■Waiting for you in gloomy place.
久しぶりに式岸のマンションにやってきてみれば、遺憾なことに式岸は外出中だった。もちろん、ブザーを押すよりも当たり前に鍵を解体して入るのが常になっている俺が、一度部屋を全部覗いてからの結論だが。この方法を取るほうが居留守をとられても関係ないのだ。そんな訳で部屋の中でやることも無くうろうろとして暇つぶしになるようなものを探していると、テーブルの上にある黒い箱を発見した。
以前ならば真っ先に式岸のコンピュータに飛びついていたが、奴は最近俺のことを警戒して無理にクラッキングされるとデータを自ら初期化する設定にしているらしく、この間無理にバラそうとしたら痛い目を見ていたのでやめた。以前は死線から回されたCD−ROMの中身を真っ白にしてしまって、拷問のような嫌がらせを受けた。死線なんか一ヶ月も俺を見てくれなかった。あの時自殺に踏み切らなかった自分を褒め称えたい。
暇だったのでその意味有り気な黒い箱を無造作に空けてみると、中にあったのは剃刀だった。剃刀、といってもそこいらで見たこともない、どこかの職人が作ったと思われる、手で持つ部分も鉄製の剃刀だ。
刃の部分は白い和紙で覆われていて、その刀身を見ることはできない。なんとなく手にとってその紙を取れば、予想以上に美しい刀身が覗いた。滑らかで艶やかな刃は毛髪を剃るというよりも肉を切ることを望んでいるかのような、そんな色をしている。
「誰かと思ったら、やっぱりてめぇか・・・」
ふと背中から掛かった声に驚いて振り向けば、距離としては1mもないそんな近距離で式岸が呆れた顔をして立っていた。気づかれずに人の背後にここまで近づけるなんてやっぱりこの男は一般人じゃないんだなぁ、なんて現実離れしたことを考えた。玄関の扉は分厚く、開けたり閉める度にがちゃ、と重い音を立てるのだ。どうやってあの音を立てずに中に入ったのか。
式岸はふと俺の持っている剃刀に目をやった。視線が何やってんだ、と如実に語っている。
「そこに箱があったら開けてみたくなるのが人間だろ?パンドラの箱でもあるまいし。触っちゃ悪かったか?とりあえず謝ろうか」
「とりあえず返せ」
そうこう言ってるうちにあっという間に式岸の手が俺の手から剃刀を奪った。刃物持ってる人間相手にそんなにも堂々と手を出すなんてやっぱり頭がおかしいに違いない。式岸は手馴れたように剃刀をさっき覆っていた白い紙で刃部分を覆った。そして黒い箱に収める。そしてそのまま蓋をして、俺に目を向けた。
「何しに来たんだ?」
「特にこれといって用事はないよ。あえて言うなら、暇だったから、と言うしかない。俺たちが基本的に暇人だってことは知ってるんだろう?死線の所に通いつめたいのは皆同じだが、仲良しこよしってわけじゃないし。そもそも、俺たちは恋のライバル同士なんだから」
「は、恋のライバルね。どこの少女漫画だ」
「老若男女入り混じり恋愛ストーリー?新しいな。売れるかもしれないぞ」
「勝手に同人誌でも描いてろ」
いつも通りの軽口を交わしながら、どうしても俺の視線は式岸の持つ剃刀の入った黒い箱に行ってしまう。人の視線に人一倍敏感な式岸も、そんなことは承知なのか、黒い箱を持って部屋から出て行こうとする。当たり前のように俺がその背を追いかければ、なんでついて来るんだよ、と睨まれた。
「俺がどこに行こうと勝手だろ?それとも俺の行動を逐一管理したいのか?お前、今流行のヤンデレになろうと思っても、ヤンデレっていうものは何よりも愛を取らなきゃいけないんだぜ?お前は愛より確実に殺意を優先するだろ」
「何で俺がいつの間にかヤンデレ志望になってることが決定されてんだ?てめぇの脳内だけで話を進めてんじゃねぇよ」
