■サファイアブルー
観用少女という代物が金持ちの間で流行っているというニュースはテレビではなくインターネットで知った。観用少女というのは温かい牛乳と砂糖菓子でのみ生きる成長しない少女らしい。それには少し惹かれたが、少女といっても人ではない。化物に恋をするのは既に事足りている。言葉を発さず、気に入った人間だけに天使のような微笑を向ける少女。それはそれで魅力的だが、何かを育てるというのは、俺には向いていないことぐらいはわかっていた。
「この近くに観用少女のお店ができたんだって」
死線はごろりとベッドに転がりながら言った。俺は彼女が食べ終えた食事の片付けをしながら、買う人がいるんですかねぇ、と言ってみる。
死線は欲しいんですか?
「いらないよ、そんなの。私、作るのは好きだけど育てるのは好きじゃないんだ」
そうでしょうね。
彼女が欲していないものに興味を割く必要はない。しかし何故彼女は欲しくも無いものの話題を自分に振ったのか、俺にはよくわからなかった。考える必要はあったのか、それも、大して興味は無かったけれど。
◆◆◆
店に来てしまったのは大して意味があったのか分からなかった。気がついたらそこに居た、としか答えられない。いや、死線が言った話を確認する必要がある、と無意識に判断していたのかもしれない。次にまた死線に話をされたとき、知らぬ存ぜぬではいけないのだ。彼女のために、動けなければ。
店を探すのは簡単だった。小さく目立たない店だったが、品がよく、ショーケースに少女が一体置かれていたから、すぐに分かった。外から眺めると本当に小さな女の子が硝子の向かい側で眠っているようにしか見えない。俺はとりあえず少女を観察してから、中に入った。できればもう少し近くで見て見たい。温かいのか、動くのか、少なからず、初めてみる物体に興味が湧いていたのだと思う。
内装は中国風だと思う。ショーウインドウに置かれていた少女は美しいドレスを身にまとっていたので、洋風だと思っていたけれど、店主は中国のものだと思われる衣装で、出されたお茶も中国茶だった。それほど詳しくはないのでどのようなお茶かは分からないが、飾ってある家具や色合いがそれらしいのは分かる。
「どの観用少女をお求めで?」
いや、何も買うつもりはない、と答えようかと思ったけれど、冷やかしで来たと思われて追い出されるのは少し困る。どうせだから店にあるのを全部見せて貰いたい、と言うと、店主は少し困った顔をした。
「全部、は申し訳御座いませんが」
何故と問うと、少女達は買い手を選ぶものなのです、と男は言う。
「観用少女は自分の気に入った人物に愛されて美しくなるものなのです。気に入った人物を見つけると少女は目を覚まします。そして目を覚ました後は、その方以外とは一緒に居られないようになるのです。一度目を覚ました少女はメンテナンスに出さないと、枯れてしまうのです」
枯れるとはどういうことだろうか、と思う。死ぬということだろうか。いや、観用少女は人形なのだ。命はもとより、無い。どちらかというと、機械が壊れる方に近いのだろうかと思う。
しかし、気に入った相手から愛されることで美しくなる人形、か。時代が時代なら呪いの人形だな、と俺は心の中で笑った。
気に入られなければ買うことはできないのか、と聞くと、ええ、まぁ、と店主は言う。そりゃそうだ。気に入った人物以外が育てると『枯れて』しまうのだから。ふぅん、と俺は言って、じゃあ、観るだけならいいんだろう、ともう一度頼んだ。
「もしも目を覚ました観用少女がいたら、買っていただけるので?」
俺は笑って、いいよ、何体でも買ってやるよ、と言う。俺は半信半疑だった。ならば何故この男は多くの人形の管理ができるというのだろう。つまり、気に入られずとも育てる方法があるのだ。
……もしかしたら俺は気付かないうちに人形に魅入られていたのかもしれなかった。ただ死線のために確認するだけが当初の目的だというのに、俺は人形が見たくて仕方がなくなっていた。そして俺は店主に導かれるがままに店の奥に向かう。とても、良い匂いが、していた。
◆◆◆
