*ザンスク小説*
鮫は、未だに、血の海の中で空を飛ぶ夢を見ている。
腕を切り落としてから、一段と空は遠くなったが、それでも鮫は満足だった。
体を切り落とすことによって体は軽くなり、浮かべば空はそこに居てくれる、から。
スクアーロはそこで目を開き、飛びかけていた意識を脳髄へと押し込めた。ぼんやりした頭に、ザンザスが本のページを捲る音だけが、耳から頭を揺さぶる。
嫌になるほどだだっ広い部屋に、ザンザスと己しかいない。ゴーラ・モスカすらいないなんて、珍しいこともあるもんだと思いながら、テーブルに肘をつき、こちらに視線をちらりとも送らない我らがボスを見つめる。
「うお゛ぉい・・・他の奴らはどうしたんだぁ?収集かけられたっつーのに全然来ねぇじゃねぇかぁ」
「うぜぇなカス。気になるんなら一人一人探しに部屋を駆けずり回って来い。動かかねぇで暇そうにしてるカス鮫より、犬のほうがまだ使い道がある」
もはや興味が無いと全身で伝えるザンザスに、カスだカスだと連呼されていたスクアーロがぴくりと反応した。聞き捨てなら無い言葉を聞いた。犬のほうが使い道がある?
スクアーロは荒々しく立ち上がり、「聞き逃せねぇな、ボス」と言いながら、まだスクアーロを見もしないザンザスへと歩み寄る。しかしそれでもザンザスは反応をみせず、ぱらりと本のページを捲っただけだった。
「昨日だってアンタの命令でわざわざシンガポールまで行ってきたんだぜぇ。よりによって使えない扱いは、いくらなんでも戯言として流せねぇぜ」
「戯言?俺がいつそんなくだらねぇことを言った?全部本心だ。勝手に嘘吐き呼ばわりとは、それこそ失礼じゃねぇのか、ドカス」
吐き捨てるようにザンザスは言う。スクアーロは顔を歪めたが、ザンザスに睨まれて一度口を閉ざす。はっ、と鼻で一笑すると、ザンザスはぱたりと本を閉じた。
「てめぇがやってるのはただの人殺しだろうが。何のとりえのねぇただの井の中の蛙が何をほざく?そこらへんの歳喰ったクソ爺やらゴミどもに持て囃されて一々調子に乗ってんじゃねぇぞ。見苦しいんだよクソ鮫が。人ぐらいナイフを持てるようになったら誰だって殺せるもんだろうが。何にいい気になってんだ。お前がやってんのは別に人殺しですらネェよ。肉の塊を捌いてるだけだろ」
今日のボスはいつもより以上に饒舌だ。もしかしたら機嫌の悪いときに口出ししてしまったのかもしれない。屈辱に顔を顰めながら、スクアーロは反論を留める。確かに、近頃暗殺したのは、特に殺人能力に長けたようなヒットマンでも何でもない、命令を下すだけの偉い人間ばかりだった。豚肉を切り裂くようなそこいらの肉屋と大した変わりは無い。
言い返すことの無いスクアーロをくだらないものを見る目で見下しながら、ザンザスはふん、と鼻を鳴らした。
「犬と違うんだったらそれなりの反応を見せてみろ。靴でも舐めるか?ああ?」
ごっ、とザンザスのブーツが床を殴打した。それを息をつめたような顔で見下ろし、スクアーロは次の瞬間跪き、頭を垂れた。両手でザンザスのブーツにそっと触れる。そして無言で頭をブーツに近づける。
しかし、スクアーロの顔は違う意味でザンザスのブーツに当たった。口付けをする瞬間にザンザスのその足がスクアーロの顔面を蹴り上げたから。丁度よく顎にクリーンヒットし、脳天を揺さぶられ、スクアーロの目の前がぐにゃりと揺れる。顎を殴りつけられると基本的に何秒かはかならず怯んでしまう。
しかしザンザスの蹴りはそれでは止まらず、次にはもうスクアーロの頭はザンザスのブーツに踏みつけられていた。ごり、とスクアーロのこめかみが軋む。
「ぶはははは!くだらねぇな・・・喜べカス。お前は犬以下じゃなかったな。犬と同レベルだ」
くっ、と楽しそうなザンザスのその言葉を反駁しながら、スクアーロは奥歯を噛み締めた。切れた口内から出た血が口の中に広がって、まるで血の海に溺れたような錯覚が起こった。
