*まにわにほのぼの小説*
「りーもーうーこー」
「・・・・・・」
「いーお、りもうこー」
りもうこって何だよ、などと心の中で呟きながら気配を消して、木の上で惰眠を貪ろうとする。おそらく「暇だから」(白鷺にとっちゃ「らかだ暇」というべきだろうが)という理由で喰鮫の仕事を途中で横取りに行こうと誘うつもりなんだろうと予想する。
生憎、その喰鮫に先ほどまで散々付きまとわれてへとへとなのだ。今日はすっかり休もうと既に決めている。
蝙蝠は、ふあ、と欠伸をして、ぼんやりと空を見上げ、静かに瞼を落とした。白鷺には悪いが、一人で行くか、または虫のやつらと一緒に遊んでてくれ、と心の中で言っておいて。
「・・・奴の蝠蝙だんたっ行処何、そく」
ちぇっ、と舌打ちして、白鷺はむすっとした顔でうろうろと歩き回る。忍者なんだから木の上を移動すればいいのに、という話も関係なく、どうどうと地面を歩いていた。隠れ里の近くの森を。
ここでもしも初心に帰って木を移動していたら、お目当ての蝙蝠を容易く見つけることも可能だっただろうに。
「あれ?」
「あ?」
そしてまた、地面をどうどうと歩いてきた蜜蜂も、木の上を通ってきたら、蝙蝠が居たことを白鷺に伝えられただろうに。
「どうかしたんですか、白鷺さん」
「・・・よだんるてし探奴の蝠蝙、ん。・・・か人一?」
「え・・・と、はい」
言っている事を少しずつ変換して、蜜蜂は頷いた。12頭領となってそうあまり立っていないものだから、白鷺とすらすら会話ができるほど慣れていないのだ。
虫組は仕事は基本的に三人行動なので、一人でやってきた蜜蜂に首を傾げる白鷺に、慌てて蜜蜂は説明する。
「今回は仕事じゃなくって、ですね・・・ええと、依頼人の所に交渉しに行った帰りなんです。蝶々さんも一緒だったんですけど、用があるらしくって、途中で別れてきたんですよ」
「んーふ。用が蝶々?」
何か納得できないような感じで、白鷺は顎を押さえた。
どうでもいいが、蜜蜂は「うょちうょち」って言い難そうだったなと思っていた。
「あ、そうだ。主張先で、お菓子買ってきたんですよ」
最小限の荷物のみを持ち歩く忍びにしては何か多いなと白鷺は思っていたら、蜜蜂は腰の袋から何かつつまれたものを取り出した。甘そうな匂いがする。
「蝙蝠さんを見つけたら食べましょうって誘ってくれますか?僕、蟷螂さんのところに居ますから」
「う喰が俺は分の蝠蝙、らたっかならかつ見!!」
目を輝かせて言う白鷺にあはは、と笑いを零してから、蜜蜂は楽しそうに肩を竦めて、「皆で食べましょうよ」と言った。
「こんなに、天気も良いですし」
*零崎ほのぼの小説*
「えっ、人識くんって女の子付き合ったこと無いんですかぁ!?」
「でけぇ声で言うな!」
目を丸くして驚いた声を上げた舞織の頭をべしりと叩く。手加減したからか、舞織が鈍いのか「痛い」と声を上げもせず、そして頭を押さえることもせず、言葉を続ける。
「一人身だったんですね」
「なんつーことを・・・!!」
怒る気も失せて、顔を両手で覆う。ああ、クソ、言うんじゃなかった。
「っていうか、理想像が高いんですよ人識くんは!背が高い女の人なんてそうそう居ませんよ。近頃の人は殆どヒールで背を高くしてるんですから」
ケーキに刺していたフォークを抜いて、人識を指してみせる。嫌そうに顔を歪めて、人識は軽く身を後ろに引いた。「現代女性の種明かしをあっさりしやがって・・・!」ぼそりと毒づくが、隣で軋識が呆れたように溜息を吐く。
