一周年記念ミニリク

*笑っちゃうぐらい甘い力円*

目を、覚ます。
音が無い部屋の純白のシーツの上で、何度か瞬きを繰り返した後、また力哉は瞼を落とす。なんで朝なんか来ちまうんだろうと訳の分からないことを(自分で自覚しているけれど)考えてみるが、瞼の裏側まで透けてくる朝日が眩しいのなんのって。
「・・・・・・・・・」
八つ当たりに隣に居るであろうと思われる現在愛人を(その愛人は奴の自称だ)引き寄せてやろうと瞼を閉じたままのろのろと手を横に伸ばすが、触れるシーツはさらさらと指先を撫でるだけだ。心地よい暖かさも、何すんだ馬鹿野郎と罵倒してくる声も無く、力哉は寝ぼけ眼で隣を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
声を出すのも億劫になり、一度寝返りを打って(いや、起きているのだから寝返りとは言わないのかもしれない)うつ伏せになるが、隣が気になって仕方が無い。
「ああっ、くそマルコの野郎!」
がばりと身を起こして完全に冴えてしまった頭をかきむしる。ぎしぎしとベッドが暴れるなと言っているかのように悲鳴を上げるも、力哉はそれが自分のものでもないのに優しさの欠片も感じさせぬまま起き上がり、かけられていた制服の上着を引っつかんで部屋の扉を開けた。


「・・・・・・・・・おはよう?」
「おはよう?じゃねぇよ。俺が起きた時は隣に居ろ!落ち着かねぇ」
その自称愛人のマルコは、一階のキッチンで何か作っていた。肩を怒らして乱暴に扉を開けて入ってきたのに少しだけ眉根を寄せるも、力哉が随分と苛ついているのに、小首を傾げて、さも「何で怒ってんの」とでも言いそうなぐらい不思議そうに肩を竦めて見せた。
「落ち着かねぇ、って言われてもね・・・今何時だか分かってるのかよ。お前ぐらい寝たら、頭が腐るっちゅう話なんだけど」
「あ?」
何時、と聞かれて背後をみやる。棚に置かれているアンティークの時計の短針は、12時を差していた。ちなみに今はさんさんと太陽が窓から降り注いでいる。
「ちなみに、これ昼飯」
マルコがお玉で差してみせる鍋には、何やらパスタが茹でられている。
「朝のうちに起こそうかと思ったけど、何とも幸せそうに熟睡してるし、怒られるの覚悟で起こそうとしたら、疲れてるんだからそのままにしておいてあげなさいとかって母親に言われたから、放っといたちゅう話」
「・・・・・・・・・・お前の親は?」
「父親は言わずもがな、母親は2時間ぐらい前に出かけた」
呆然とする力哉にくっくっ、と笑ってやり、お玉を置いて力哉の所まで緩やかに歩み寄り、ぼけっとする力哉の制服のネクタイをくっと引っ張る。
「おはようのキスでもしてやろうか?」
「・・・・珍しいな。・・・・なんか裏がありそうだから止めとく」
「遠慮すんなよ。別に何も考えてねぇっちゅう話だし」
にっこりと楽しそうにマルコは笑うと、訝しげにする力哉の口に軽く唇を押し付けた。
ぺろりと乾いた唇を舐めて、我慢できずに笑い出す。
「お前、寝癖が・・・顔ぐらい洗って来いよな!」
ああ、それでか。さっきから変な顔してたのは。
心の中でそうぼやきながら、未だに笑うマルコの腰を引き寄せて抱きすくめる。やっと一息ついて、まだ腕の中で笑いを堪えるマルコにそっと溜息を吐いた。
「お前に早く会うためぐらいなら、寝癖とかどうでもいいんだよ・・・」
「はは!何だよ朝から愛の告白なんて!そんなこと簡単に言ったら、すぐお前の虜になるだろ?」
ぎゅっと背中に回されるマルコの両腕に、ああ、本当に俺だけの虜になっちまえばいいのに、と心の底で呟いた。



