一周年記念ミニリク

*狐&軋小説*

 死線からの命令で、とある企業に忍び込んでデータを盗んでくるといういつも通りの仕事を、気は緩めずしっかりさっくりとこなして、軋騎はフロッピー片手に立ち上がる。
 式岸軋騎としては途中でアクシデントが起こらない限り、本当は、本当に、まともに仕事ができるのだ。(某赤い人類最強に逢ったのは、只の不幸なだけだ)
 そんなこんなで命令されていたそれを手に入れた後、こんなビルには用は無い、と軋騎は階段へと向かう。爆発オチがないのなら急いで逃げる必要は無い。今の所、ここの人間には気づかれていないのだから。
 ―――駄目だ。
 ビルに侵入すると、毎度毎度思い出す、あの女。思い出さないようにと心がけるも、無理な話だ。あれを忘れられる人間が居るのならお目にかかりたいぐらいだ。こんな話を同僚の緑のサングラスに話せば「お前、そりゃ恋だよ」と断言されるから、(というか知り合い皆に言っても返答はそれのような気がする)(どこまでも嫌な知人ばかりだ)言うことができないが。
 ―――さっさと帰って、今日はすぐ寝よう。
 頭を振って、扉に手を掛ける。
 ドアノブを捻り、内側に引けば、そこには白い廊下の壁があるはずだが、残念なことに、白は当たっていたが、要らんものまでそこにはあった。

 「よぉ。何だ、死線の蒼の所の、番犬じゃねぇか」

 咄嗟に閉める。が、その行為も男が身を乗り出してきたせいで途中で止まってしまった。ばんっ、と荒々しい音がする。
 「・・・狐」
 「何だ親の敵を見るような目で見やがって。まぁ、似たようなもんか。死線の敵は俺の敵って奴か?」
 ふー、と溜息を吐く顔は、狐面に隠れて見えない。細身の長身に白い着流し、赤い鼻緒の下駄のせいで、軋騎より少しだけ背が高い。
 狐面の男はするりと軋騎のいる部屋に入ってくると、軋騎が後退したのをいいことに、後ろ手で扉を閉めた。がちゃん、と音を立てて、完全に扉が壁と一体になった。
 「そう睨むな・・・俺とお前だったら、明らかにお前の方が強いさ。今俺を殺せるんだから、手ぇだしてもかまわねぇんだぜ?」
 「・・・・・・」
 「死線の蒼も、俺のこと、怖いって言ってんだろ?女の子に嫌われると、悲しいね」
 「・・・・・・」
 「何か話せよ。・・・そんなに嫌わなくてもいいだろう?」
 「何で、こんなトコに来てんだ」
 やっと、軋騎は口を開く。うん?と狐は肩を大げさに竦めて見せた。子供をあやす様な動きに見えて、軋騎は睨みつけることで抵抗の意を表す。やれやれ、と狐は呟いた。
 「お前が持ってるそれを見に来ただけだ。別に要らなかったが、お前や他の企業から、『変な奴』が集まってきやしてねぇかな、ってな・・・下見だよ」
 「・・・・・・」
 「殺し名とか面白いと思ったんだが・・・ここにゃいないな。できるなら、零崎が居て欲しかったが、そうそう見つからん。ツチノコみたいな奴らとか言われてるぐらいだしな」
 零崎、と名前が出てきたときに、軋騎は内心ひやりとしていた。顔には欠片も焦りは出さなかったが。
 狐は呟くように、そして少しだけ笑うような声音でくく、と喉奥で笑いながら言った。
 「お前が零崎なら、面白いんだがな」
 「・・・・・・」
 「まぁ、流石にそこまではできすぎちゃいねぇか」
 どこまで知っているのやら、と軋騎は心の奥で毒づいて、また一歩下がった。ん、と狐が小首をかしげる。
 「なんだ、もう帰るのか?連れねぇな。ゆっくりしてけよ」
 「お断りだ。・・・俺はアンタが嫌いだ」
 そう、軋騎は呟くと。
 軋騎は狐が一歩歩み寄り、手を伸ばしてきた瞬間に上体を捻り、狐が伸ばしてきた右手側に避けると、即座にドアノブに手を伸ばし、僅かな隙間に体をねじ込むようにして外へ出た。そして、全速力で走り去る。狐が驚きながらも扉を開けて廊下を見ると、そこには誰も居なかった。
 「・・・まったく、連れねぇな・・・近頃は娘といい、中途半端な若者には嫌われてばかりだな・・・」
 少しだけ悲しげに狐は呟くと、次の瞬間にはそこから消えた。
 中途半端に開いていた扉だけが、どこからか入ってきた風で緩やかに動いた。