*コロスカ小説*
「よくやりますね」
スカルは、我慢ができなくて一言呟いた。予想通りに、ああ?と不機嫌そうな顔をしてこっちを睨みつけてくる目つきの悪い軍人に一瞬怯みそうになるが、そこはなんとかぐっとこらえて、「暗殺ですよ」と答えた。
あー、とコロネロは煮え切らない返事をして、磨き終えた暗殺用の馴れないライフルを一つ手にとってみた。いつもの愛用の銃よりも軽いが、腐ってもライフル、ずしりとした重みが腕に掛かって、コロネロは少しだけ顔を顰めて見せた。
「別に、軍でも暗殺の仕方はちゃんと教わったぜ、コラ」
「そういう意味じゃ、ないですよ・・・」
暗殺ができないのでは、と思われたのかと思ったのだろう。スカルは内心肩を竦めた。
「コロネロ先輩は暗殺に向いてないと思います」
「俺だって別に暗殺なんて陰気なことやりたかねぇぞ、コラ」
「・・・知ってます」
はあ、と頭を垂れる。だからこんなに心配してるんじゃないか。
この先輩はとてつもなく有能である。最強の赤ん坊なんて化物をよぶような名前で称されるアルコバレーノの中でも、スカルはリボーンという一流のヒットマンと、この軍人を先輩と言って慕っていた。慕っていた、といっても、あのヒットマンにしちゃ使えるパシリ程度にしか扱われていないのかもしれないが、スカルは他の一般人よりもリボーンとスカルのことを知っているつもりだ。つもりだ、と表記してしまったが、実際の所、本当にある程度は理解している。コロネロの普通の人間だった頃の軍人の先輩、ラル・ミルチよりはコロネロのことは分かっていないだろうが、コロネロの性格も、性質も、理解はできていた。
一言で言えば、派手好き、その一言である。リボーンは人殺しに関しては、ヒットマンらしく音も立てずに一撃で殺すという、有能な殺し屋の権化のような男だが、イベント物が好きだという一面も持っている。その反面、コロネロは人殺しも派手だし、イベント物ももちろん大好きだ。故にマフィアランドなんていかにもお遊びですと全身で物語るような場所で管理をしている。
今回何故そんな暗殺を陰気な、などと称すようなコロネロが、わざわざ暗殺用の細身のライフルを担いでいるのか。答えは単純明快に、リボーンのお気に入りの帽子に風穴を開けてしまったからだった。
「というか、何で狙って撃って、当たったら弁償するんですか?最初から狙わなきゃいいじゃないですか」
「しょうがねぇだろ、コラ。・・・当たるとは思ってなかったんだぜ」
「・・・・・・はあ・・・」
「お前今俺のことアホだと思っただろ」
げしっとコロネロの足がスカルの被ってるメットごと蹴りつけた。半端なく痛い。
「いや、なんと言いますか・・・」
「いつまでも被りもんしやがって、お前そんなに面白い顔してんのか」
「いきなり当てつけですかぁ?」
少し機嫌を悪くすると、これだ。内心、スカルは地雷を踏んでしまったことを後悔する。メットを被っているのに、相手にすぐ感情を吐露してしまう所が己の悪い所だ・・・。まだまだ未熟で、悲しくなってくる。
どんどん暗くなるスカルを尻目に、コロネロは立ち上がる。そろそろリボーンとの約束の時間だった。待たせたりなどして、他に色々雑用を押し付けられてもたまらない。
ベッドから立ち上がり、愛用のライフルをスカルに押し付ける。「へ?」とメットの奥でアホ面をしただろう、己の方を見てくるスカルの顔が見てみたかったが、コロネロは一言「持ってろ」とだけ命令した。
「少しでも傷つけたら、そのだせぇメット半分にかち割るからな、コラ」
「えええええ、じゃあ渡さないで下さいよぉ」
泣き声を上げるスカルにごちゃごちゃ言うなと叱り付け、窓際に留まっていたファルコンを肩へを招く。
「もしもちゃんと持ってたら、褒美に次の休みの日に買い物に連れてって、荷物持ちに任命してやるぜ、コラ」
