てないだろうし、不肖も勝てないでしょう。下手をしたら大将も、曲識の兄も」
 「ばっ・・・阿呆か。ならなんでお前は行くっちゃ。お前、いつの間に自殺志願になった?レンだけで―――」
 レンという名前を出すのも気が滅入る。
 軋識は景識を見ていた視線を逸らし、俯く。なんて女々しいのだろう。何度も、彼が生きていたらと願う。
 「・・・・・・・・十分だっちゃ」
 「不肖はただのエゴです。飛織には、約束をしたんでさ。大将」
 「大将」、と景識は念を押して言った。
 軋識の腕を握る手に、力がこもる。軋識は顔を顰めた。
 「零崎にはお守りが必要で、双識兄さんが居ない今、「長男」が居ない今は、「大将」が一番欠けちゃならんのでさぁ。双識兄さんも口をすっぱくして何度もくっちゃべってたでしょうよ」
 だから、死んではいけない。と―――景識は、言った。
 「不肖らが殺されたことを黙って、交通事故とかに時期をバラバラにして伝えてくれるか、外国に遊びに行ったとか、何でも良いんです。大将頭良いんですから何かうまいことでっち上げてください」
 「ふ、ざけんなっ!」
 軋識は、がっと景識の胸倉を掴み上げる。赤い淀んだ眼が、驚いたように見開かれて、すぐにいつもの半眼に戻る。
 じゃあ、俺はどうなるのだ。
 軋識は、喉を詰まらせながら、言葉をやっとの思いで紡ぎ出す。
 「それを伝えられて、俺だけ苦しめって言うのか!?もう、十分だ!」
 引き寄せて、家の中に入れ、壁に叩きつける。
 「俺も、もう限界なんだよ!周りが死んでいく中で、裏方に徹していただけで取り残されるなんてもう真っ平だ!俺はてめぇやレンが零崎に入った時からずっと殺人鬼でありつづけてた!家族が遠くで死んだことを何度知らされた!?手も何も出せずに、ただ守り続けていたつもりであっても、結局死ぬじゃねぇか!」
 生きすぎていたのは、俺だ。殺されない化物は、いつしか永遠に死ななくなる。
 家族を守っていた、つもりだった。それは己の意識の範疇内で、知らないうちに、家族はどこかで息絶えている。
 「お前が生きてろ!俺が――――――!!」
 俺が、何をしたと、言うんですか?
 胸倉をつかまれていた景識は、肩で息をして、ぎらぎらと睨んでくる軋識を静かに見て、手を、ゆっくりと軋識の背にまわした。
 ぎゅう、と、抱きしめる。
 「それでも、大将が死ぬのは、嫌でね」
 ごめんね、と景識は耳元で呟く。
 ごめんね、ごめんね、一人だけ残らせて、ごめんね。
 何度、今まで死んだ家族に言われてきた台詞だろうかと、軋識は景識の肩に爪を立てるほど、強く握った。
 謝るぐらいなら、殺してくれても良いだろうに。
 「お前から、連絡が途絶えたら、俺は仇討ちに、行く」
 「それじゃあ死んでも連絡だけは取り続けましょう」
 景識はそう嘯いて、にやりと笑った。
 無茶を言うな、とは言えなかった。引き攣った笑みを浮かべた景識に、唇を塞がれ、軋識は喉奥で悲鳴を上げた。

 誰にも聞こえない嗚咽は、低くまた軋識の心臓を傷めて、暗く沈む。




 三日後、景識から連絡が途絶えた。





2006/9・2


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