一周年記念ミニリク

*一賊両親会話*

 静かな、清潔なリビングで、機織は生まれたばかりの赤ん坊を胸に抱いて、ぼんやりと腕の中の子供を見ていた。
 赤ん坊は特に何でもないかのように泣きもしなかったし、かといって、楽しそうでもなかった。不思議なものを見るかのように母を見つめる二つの赤い双眸が、兎に角暗く、そして、赤い。
 ああ、なんて目をしてるんだろう。
 機織は思った。
 今まで殺してきた人間の血が、私の体内に入り、知らず知らずのうちに腹の深い所に溜まって、そして、生まれないべきだったこの子に、宿ってしまったんだろうか?
 「泣かないの?」
 子供の仕事は泣くことだと、誰かから聞いた気がした。
 この子はあの人の子供だから、物覚えが良いのかもしれない。もしかしたら、言っていることを理解できるのかもしれない。
 そんなことを思いながら、軽く揺すってやる。「う」と一言洩らして、赤ん坊はまた、静かになった。
 「ん」
 「・・・笑わないの?・・・変な子ね」
 自然と笑みが零れる。
 何をやってるんだろう。これじゃ、ただの人間の親子じゃないか。
 「私から産ませちゃって、ごめんね」
 ごめんね。

 「機織!おーい何処だ!?」

 と、そんな声と共に扉が開かれ、入ってくる零識。赤ん坊を抱いてぽかん、とする機織を見つけて、「げっ、悪い!」と口を塞ぐ。
 「大きい声だして悪いな!泣いた!?もしかして泣かしちまったか!?」
 大きい声を出したことを謝ってるのに、それを大きな声で言うのはどうなんだろう、と機織は笑いそうになったが、腕に抱える赤ん坊が「うー、う」などとぐずりだしたから、機織も慌ててしまう。
 「ごっ、ごめん!ほんとごめん!頼む!謝るから泣き止め!なっ!?」
 「零、落ち着いて」
 すでに声のトーンを落とすことに頭が回らずおろおろして赤ん坊に手をつけようかつけないか焦る零識を宥めようと、機織も慌てて、静かだったリビングは一瞬にして騒がしくなってしまった。
 「どうかした・・・・って聞かなくても分かるね・・・」
 「・・・っちゃね」
 やっと遅れてやってきた双識と軋識が、赤ん坊を中心にして子供のように慌てて騒ぐ夫婦を発見する。ああ、良い年してなにやってるんだこいつら、と呆れながらも、ど、どうするどうすると今にも胸倉ひっつかんできそうな形相の零識を落ち着かせ、軋識が赤ん坊を高く上に上げ下げする。
 「ど、どうすりゃいいんだ?」
 「私に聞かれてもねぇ・・・殺したことはあるけど、あやした事は無いというのが私の信条だからね」
 「何か違うわ、双識・・・」
 「でもまぁ、落ち着かせるとかそういうのだったら、ミルクをあげるとか、そういうのじゃないんですかね?」
 「な、なるほど!」
 子供一人に大慌てしていた夫婦は、すでに軋識と双識が赤ん坊にする動きをぽかんとして見ることしかできなかった。
 やっと泣き止んで、元のようにぼやっとする赤ん坊を腕に抱かせられて、機織は幸せそうにふふふ、と笑った。
 「なんだっちゃ・・・」
 「ううん、凄いなぁ、って思って」
 機織は駄目ね、と渋い顔をする零識に微笑みかける。
 「私達が居なくても、面倒を見てくれる人が居てくれて、嬉しいわ」
 「・・・・変なこと言わないでくれよ」
 「留守のときは、お願いするわ」
 「勘弁してくれっちゃ。ガキのお守りは、苦手っちゃからね」
 「まぁ、そういうなよ軋識」
 零識はにやりと笑う。
 「2人とも、人識のいい兄貴になりそうで、嬉しいな!」
 人懐っこい笑みでそう楽しそうに言う零識を見て、双識と軋識は視線を合わせる。
 「「その前に、良いお父さんになれ」」
 「ひひっ」
 まるで話を聞いていたかのように、人識が機織の胸の中で笑った。




