■光輝
向日葵の花言葉を知っているだろうか。よく世間で一般的に言われる言葉は「あこがれ」、または「私の目はあなただけを見つめる」。
そのほかには「崇拝」「熱愛」「光輝」「愛慕」「いつわりの富」「にせ金貨」。
「あこがれ」、また「私の目はあなただけを見つめる」という言葉は向日葵の花が太陽に向かって正対するように一日行動するからという理由に基づいているそうだ。朝は東から昇る太陽に正面を向け、そこから半円を描くように反対の西へと花を向ける。日没後は一度頭を垂れるが、また次の日の朝、日の出と共に半円を描く。
どの国でも太陽に関連して考えられる、黄、橙、茶色が主な色となっているポピュラーな花だ。
別名を「日車」、「天竺葵」、「日輪草」という。
太陽神アポロンに恋焦がれ、彼を見つめ続けた少女の化身という伝説もあり、ペルーでは太陽信仰と結びつけて神聖不可侵の花と崇拝されていた。
また「いつわりの富」、「にせ金貨」という言葉は神殿の巫女が黄金で作られた向日葵の冠を被っていたが、これが奪われたためつけられたと言われている。
幼いころ、母親の手に引かれ住んでいた街の外れにある向日葵畑を見に行ったことがある。その時はじめて向日葵の花を見たのだと思う。僕の鮮明な記憶の中、向日葵のことを、そう、確か「おひさまのようだ」と、思ったのだ。
「真心、向日葵だよ」
「そうだな」
僕と手を繋いで歩く真心は一度欠伸をして言った。小さな手は今すぐに力を込めれば僕の右手をぐちゃぐちゃに握り潰せる力を持っているのだろうけれど、今僕の手を握るその手は柔らかく暖かだった。なぜこんなことになっているかと聞かれれば、事はつい一昨日のことになる。
精神病院の隅で見えない何かに怯える日々を過ごしていた僕の元に、彼女がやってきた。かつて彼女の自由を奪っていた一人は彼女の手で殺され、もう一人はどこかで仕事をしながら生き、そして残りの一人である僕は生きているのだか死んでいるのだか分からない状態でいた。白いリノリウムの床に座り込み怯える僕を見下した彼女は相変わらず美しい橙色をしていた。きっと復讐でもしにきたのだろうと思ったら、驚いたことにお礼参りにきているらしい。お礼参りということはぼこぼこに殴られでもするのかな、と思えば彼女は僕のことを叱咤した。もう僕のことが嫌いな母親ですら言ったことがないのではないかという台詞で滅茶苦茶怒られた。そして励まされた。
まぁ簡単になんて言われたかと言われれば、昔の力の使い方がわかんない俺様を相手とはいえ自由を奪えたお前がそんな自信無さそうにしていると自分が馬鹿にされた気分だからもっと胸を張れ、みたいな内容だった。きっと、今彼女の面倒を見ているらしい哀川潤に影響されたのだろう。じめじめうじうじしている僕を怒鳴りつけ、今のように外に連れ出したのだ。
あの日、世界を救いやがったあの男に怯えるようになってから、僕は精神病棟の部屋隅で怯え続ける日々を過ごしていた。外に出るなんて久しぶりで、世界がこんなにも色がたくさんあることだって忘れかけていたほどだ。
風の匂いに消毒液の匂いはしない。僕と手を繋いでくれる彼女は僕が突然奇声を発して川に投身自殺でもしないために、というお目付け役であった。傍目では少女の子守をする青年、という図かもしれないが、蓋を開けてみれば気が狂ってる精神異常者とそれのストッパー役の人類最終といったわけだ。
たたんたたん、と規則正しい電車の走る音、買い物袋を持つ母親と手を繋ぐ子供。何もかもが久しぶりだった。道のあるがままに歩き回ると、やはり人類最終、地球一周フルマラソンでもしないと疲れないんだろう、僕が手を引くがままについてきてくれた。
少し開けた場所にでると、向日葵畑があった。郊外に出るとすぐこんな所があるのだ。もっと遠くにはとうもろこし畑がある。太陽は厳しかったが、風は涼やかで丁度いい温度だ。少し坂になっている道を歩きながら、僕は立ち止まった。
「向日葵の花言葉を知っているかい?」
「知ってるぞ。あこがれとか、あなただけをみつめている、とか。崇拝とか熱愛とかだよな」
「まぁ、他にもあるけど。そのとおりだよ。不思議だと思わないかい」
住宅地と向日葵畑が道路を挟んで向かい合っている。きっとあと何年かすれば、この向日葵畑も無くなってしまうんだろうな、と思った。白いガードレールに、何かがぶつかった痕がある。ポールの下のアスファルトを割って草が生えている。どこにだって色があるけれど、僕の隣の鮮やかな橙色が一番綺麗だ。
「小さいころ、母さんに連れられて向日葵畑を見に行ったことがある。とても広かった。その時初めて本物の向日葵を見て、僕は太陽のようだと思ったんだ」
「ふぅん、まぁ、南米の方だと向日葵って太陽の代役になってるようなもんだからな」
「でも、とある国の伝説だと、太陽神に恋焦がれる少女の化身って言われてるらしいよ。でも、ぼくは向日葵こそが太陽だと思ったんだ。きっと人間が太陽に手を伸ばしすぎて自滅させないために、神さまが太陽の代役として太陽のような花を作ってくださったんだと、そう思ったんだ」
でも実際は、太陽のような向日葵こそが、最も太陽を求める存在だった。一日中太陽を求めて背伸びをして、人間をあっという間に自力で越してしまう。
「僕は初めて君と出会ったとき、君の事を太陽のようだと思ったんだ」
「向日葵みたいだと思った?」
「太陽が『いーちゃん』だとしたら、ぴったりじゃないか?太陽の花言葉には『愛慕』っていうのもあるんだ」
太陽を求めて、人間なんか気にも留めず、あっという間に高みへ行ってしまう。
「そんな姿が、向日葵こそ太陽だと思い込んでいたからこそ、憎くて。だから、茎を切ってしまったのかも」
向日葵を手元に置いておきたくて。
力ずくで、奪い去る。
「相変わらずロマンチストみてぇな台詞」
「催眠っていうのは本人が思い込むことから始まるから」
馬鹿にするような笑いに笑顔で答えれば気に食わなかったのだろう、少しむっとした顔をされた。
「だから、僕は向日葵が好きなんだ。ただそれを、今言いたくて」
知っているか?向日葵の花言葉。『光輝』という意味もあるんだ。例え太陽があの少年であって、皆が皆あの少年が大好きで、皆あの少年のもとに寄り添うとしても。僕にとっての太陽はいつだって、今までも、これからだって君一人なんだ。
「それ、俺様のことが好きってことか?」
僕の手を握ったまま、彼女は橙色の大きな瞳を僕へまっすぐ向けた。その眼球に、僕はどう映っているんだろう。太陽しか追わない君の眼が、今だけでも僕を見てくれればいい。
「そうだよ」
あと何秒、君を太陽の暖かさから奪えるだろう。地面を這い蹲ることしかできない僕が、僕だけの力で、君にどれだけの時間触れられるだろうか。
「きみがすきだ」
かち、かち、と時計の音が聞こえる。まだ、彼女は僕を見ていた。
2009/3・29