「うええ、横暴ですよ、それ」
ますます情け無い声を上げるスカルを無視して、コロネロはホテルのその一室の、扉ではなく、窓から出かけていった。
それをライフルを抱きしめた格好で、何もできずに呆然とするスカルは、次の瞬間、微かに己が動くだけで、服の金具にライフルがぶつかってしまうことに気がつき、もう一度情け無い泣き言を、もうすでに姿を消した己の先輩の出て行った窓に向かって投げかけたが、外では銀色に光る三日月がまるで笑った口のように歪めて闇に佇んでいるだけだった。
*酔った軋識が人識の前で無防備になってる人軋小説*
ぐたりと目の前で目を閉じている軋識は、既に意識は夢の世界へと片足突っ込んでいるようで、小さく呼びかけても反応がなかった。
テーブルを挟んで背後のソファに凭れ掛かり、静かに寝息を立てる。寝息といっても無音に近く、寝るときにでも注意を怠らない殺し屋とかっていう言葉が脳裏を掠めて、人識はアホかと自分で自分につっこんだ。
「(泣き上戸とか笑い上戸とか、下戸とか色々仮説を立ててたけど・・・面白くねぇオチだったなー)」
軋識は他の人よりは強い方だが、特に面白いこともなく、普通に酔って普通に寝た。普段より少し無口になるくらいだった。
人識はくらくらする頭に、明日は二日酔い決定だなーとぼんやり思いながら、コップに入った残りのぬるい酒を喉に流し込んだ。うえ、と小さく呻く。
無理に酔い潰してしまったのだから、己が部屋へと連れて行かねばなるまいと良く分からない常識に駆られて立ち上がり、テーブルをぐるりと回って軋識の元へと腰を下ろす。
「たいしょー、動けっかー?」
ひらひらと軋識の目の前で掌を振ってみると、瞼越しにちかちかした光が見えたのが不快だったのか少々嫌そうに顔を歪めて軋識が人識を睨んだ。駄々をこねる子供のようで、人識は一人良い気分になる。ああ、成る程、酔ってるからか。
軋識はどうやら、20にも満たない男よりも先に眠ってしまったのが癇に障ったのか、不貞腐れたように緩慢な動作で軽く頭を上げる。
「・・・・若い頃から酒飲んでると、身長伸びないらしいっちゃよ」
「・・・へー、それは、悲しいね」
年の功、とか言ったら殴られるので黙殺するが、酔ったときの軋識の台詞は容赦が無い。普段マンションに侵入する白髪男に掛ける言葉よりは幾分マシだが、言われなれない人識には一つ一つが痛かった。
酒のせいでぼんやりとしているが、動けるには動けるらしい。しかし軋識は動きなくないと呟いた。
「眠い。・・・から、ここで、寝る・・・」
「風邪引くんじゃねぇの?」
「・・・・・・これぐらいで、ひくわけ・・・・」
今にも熟睡してしまいそうな勢いに、こりゃあかんと人識は立ち上がり、奥の部屋から毛布を持ってきて、軋識にかけてやった。すでに意識は夢の中に落ちたようで、目は開かれない。
「・・・・・・・・たいしょー」
「・・・・・・・ぅ」
起きているのか怪しい反応に肩を竦めて、人識はイイコトを考え付いたと言わんばかりににやりと笑うと、軋識の瞼へと口付けを落とした。口付け、というよりは舐めるといった方が近いかもしれない。瞼が上に開かれ、舌先が目をずるりと舐める。
「っ、てめっ」
「ぅおわっ」
一瞬で頭が冴えたのか、軋識の右手が条件反射のように人識を殴ろうと振るわれる。人識は同じく反射的に飛び上がり、そのままリビングを出て行ってしまった。
「っ・・・・・・あ、アホか・・・」
舐められた目を押さえながら、軋識が引き攣った声を零した。
酔っ払っていたからに違いない。
・・・寸前で避けられなかったことも。
軋識は元々赤くなってしまっていた頬をまたかっと赤くさせ、毛布の中に包まる。
冷蔵庫から取り出して時間がたったチューハイの缶の、付着した水滴があまりにも大きくなって、テーブルを濡らした。
2006/8・01