「まぁ、背が低い人識にとっちゃ背が高い女なんて結構居るんじゃねぇっちゃか」
「うおお一番言われたくねぇことをこのおっさんは!!」
軋識の台詞に、人識が激昂する。
「それを言うなら!」と人識がびしりと舞織を指差した。軋識と会話をしてもからかわれて終わると判断した人識は、矛先を舞織へと変えたようだった。
「お前は付き合ったことがあんのかよ」
「う、・・・ないですけどぉ」
その台詞には軋識が驚いた。それなりに可愛い顔立ちをしている上に面倒見が良さそうなタイプなのに異性と付き合ったことがないとは。
「・・・付き合ったこと無いっちゃか」
「悪かったですねぇ!所詮売れ残りですよ!」
ぼそりと呟いたことを目ざとく聞きつけて、舞織が軋識に怒鳴る。しかし高校生が売れ残りと言うとは。
しかし、殺人鬼となった今では恋人を作るなんてありえないものだ。それをふまえれば、売れ残りとも言えなくも無いかもな、と心の中で思って、軋識は悪い、と謝った。
人識の両親なんてのは前代未聞なのだ。基本的に零崎は長生きしない。
「そういや、大将、今付き合ってる人はどうなった?」
「っ」
思いがけないことに、飲み干そうとしたお茶が喉で詰まる。げほっ、げほっと苦しそうに咳をすると、舞織は軋識が誤魔化そうとしたのかと勘違いして、「ええっ恋人居るんですかぁ!?」と身を乗り出してきた。
突然の喧騒に、ついには隣で眠っていた曲識も目を覚ます。
「あの偶に来る白髪の美人な人ですか?あれ、でもあの人髭生えてませんでした?」
「えっ、大将ホモだった訳?」
「・・・・何だ、アスの恋人の話か?まさか男ではないだろう・・・眼鏡をかけた茶髪の女性じゃないのか?」
「ええっ、アス恋人居たの!?」
洗濯物でもしていたのか、籠を持って双識さえもやってきた。まだ喋れないで喉を押さえる軋識は訂正もできずにげほげほと咳き込む。
ちょっと待て。白髪は関係ない。それに茶髪の女って屍か?あいつこいつらに会ってたのかよ。臆病者の癖に何で殺人鬼の巣窟に来てんだよ。
そんなことをぐるぐる思いながら、やっと落ち着いて「恋人なんて居ないっちゃ」と返す。
「ええ、嘘つけ」
「あっ、もしかして前ソファで一人でお茶飲んでた女の人ですか?あの真っ赤なスーツ着てた」
「ああ、男の線があるのなら、前は狐の面を被ってた和服の男が居たな。行儀正しいが、あれは多分只者じゃないだろう。アスの好みにとやかく言う趣味じゃないが、まぁ、悪くないとだけ言っておこうか」
「アス、友達多いんだね。嬉しいなぁ。・・・・・あ、でも二股とかは駄目だよ」
「(不法侵入者がいる・・・)」
新たな闖入者がどんどん知ることになる。元々整備の行き届いたマンションを選び、その上自分で改造して厳重警備にしたのに、何だこの状況。どんどん変人の巣窟になってないかこの家・・・。
引っ越そうかな、などと考えながらも、とりあえず全員に「そいつらになんかされそうになったら、赤い女以外の場合は全速力で逃げろ」と通達しておく。
一体、いつから入られてたんだと脱力しながらも、とりあえず蒼色にこれが露見しないように、同僚相手に変な素振りをするなと言い聞かせる必要があるだろうな、と心の中で思った。
*街を歩いてたら兎吊木にうっかり会っちゃった軋識さん*
「お」
「げっ」