*悪戯したくて堪らない兎吊木とそれを全力で避ける軋識さんの兎軋*

大きな真っ赤なソファに大の大人が座って、無言でテレビを見ている。
片方はいわずと知れた兎吊木垓輔、もう一人は零崎軋識だ。
軋識はもはやばれているのだから一々着替えをするのも面倒くさいと、いつものスリーブレスのシャツとだぶだぶのズボン姿だった。室内だからサンダルは履いていないが、夏まっさかりルックを着ていても、この異常気象の6月、特におかしいことは無い。
しかしもう片方の兎吊木といえば、いつもの真っ白いスーツだった。着崩しもせずに、きっちりかっちり正装姿で、見た誰もが「お前暑くないの?」と聞きたくなるような格好をしている。しかし兎吊木は顔色一つ変えずにぼけーっとテレビを見ている。ついに耐えられなくなって、軋識が「おい」と声を掛けた。
「うん?なんだい」
「お前暑くないのか?」
「口調はいいのかい」
「お前相手に今更口調変えたってなんもならねぇよ」
くすくすと笑う兎吊木にかちん、としながらも、軋識は冷静に対処する。兎吊木はその問いに、「大丈夫だよ」と答えた。
「暑いのは平気なんだ。心配したのかい」
「するか」
苛々しているのを、惜しげもなく殺気で表す。おやおや怖いなぁ、とおどけたように兎吊木が両手を上げてみせた。それでも肩が笑いによって震えていたのに、軋識が眉根を寄せて吐き捨てる。
「じゃあもっと離れろ。暑いんだよ」
「うん?」
2人が座るソファは、約2.3メートルある大型のものだ。軋識の腐れ縁の女性に、「くつろげるし寝れるし、これいいぞー。あたしも家の殆どに置いてるし。買えよ」と脅迫されて買ったもので(軋識の自腹)、兎吊木と軋識、大人2人が座って余りあるものだ。しかし今、軋識のすぐ隣に密着するように兎吊木は座っていた。軋識は最初真ん中に座っていたのだが、すぐ隣に兎吊木が座るので、だんだん避けていったら端に追い詰められてしまった。なので現在、その大きなソファの端っこだけ使ってテレビを見ているのだった。
「まぁまぁ、いいじゃないか。別に暑くないだろ、そんな服着てるんだし」
「てめぇが近づいてるから暑いわ!密着すんな気色悪い!」
「チームワークを育むためだよ」
「足に手を伸ばしてくんな!」
ぐぎぎぎ、と兎吊木の手が軋識の太腿に届きそうになる寸前で、腕をつかんで動きを封じる。行動パターンを読める自分が憎らしい。軋識は素早く立ち上がり、自室に引きこもろうと踵を返した。
しかし、それも兎吊木が軋識のシャツを掴んで引き止める。
「お客さんを置いてどこに行くんだマイハニー」
「自分の部屋だ。放置されんのが嫌ならさっさと帰れ。歩きたくないんなら、気絶させた後引き摺って外に放り出すぞ」
「猟奇的な貴方も大好きっ!」
ゴミを見るような目で兎吊木を見下すと、兎吊木の手を振り払い、無言でリビングを出て行ってしまった。
「おいおいスルーかよ」
一人残された部屋で呆れたように兎吊木は呟く。
返事の変わりに遠ざかっていく足音と、テレビから溢れる笑い声が、兎吊木の耳朶を叩いた。