観用少女はどれも美しい人形だった。全て本物の人間のようにしか見えず、そして可愛らしい顔ですやすや眠っていた。触れさせてもらったが人肌と変わりなく、子供のようにすべすべしていた。ひんやりと冷たかったが、目を覚ますとどうやら人肌程度には温かくなるらしい。どのような構造でできているのだろう、と科学者としての血が騒いだが、無粋かもしれない、と思って深く考えるのはやめた。
これで全てなのかと、一通り見て回ると、あと一体居りますが、と店主は言った。
「奥の部屋で、ずっとここに居続ける少々変わったプランツが」
何枚ものカーテンで遮られた部屋を、店主は促した。俺は誘われるがままに奥へ歩く。薄暗い部屋の奥、小さなスタンドで照らされたソファの上に、青い髪の観用少女が、眠っていた。
死線の蒼、と俺は思わず言ってしまった。それほど、その人形は彼女に似ていた。瞼を閉じていたので、その人形の目が青かどうかはわからなかったけれど、目を瞑り、静かに眠り続けている観用少女は、死線の蒼そのものだった。真っ白いドレスに身を包んだ少女の身体も、蒼い睫毛も、髪も、その白い手も、俺を跪かせるに十分に値する、彼女そのもののそれ、だった。
「《サファイアブルー》と申します、観用少女で御座います」
店主はそう言って手元のスタンドの明かりを増やした。サファイアブルーと言われたその人形は瞼を閉じ続けたまま、じっとしていたと思うと、ふと目を開けた。そしてじろじろと俺を見て、そして店主も観察してから、興味を失ったように、またぱたりと目を閉じる。俺が驚いてぽかんとしていていると、店主はいつもこうなので御座います、と言う。
「《サファイアブルー》は捨てられた観用少女で御座います。前の持ち主がこの子を置いてどこかへ逐電いたしまして、それから、この子は、その持ち主を待っているのでございます」
なんだそれは。 それはまるで、本当の、死線そのものじゃ、ないか……?
俺は胃液が逆流してきそうな気持ち悪さに襲われていた。この、人形は……。
「メンテナンスに何度か出しているのですが、何故か直らないのです。ですがこのような蒼い髪と目のプランツは希少種でして、処分もできないので御座います。気に入られずとも手に入れたいという方もいらっしゃいますので」
俺が買う。 俺は口を押さえながら、喘ぎあえぎ、言った。店主は少し止まって、俺を見る。その視線さえどうでもいい。俺は言った。金ならいくらでも出す。頼んでいる奴らの二倍でも三倍でもいい。だからこのプランツを、観用少女を、サファイア、ブルーを、売ってくれ。
それからどうしたかは、覚えていない。兎に角、サファイアブルーは、手に入れた。店主の出した金額を小切手で渡し、ドレスやミルク、やたら金のかかる小物を買い漁った。マンションに連れて帰りベッドに寝かせた。俺もソファで眠った。吐き気は無かったが、今度は身体の震えが止まらなかった。興奮か、それとも恐怖か、分からなかったが、少女を抱き上げたその重みを思い出すたびに、両腕ががたがたと震えた。その日、夢の中で蒼い髪の少女が現れ、俺に跪くよう命じた。でもそれが死線なのか、それともあの人形なのか、俺には分からなかった。美しい夢だった。
◆◆◆
一番見晴らしのいい部屋に置いてみたけれど、すぐに変えた。観用少女が日焼けするかどうかは知らないけれど、死線に不思議とよく似た女の子が日焼けだとか、笑えない。日に当たる死線という時点で珍しくて素敵かな、と思ったけれどそうでもないことを知った。やっぱり死線はああでこそ美しいのだ。何も置いていなかった部屋に家具一式を置いて、あの店の男に勧められたものを片っ端から買ったのでそれも適当に配置する。砂糖菓子は高級なものがいいのかと、有名どころの砂糖菓子をとにかく買ってみて、少女の前に並べた。俺に微笑まない少女といえど、食事の時だけは目を覚ますと言われていたので眼を開けてくれるものだと思ったけれど、彼女は重そうな睫を降ろしたままだった。そうだ牛乳だと思って、俺はあの店で買った牛乳を言われた通り人肌までに温める。どうせだからと思って砂糖も入れてみた。
少女の目の前に置いて、少し待つ。飲まなくても構わない。枯れたって困りはしない。金はかかったけれど無くして困るほどの金額ではなかったのだし、人形が、少女が枯れるという姿も、見てみたい。いや、俺は、死線が枯れるところを、観てみたい、のかも、しれなかった。