*七とが小説*

「今日は野宿だな」
薄暗い街道の中途で、とがめはやれやれと首を回した。いきなり立ち止まったものだから、七花はつんのめるように、とがめのすぐ後ろに止まる。
「・・・・・・・野宿?」
きょとん、として七花はとがめの言葉を反駁する。まるで意味が分からない、とでも言いそうな声音だったから、とがめは振り向きながら、何だ、と顔を歪める。
「当たり前だろう?何処をどう見回しても、明らかに人が住んでいるような建物は無い。野宿以外に取るべき行動は無いと思うが・・・・・・」
「・・・・・・野宿するのか」
「・・・・・・・・まさかとは思うが」
とがめは怪訝そうな顔で、「野宿が分からないなどという選択肢は、あるまいな?」と聞いた。実の所、七花は物を買うときに金を使うことまで少し思案するような状況だった。(金は知っているだろうと聞いた所、物を売り買いするのに金が必要なのは知っていたが、見るのは初めてだと言っていたぐらいだった)無人島で自給自足の生活を20年間もやってきた人間は一味違う。
無人島で、鑢姉弟はあの木で作られた簡素な小屋のような所で生活していたのだ。野宿する必要も無いし、七花は山で遭難するなんて事をもありえないし、帰ろうと思えば一瞬で家路に着くのだ。野宿、をしたことが無いといえば、したことが無いだろう。というか、悪く言えば、あの小屋で生活していた時点で野宿と言えなくも、無い。
「野宿ぐらい知ってるさ。実際、台風とかが来て家が壊れたときとか、作るまでは普通に外で何日か寝るし」
その度に父親と家を作り直したりなどしたのだ。七花が「野宿」という言葉に怪訝そうな顔をした理由は、目の前に居るいかにも豪奢な格好をしているとがめが、外で寝たりなどすることに驚いたからだった。
「とがめは、いいのか?」
「何がだ?」
不思議そうに首を傾げて見せると、七花が思っていることに気づいたのか、「ああ」と呟く。
「別に、野宿など大して問題は無い。事実、あの島まで行くのに野宿ぐらいやったわ。まぁ、着物が少々汚れることにはいい顔はしないがな」
「そうか・・・」
そういえば、とがめは今の役職につくまでは泥を啜って生きるような人生を送ってきたのだ。我ながら嫌な質問をしてしまった、と心の中で反省するが、とがめはそんな七花を殊勝な心がけにも気づかないように、雨が例え降っても濡れないよう、木の下へと移動した。七花ものろのろとついていく。
「さて、まぁここでいいだろう。七花、髪を持っててくれ」
「ああ」
さも何でもないかのように、御付の従者が持つように七花はとがめの長く白い髪を持つ、しゅるしゅるととがめが厚着している豪奢な着物を一枚一枚脱いでいった。身軽になったところで、七花は髪を離し、脱ぎ終わった着物を集めて、持っていた風呂敷の上に丁寧とは言えないぐらいだが、軽くたたんで置いた。
「地面に寝るのか?」
「いや、この状態で地面に寝るのも憚れよう」
裾を掴んでみせてやるとがめに、ああ、そうだな、と納得したように頷く。白い薄手のそれは、いつも着ている着物に比べればまるで下着のようなものにも見える。
「少々寒いし」
「ああ・・・」
うん、と七花は少し得意げなとがめを見下ろし、ちょっと首を傾げてみせる。
「という訳で、私はいい策を思いついた」
とがめはにやりと笑うと、七花の腕を掴み、木の下へと引っ張り、座らせた。(とがめが引っ張っただけで七花は動かないが、素直にとがめの行く方向へとついて回っただけだ)
その上に、とがめは座る。
つまり、木の根元に七花は胡坐をかくように座って、背中を木に寄りかからせた。その腿の上に、とがめが座る。そして、とがめの背が七花の胸に寄りかからせられた。
・・・・・・・・・・・言わなくても言いたいことは分かります。
「これで暖かいし、着物を汚すことも無い。一石二鳥だ。ついでにお前の目の前に私の頭もあるから、この髪も覚えられる、ということだな」
「ああ、なるほど」
確かに、七花にとってはとがめぐらいの重さ、あっても無くても同じようなものだし、一晩中胡坐でいたって特に七花は顔色も変えないだろう。
「あったかいな」
七花はそう言って、無自覚でとがめの腰を抱きしめた。抱きしめた、といっても両腕を前で合わせただけだ。苦しいわけでもない。しかし、あったかいな、とどうやら七花も幸せそうだったから、とがめも気をよくして「だろう?」と得意げに笑った。
「うん・・・あったかい」
「私の考えはいつだって良い方向に行くものだ」
ふふん、ととがめは楽しそうにいい、少しだけ後ろを見やって呟く。
「おやすみ七花」
「おやすみとがめ。愛してるぜ」
「ああ、明日も私を愛すといい」



*ウシアマ小説*

しろい。

白と赤しか、ウシワカの目に映らなかった。
こんな時でさえもそれを美しいなどと思う己が疎ましく、ひどく醒めた脳ではたちまち今の現状を拒否しようと意識を朦朧とさせてくる。
眠っては、ならない。
指先から頭のてっぺんまで、痛くて痛くて堪らない。口を開くと、入ってきた空気によって、喉に溜まっていた血液と唾液が混ざったぬるぬるしたものが逆流して、思わず咳こむ。
ウシワカ。
どこからか名前を呼ばれたが頭を上げれずに心の中で彼女を呼ぶ。
行かないでくれ。
喉はヌルついて言葉を発することが叶わない。
それでも、彼女は言おうとすることを汲んでくれたようで、そっとウシワカの肩に手を添えた。近くに居てくれたことに驚いて、顔を上げる。
彼女はその真っ白な雪のような肌を、何かの血によって赤く爛れさせていた。彼女がいつも纏う白い光もいつもより酷く弱く、彼女が衰弱していることが見て取れた。
苦しそうに喘ぐ彼女の声が、心臓にずしりずしりと沈む。
逃げて。
彼女の唇が、そう呟いた。
すぐに追いかけるから、先に、行ってて。
なんて事を言うんだ。叫ぼうとするも、喉から溢れるのはどろどろとした血だ。苦しくて、もう一度咳き込む。
そんなことを、言わないでくれ。
君を守ると、決めたのに。
願いすら、汲んでくれないのか。慈母の、くせに。
「きみは」
げふ、と喉から空気が抜けるような音がした。おそらく、胃の中には何も入っていないのだろう。すべて吐き出してしまった。
「慈母なんかじゃない・・・」
一人の、ミーが好きな、女の人なのに。
彼女は軽く首を振ると、悲しそうに小さく呟く。
もう、ウシワカが苦しむのを、見てられないよ。
ああ、なんて女だ。

血に塗れた君を見ても、美しいとしか思えないぼくは、どこかおかしいのでしょうか。

2006/8・01


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