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■意味の無い話
扉を開けると床に兎吊木が転がっていた。
「・・・・・・・・」
どう反応すればいいか困ったが、とりあえず周りに誰も居ないことを確認し、室内に一歩足を踏み入れる。扉を閉めればパソコンの機動音だけが鳴るいつも通りの密室だ。その、禄に掃除もしていない白い床に、パーティのメンバーの一人である兎吊木垓輔が寝転がっている。
寝転がっている、といってもありきたりなテレビを見ている母親のポーズではなく、白スーツの上に亀甲縛りをされて、転がされていた。
うわあ。
うわあ、やべぇ。
想像するだけで身の毛もよだつような状況だ。無視するという選択肢もあるのだが、悲しいことに俺の仕事場は丁度ここだった。兎吊木の転がる場所の左斜め前。暴君のお作りになられたマザーボードが今日の俺の作業場。
その目的地へ達するまでにはどうしても兎吊木を踏み越えるか乗り越えるかしかない。そもそもなんでこんな所でこんな縛られてるんだよ。新しい趣味にでも目覚めたんだろうか。
「・・・おい、兎吊木」
やむなく、その背に声を掛ける。兎吊木は横に寝転がった状態で、背中を俺に向けていた。白髪が床に散らばっている。よく見ればあちこちに廃品行きのスピーカの中身が散らばっていた。誰かとここで一戦交えたんだろうか。インドアの、しかも体力の無い素人の戦いは見ていてこっちが切なくなる。優位に立とうが立てまいがどちらにせよ肩で息をしながらやっているのだ。しかも1分ぐらいで終わるし。
「・・・・」
「おい、兎吊木、寝てるのか?」
一度声を掛けても返答が無いので、俺は兎吊木に少し近寄り、すぐ後ろに腰を下ろした。こんな縛られ方をしたら流石に変なことはできないだろうし。というか今の状態からして変なのだけれど。
っていうか亀甲縛りされてその上寝るって・・・神経が図太いというだけでは足りない気がする。どうしても反応がないようなので、もう一度立ち上がり兎吊木の背中を蹴ってみた。これで流石に起きるだろう。
「ひゃあっんっ!」
・・・・・・・・・・・・。
えっ・・・・・・・・。
えっ、何、えっ?
えっ?
「う・・・・つりぎ?」
さん・・・ですよね・・・?
鳥肌が頭の天辺から爪先までぞわぁっと走った気がする。
思わず心の中の声だけど敬語になってしまった。
や、ばい。
帰りたい。
素で帰りたい。
見なかったことにしたい。
「あっ・・・んっっ・・・・あ・・・しきぎし、ぃ」
とりあえず扉を開ける。
そして廊下に出る。
そして扉を閉める。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ。
・・・・・・・・・・・えっ?
帰っていいってことですか?
帰っていいってことですよね?
心の中で念じながら俺はほぼ走っている状態で玄関へと向かった。と、ぎりぎり守っていた理性でその足を留め、早足のまま死線のいるであろう部屋へと向かう。そして扉を開ける。
「暴君申し訳ありませんが自分の命に関係するであろう急用を思い出したので床に頭を擦り付けたいほど暴君には申し訳なく思うのですが今日はこれで失礼させていただきますこのお叱りはまたお受けいたしますのでそれでは今日貴方に会えて幸福でした」
「・・・・うん?うん、ばいばい?」
「失礼致します」
手を振ってくださった暴君にぎりぎり笑顔を作ることがまだできるようだったので一度だけ笑って、扉を閉める。もう何もかも知るものかとりあえず家に帰りたい。そして飯を作って風呂入って寝よう。今日、俺は暴君の下を訪れなかった訪れなかった訪れなかった・・・。
「おい兎吊木、式岸の奴帰ったぞ」
「ああっ式岸もっと蹴って・・・!はぁはぁ」
「聞いてないみたいだ」
ぐりぐり、とピンヒールの踵で兎吊木の背中を踏みつけながら、統乃はげんなりとした顔の正誤に手を振る。幸せな同僚は未だ頭の中身がどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「死体よりも性質が悪いな」
「無表情でそいつ踏みつけるお前も相当性質悪いけどな・・・」
2009/3・30
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