売り言葉に買い言葉で、式岸の表情にあからさまに苛々した様子が見て取れた。こういうところが溜まらなく可愛い。可愛いというには語弊があるかもしれないが、とにかくこういうところが大好きだ。きっとチーム以外の人間がこんなこと言ったら、そいつが気づくよりも早く首やら脳味噌やら内臓があっという間にこの華奢な男に破壊される嵌めになるんだろう。今にやにや笑っていられるのも、俺がこいつと同じ同士で、間抜けなほどあの少女にぞっこんなお陰だ。
式岸が俺に手を出してきた瞬間に、この間抜けなほど率直な男を形作る半分が一瞬で壊れる。それを俺が待ち望んでいることは、こいつだって分かっているだろう。俺はなんていったってあの死線の蒼に讃えられるほどの腕を持った破壊屋なのだ。自滅させることによって人間一人の全ての生き様をぐしゃぐしゃにできるなんて、破壊屋の面目躍如といった所だ。
俺に逆鱗を触れられることによってこいつが俺を殺したら、それこそ俺の目論見通り、両手を上げて万々歳と言った所だ。お祭り騒ぎどころではない。俺を最も嫌うこの男が、たかが俺のせいで自分の存在意義を自ら踏みにじるその姿が見てみたい!
とても無様なんだろうなぁ、と思う。
虫けらのように人殺しを続ける男が、喧嘩の欠片もできやしない、脆弱な一般人に粉々に砕かれるなんて。しかもそれが俺の手で!
想像するだけで口元が緩む。訝しげな顔をする式岸に微笑んで、その手に持たれた黒い箱を、隙を見て掴んだ。ぎょっとして身を引く式岸に思いっきり顔を近づけて、俺は囁く。綺麗に壊す。徹底的に壊す。壊して壊して壊して壊す。それが、
「これ、君の家族のだろう?」
お前にとっての殺人のように、俺にとっての生きがいだ。
「だからなんだ」
「死んだ奴のだろ?」
俺の言葉に、一度だけ、式岸の眼球が見開かれる。開かれたグリーンの目玉の中、俺が笑っていた。嫌な笑い方だ。
「俺に家族は――――」
「いない?それじゃあもう、一人きりか」
ぎし、っと式岸の腕が軋むように痙攣した。愛が欲しいのに与えられるのが怖い?我侭だなぁ。
「刃を見るのが怖いのかな?早く死んでしまいたいんだろ?見てると死にたくなるものな。綺麗な刃物だから。何度迷えば気が済むんだ?式岸、馬鹿な奴だな」
「てめっ」
「何で刀身に紙を巻いてるんだ?箱に入れてるのに。錆びないように?家族の遺品を見るのが怖い?後を追いたくなるんだろ?一人きりは寂しいから」
なぁ、式岸、俺は暇でたまらないんだ。お前が俺を見ないから。怯えた目で人の群れを見て、人を殺したくないくせに。人を殺さないと生きてけないんだろ?殺人鬼だから。
「俺を殺さないのは何故だ?チームのメンバーだから?死線の機嫌を悪くするのが嫌か?でも俺を殺すことによって死線が傷つくか?彼女はきっとお前を許すぜ。なんてったって俺たちは友達なんだから」
俺は黒い箱をもぎ取って、中から白い紙に包まれた剃刀を取った。白い紙を取り払えば、そこにあるのは何人の首を掻き切ったか分からない、滑らかな刀身が覗く。
「式岸、これでも俺が殺せないか?さみしい?」
「訳わかんねぇよ!」
「俺はお前を殺せないよ」
眉を顰める式岸に一度笑いかけて、俺は言った。「お前を愛しているからね」
あっという間に式岸の表情が怯えのそれになった。刃物は已然と俺の手の内にある。式岸の手は、黒い箱を掴んだまま、俺を殺すためには動かない。
怯えたままの式岸を一笑する。
「いいのか?愛されるのが怖いんだろう?殺さなくていいのか?」
指を絡めて、そして触れるように式岸の唇に口付けた。
「このままお前を愛してしまうよ」
(暗い場所で待ってる)2009/3・11