*蒼街*

 いーちゃんと、いーちゃんの鏡の裏側の存在が、あの日恭一郎博士の研究所に赴いた時に乗ったあの黄色い小さな車に乗って、マンションの駐車場から出てていくのを、静かに見送る。
 当たり前に止まりなんてしないし、窓が開いていーちゃんが顔を出すこともなく、といっていーちゃんが振り向くなんてことも、当たり前に、無い。
 涙は出なかった。心臓はこんなにも、痛いのに。
 こんなにも、苦しいのに。
 こんなにも、悲しいはずなのに。
 私の、冷たい水を湛えているかのような蒼い目は、水の一滴も、垂らせない。
 垂らせない。垂らすことが、できない。
 道を曲がって、ついに黄色い点だった小さな車は壁に隠れて見えなくなる。
 それでも、私はそれを見ていた。
 行ってしまった、いーちゃんを見ていた。
 胸は痛い。
 でも、幸せだ。
 とても、とても、私は今、幸せだ。
 言い切れる。ちゃんと笑って、断言できる。
 と、そこで、背後の扉が開いた。
 廊下が明るく、そしてこの部屋は電気をつけていないせいで、扉を開けた人物の影が、扉の形に当てはまるかのように足元までつく。
 振り向かなくても分かる、4年間私の足元にひれ伏して、何も言わずに友達で居てくれた人。
 私は何も言わずに、いーちゃんが行った方向を見つめていた。後ろの彼も、何も言わずに私が向けている視線の先に、微かに視線を向けただけで、何も言わない。
 何か命令されることでも、待っているんだろうか?
 「相変わらず、いい子なんだね」
 一言呟く。
 ぐっちゃんは、少し間を空けて、「いいえ」と呟いた。
 「あの頃と同じく、暴君が望むままの『いい子』では、いられませんでした」
 「そう?そうかな?ぐっちゃんは、いい子だよ。優秀とか、優しいとか、そんなのじゃ、なくって。チームの中では、うん・・・多分、一番いーちゃんに似てたんじゃないかな」
 「でも、そ」
 「うん。いーちゃんはもう、いない。いーちゃんは、もう、追えない」
 自分に言い聞かせるように、呟く。
 「それでも、ぐっちゃんはいい子だよ。私が、断言してあげる」
 「殺人鬼でも?」
 「うん。零崎であっても」
 「・・・いつから知っていたんですか?」
 「いつでもいいでしょ?今、知ってるんだから」
 私はやっと、後ろを向く。明るい廊下に、顔を顰める。
 すっと立って私を見下ろすぐっちゃんに、笑いかけた。少しだけ、ぐっちゃんが眉根を寄せる。
 「駄目だよ」
 「・・・・・・・」
 「縋るような目をしたって、駄目なものは、駄目」
 「・・・・玖渚、友」
 「駄目だってば。これ以上私を悪役にしないでちょうだい。お願いだから。ぐっちゃんを、墓場までなんて連れて行けないよ。4年間も、好きにしちゃったんだから」
 「俺は」
 「言い訳は今は、聞きたくないんだよ。零崎が全滅したとかは、聞いたよ?でも、さっきの銀髪の子だって生きてたんだから、まだ望みとか、手に余るくらいあるでしょ?ただでさえ、零崎って何人いるかはっきり分かる人なんてちぃくんぐらいしかいないんだから、さ」
 後ろに明かりがあるぐっちゃんを見るのは、暗闇に目が慣れていた私にとっては少しキツイ。眩しくて、目が痛い。
 「私をいじめないで」
 「申し訳ありません」
 「・・・希望も、持たせないでね」
 数歩歩いて、扉の前までつく。扉に手を添え、押した。
 徐々に狭くなっていく部屋に差し込む光を見下ろしながら、廊下で当惑した表情の零崎軋識に、少しだけ微笑みかける。
 「ばいばい、大好きだよ」
 ぱたん、と音を立てて扉を閉める。
 静寂と暗闇が、部屋を満たした。
 悲しい匂いに、涙が出そうだった。