俺が黙って観察して、ああ本当に死線に似ているなぁ美しいなあ、このまま風呂に入れないでお風呂に数日入らない死線萌えでもしようかな、と考えていると、ぱちり、と少女は眼を覚ました。
少女は、ぱっと目の前の牛乳に手を伸ばし、こくこくと飲み始める。あっと言う間に飲み干したと思ったら砂糖菓子もがつがつ食べる。観葉少女という名の割りに食い意地の張った生物だ。こういうところもまた、死線に似ている。
少女はぺろりと砂糖菓子とミルクを飲み干すと自分の定位置に決めたらしいソファの上に座って、また眠り始めた。食事にしか興味を示さず俺に対してまったく関心がないあたりが正直たまらん。これで手元にあるクッションでも投げつけてくれればいいんだけれど。
しかし少女はもはやうんともすんとも言わず、俺から逃げるようにじっと固まってしまった。
観用少女というだけあって、本当に観るための人形だとつくづく思う。見た目は本当に完璧だ。しかもこの人形は持ち主以外には微笑まないらしい。愛情を注ぐことによって美しくなり、そしてその持ち主にのみ、極上の笑みを向ける、喋らない美しい人形。資産家は一体何を求めてその人形を買うのだろう。俺は何故買ってしまったのだろう。いや、答えはだいたい予想がついている。俺は、そうだ。この人形が、知らない誰かに微笑む日が来るのが嫌で仕方が無かったのだろう。
人形は眠り続けていたままだった。
◆◆◆
よう、観用少女を買ったんだって? とチームの連中に言われたのは次の日のことだった。いつも通りに死線のマンションに向かった所、エントランスホールで兎吊木とぶち当たってしまった。その更に後ろから式岸がやってきたが、そいつは兎吊木の興味が俺に向いていることにこれ幸いとさっさと通り過ぎていってしまった。あの野郎、と心の中で毒づくも、目の前の変態が消えることはなかった。
「どんなもんなんだい? 観用少女ってのは。君にしか微笑を向けないんだろう? やっぱり可愛いものなのかな? しかし、君が死線以外の少女に興味を示すとは驚きだな。やっぱり少女ってものはどんなものでも人を虜にする魅力を持っているってことか。いいねぇ、俺も今度行ってみようかな」
勝手にしろ、といいたかったが、兎吊木の死線以外に俺が現を抜かしていると思われるのが癪に障って、そんなことはない、と否定した。綺麗な死線に似た人形を見つけたんでな。そいつが他の誰とも知らん輩に買われるのが嫌で買ったんだ。と言うと、兎吊木はへぇ、と目を丸くした。そしていつものいやらしい笑みを口に浮かべ、へぇ、そう、死線に似た、ねぇ、と言う。
「そいつ、君に笑いかけるのかい?」
兎吊木に説明するのは気が引けたが、これ以上人形に誑かされている奴扱いは嫌だったので、サファイアブルーについて適当に説明した。捨てられた人形だということ。微笑まないこと。ただの家具みたいなものだということ。正直、家具のようだと言うのは気が引けたが、結構あっさりと言ってしまった。兎吊木はくっくっく、と笑うと、いやぁ、そうかいそうかい、とにやにや笑う。
「じゃあ、その人形が君に微笑んだら、是非教えてくれよ。お祝いに何か、そうだな、酒でも買ってやろう。祝いには酒がつきものだろう。ふふふ」
兎吊木はそう言うと、さっと俺の横を通り過ぎて外に出て行ってしまった。兎吊木にしてはあっさりと引いたことに内心ほっとしながら、俺はエレベータに乗ろうとしたが、また兎吊木が壊したようだったので、仕方がないから階段を昇ることにした。死線の元には誰もいなかったが、それを喜ぶ反面、何故か昨日の夢のことが頭から離れず、死線を目の前にしても素直に喜ぶことができなかった。人形を買ったことを世間話として言ってみると、死線はにこりと笑っただけで、何も言いはしなかった。ただ一言、「私より人形なんかを好きになったら、人形に妬いちゃうなぁ」と笑っただけだった。冗談であることぐらい分かったが、死線のその珍しい言葉で心が晴れ渡るような気分になったので、勿論です死線の蒼、と俺は頭を床に擦り付けながら言った。あなたより優先するものなのこの俺に何もありはしません。