2人の声は殆ど同時に発せられた。兎吊木は嫌そうな顔をしてすぐさま体を反転して帰ろうとする軋識を、引き止める。
「おい待てよお兄ちゃん。顔を見るだけで逃げようとするとは行儀がなって無いな。いや、ここはあえて躾がなって無いと言うべきか。おいおいそうゴミを見るような目で見つめるなよ。照れるだろ」
「何も見なかったことにして、回れ右してさっさと帰れ。名前のとおりに肉隗にした後腐らせて捨てるぞ」
「死んだ後なんだから俺の死体がどうなろうと俺の知ったこっちゃ無いさ。犬に食わせるなり川に流すなり土に埋めるなり好きにしてくれ。じゃなくてだな。少しお茶しようぜ。お前のその格好、珍しいしなぁ」
兎吊木はそう言って笑うと、にやにやとした目つきで軋識を舐めるように見た。あの麦藁帽子に銀髪、あのだぼだぼな服装。しかし、いつもと一つ違う黒いジャケットを、いつもの格好の上に着ている。
そして肩からは彼の獲物が入っているであろう黒い筒状の鞄を提げていた。兎吊木は中を見たことは無いが、おそらくそれを見たときこそが己が死ぬときだろうと思っている。
軋識はまた侮蔑するような目で、脅しにかかった。兎吊木と会話なんてしたくない。下手に弱みを握られて、これ以上雁字搦めにされたら、今度こそ軋識が兎吊木を殺すか、軋騎が死線から離れるしかない。どっちにしろ死線の蒼と関係を断ち切るなど、今の彼にとっては泣いてもいい程嫌なことだった。
それ以前に、軋識は零崎の中でも我慢強い方ではないのだ。人殺し大好き!と笑顔で言うような殺人狂ではないが、零崎で最も人を殺すような人間が人殺しが嫌いなわけが無い。
兎吊木のような一般人は、そこいらの肉塊と同じだ。まだ生きているだけなわけで、軋識は兎吊木がパーティの一人じゃなかったら『愚神礼讃』に潰される生物の一人に喜んで選んでいただろう。
これ以上『零崎軋識』としてこの変態と付き合ってやるものかと敵意剥きだして兎吊木を睨みつけると、兎吊木は恍惚の顔でうっとりと微笑んだ。
「いいなぁ、面白いなぁ。ここが街中じゃなかったら押し倒してる所だ。あ、いや、それ以前に俺が死んじまうか。ふふ、ふふふ、じゃあ何だ、これからちょっとホテルにでも」
「行くわけねぇだろ頭湧いてんのか」
間髪入れずに吐き捨てる。何が嬉しくて30過ぎのおっさんとベッドインせにゃならんのだ。
軋識は頭を冷やして鼻で嘲笑う。やってられるか、さっさと帰ろう。無駄な時間をこんな所で溝に捨てることは無い。
くるりと兎吊木に向けて背を向けて、軋識は歩き出す。おやおや?と素っ頓狂な声が後ろから追いかけてくる。
「何処に行くんだい」
「家だよ。帰る。てめぇはそこで死んでろ」
「なんだ、背中を見せて「飛び掛ってください」って体で表そうかとしているんだとてっきり」
「どうすりゃそういう思考回路に繋がるんだてめぇは!」
堪忍袋の尾も切れ、一発殴ろうと振り向くと、すぐ間近に兎吊木の顔があって軋識は驚いて動きを止める。
「・・・・・・っっ!!」
「なんだ、どうした、帰るんだろう?早く歩けよ」
「・・・・・・どっかいけよ」
「ああ、今からお前の家に行く」
「はああ!?」
軋識が意味が分からないという顔をすると、兎吊木はふふふ、といやらしく微笑んで「ホテルが嫌なんだろう?」と囁いた。
軋識の目の前が一瞬で暗くなる。次の瞬間、軋識は本能的に兎吊木を昏倒させて裏路地に投げ捨て、一目散にトキが泊まっていると連絡を受けていたホテルへと逃げ込んだ。
2006/8・01