*兎耳が生えた兎吊木の兎軋*

部屋の掃除を終えて、一服する。すでに昼に近い時間だったので昼食は何にするべきか、と思案しながら新聞を開いた。
そういえば、兎吊木の野郎はまだ寝ているのだろうか。家まで帰るのがめんどいとかほざいて、暴君のマンションに近い俺のマンションに上がりこんできた変態は、部屋の一つを占拠して、昨日から惰眠を貪っていた。
仕事しろよ。
そう言って殴ってやりたいが、起こすとそれはそれで面倒なのだ。
それよりも昼食だ。兎吊木よりそっちの方が重大だ。
近頃零崎としてマンションを長い間開けていたので、物を腐らせないために何も残さずにしていたため、冷蔵庫の中には本当に何もない。空だ。
「さて、どうするかな・・・」
喰うものがないとすれば、買い物に行かなければならないのだが、いかんせんあの変態を一人ここに残すというのも気がひける。以前のように暴君からのメールを勝手に読まれたら、今度こそ奴を殺してしまいかねない。

「式岸っ!」

と、嫌々ながらも起こしに行くかと腰を上げると、全速力で兎吊木がリビングにスライディングしてやってきた。起こしに行く手間が省けた。こいつにしては気が利くもんだ、と心のそこで思いながら、何を慌ててる、と聞こうと口を開くが、言葉を紡ぐ前に俺は固まってしまった。
兎吊木の頭、31歳なのに白髪だったので、ストレスでも溜まってるんだろうかと初めて見たとき思ったその頭には、真っ白な兎耳が生えていた。
「・・・・・元々変態だったのに、違う意味で変態したのか」
「上手いこと言ったように言わないでくれよ!どっ、どうする!?ついに俺も萌えキャラの称号が手に入れれるんじゃない!?」
「おっさんに耳生えても萌えキャラになるわけねぇだろ」
死んで出なおして来い。
唾棄すべき存在だぞそんなん。
けっ、と吐き捨てるように言うと、兎吊木は「酷い!」となよなよした動きでソファに倒れこむ。
「でも、基本的に兎耳が生えたってことで俺には受けキャラフラグとか立つんじゃないか?年中発情してるし。襲い受けキャラになるんじゃないこれ」
「半分ぐらい分からんもんがあるが・・・基本的に兎耳とか猫耳とか、そういう変態モノは夢オチとか、一時間後になくなるとか、そういう相場が決まってんだよボケ」
そこで、違和感が頭をよぎる。
「その兎耳とか、お前が自分で作った薬とかでなったんじゃないのか?」
「え?いや・・・朝起きたらこんなんだったけど・・・引っ張ると痛いし」
「・・・もしも、段々本物の兎に近づく呪いだったりな」
ぼそっと呟くと、さあっと兎吊木の顔が蒼褪めた。
「ええええええっ、ちょっ、やだよ!半分獣化して式岸とにゃんにゃんできるかなって思ったのに!」
「残念だったな。本物の兎になったら、今日の昼飯は兎のソテーか」
「式岸に食べられるより食べたいのに!せめて兎化したらマスコットキャラとして扱ってくれよ!またはペットとして一緒にお風呂に入るとか!」
「残念だがこのマンションはペット禁止だ。兎化したら、食うか捨てるか売るかだな」
「萌えキャラになれると思ったのに!俺のささやかな夢をぶち壊しやがって!式岸の鬼畜!悪魔!鬼!好き!愛してる!」
2006/8・01


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