*媚薬でいちゃいちゃしてる兎軋*

「・・・・・・・・・暑い」
「うーん、安物はやっぱり効き目が悪い」
錠剤の入った小瓶をからから鳴らしながら、目の前のソファで今にも脱水症状で死にそうですと全身で語る、愛人を見てみる。
夏だからという理由以外にも原因があるだろうと思われるが、ワイシャツの上のボタンを二つ外して、ネクタイも取り去り、火照った頬をなんとか冷やそうと片手で顔を抑える。後ろに撫で付けていたオールバックも、さっきの乱闘(主に俺が殴られた)によって崩れてしまい、前髪が顔にはらはらとかかっていた。ベーコンレタスな小説でありがちな状態だが、それを言ったらおそらく奴の近くに置いてある灰皿が剛速球の勢いで飛んでくることだから、無言で視姦。
「お前・・・無断で他人に薬物投与させると犯罪なんだぜ・・・・」
「へぇ、そうなのか。日本はあんまり慣れてないんだよ。ごめんねぇ軋騎くん。賠償金はいくらかな?五十万でも五百万でも払ってあげるよ」
「日本でなくともこれは犯罪だっつーの」
「知ってるよ。馬鹿にするな」
「お前・・・・くそ、やってられるか・・・」
ツッコミもままならないとは、随分力尽きちゃってまぁ・・・。
ごろりと態勢を変えて、軋騎は俺に背を向けて熱をやり過ごすことに決めたらしい。ふむ、安物でも媚薬は媚薬の働きをするもんだ、と五万円で押し付けてきたかの生物学者を思い出しながら、立ち上がる。こんな所で呆然と見守る心優しい兎吊木さんは死線の蒼のところに置いてきたぜ!
軋騎の元へと一歩踏み出した瞬間、目の前から言葉に表せられない殺気が迸る。言葉にするなら近寄ったら殺す。殺し文句は単純であれば単純なほどいい。
しかしそんな安っぽい殺人鬼の脅し文句なんて、死地をかわし歩いてきた俺には幼女がパフェ食ってる姿より生易しいぜ・・・!
そうこう言ってるうちに、軋騎の寝転がるソファに到着。(到着といっても五歩ぐらいしか歩いていないが)ぎらぎらと飢えた獣がごとく睨みつけてくる軋騎は、警戒心も露にしてじりじりと端に寄って行ってしまった。(実際やられると思ってたより寂しい)
「何もしないよ。・・・まさか期待とかしてないだろうね?」
「ほざけ・・・近寄ったら、本気で殺すぞ・・・」
「きれるなよ。カルシウム足りないんじゃない?にぼし食べる?」
「ここは俺の家だろーが・・・」
ふふふ、お前の家なんて俺の庭のようなものだ。
脱力する軋騎の隙をついて、軋騎が寝るソファに座る。ぎしりとスプリングが軋んだ。
「ほら」
ぽん、と膝を叩いてしめす。案の定、軋騎は「ああ?」と変なものを見る目で睨みつけてきた。
「ひ・ざ・ま・く・ら。何もしないさ。安物使っちゃったお詫び」
「飲み物に薬を混ぜたことを先に謝れ変態」
「最初に謝っただろう?これはお詫びだよ。人の好意は素直に受け取っておくもんだぜ」
「じゃあ放っといてくれ・・・」
更にぐたっと倒れる軋騎が可笑しくて、ふふふと自然に笑みが零れる。力ずくで頭を引っつかみ、膝に乗せてやった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・軋騎・・・」
「何だよ」
「熱いよ?熱あるんじゃない?」
「どの口でそれを言うかぁああああ!!!」
2006/8・01


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