◆◆◆
人形は本当に食べる時以外何もしなかった。毎日死線の元に通うわけではないので、俺もしばらく家から離れなかったし、一日中人形を見つめて過ごす日もあったが、サファイアブルーは食事を前に並べたときだけ目を開け、ミルクと砂糖菓子を貪り、それ以外はただ目を閉じて眠った。目を覚ましている時は温かいと聞いていたので、今も目を覚ましているということなのだろうかと思って肌に触れてみたが、ひやりと冷たかった。生命活動を維持するためだけに目を開けているだけで、常に寝ている状態と変わらないということか、と考える。一度解体してみたいと思ったが、俺は解体専門じゃないから手を付けると困る。メールで式岸に連絡を取ってみた。
式岸は本当に興味が無さそうだった。メールからも感情が読み取れる辺り、式岸ってもしかして感情豊かなんだろうかと思ってしまう程度の発見があった気分だが、報酬を出すと言っても式岸の反応は芳しくなかった。
『人の形をした、人じゃないものに興味は持てないな』
機械だと思えよ、と俺は返信したが、式岸の反応は変わらなかった。
『お人形遊びはやめとけって、知り合いに昔忠告されたんでね』
なんの話だろうと思ったが、諦めた。俺は解体しなくとも確認できる実験ぐらいはしようかと思い立って、とりあえず噂を確認してみることにした。
◆◆◆
興味がない相手からの愛情でも、それなりに反応はあるようだった。俺はまず、少女へ『愛情』を注いでみることにした。今まで何もしなかったが、ブラッシングをしてドレスを変え、店主から買った化粧品を時間を掛けて丁寧につけてみた。動かない人形相手には色々と面倒な作業もあったが、一日が過ぎる頃にはすっかり綺麗になっていた。肌つやが良くなった気もする。話しかけ、眠る前にはキスをした。小さな子供を扱うように、丁寧に接して過ごした。
◆◆◆
死線に頼まれた仕事はいやに捗って、少女にミルクをあげる時間になる頃には全て終わってしまった。少女が来てから、仕事の効率が上がった気さえする。俺はメールを贈ってから少女のためのミルクを温めることにした。砂糖菓子を皿に置き、食事の後に着替えさせるための服も用意する。少女を置いている部屋に向かい、いつもどおりにテーブルに食事を置いたところで、俺はいつもと違う違和感に気付いた。いつもなら食事を置いてから目を覚ますサファイアブルーが、既に目を開けていた。どうした、と言おうとしたところで、サファイアブルーは俺を見て、微笑んだ。
まるで天使の微笑みのようだと言われる観用少女の微笑み。それがまさしく真実だとでも言うように、にこり、と。ふわりと。微笑んだ。
幸せそうに、俺を見て。
◆◆◆
「あいつ、どうしているかねぇ」
兎吊木はパソコンを弄りながら、すぐ隣でマザーボードを組み立てている式岸に聞いた。式岸は無言で、兎吊木を無視するかのように黙々と作業を続けていたが、兎吊木はそれも無視するように、お人形遊びをまだ続けているのかなぁ、と言う。
式岸は『あいつ』というのが誰か分からなかったが、お人形という言葉で、チームのメンバーであることを理解した。数週間前に自分に人形の解体に興味が無いかと聞いてきた奴だ。
「知るか」
「知ってるかい? あいつが持っている人形、死線にそっくりなんだってよ」
「でも死線じゃない」
「そうなんだよな」
兎吊木は式岸の言葉ににやにやと笑いだして、そう、それなんだよ、と言う。式岸は返答しなければ良かった、と後悔しながら、静かに組み立てを続けた。
「俺達は死線の見た目に惚れたんじゃない。彼女の天才性に魅せられたんだ。どうしようもなく、魅入ってしまった。天才じゃない玖渚友に、俺達は魅入らない。それに気付かないのかな?」
式岸は答えなかった。
◆◆◆
人形はやはり人形だった。血は出ない。叫びもしない。感情らしい動きは見せるがそれもやはり生命ではない。キッチンから持ってきた包丁で死線に良く似た人形を滅多刺しにして、俺はベッドで一息ついていた。
「死線の蒼は俺に向かってそんな幸せそうに笑ったりしない」
俺はやはり人形に対して死線に似た感情を抱いてしまっていたようだ。俺を気に入った彼女なんて、俺を大切に思う彼女なんて、お断りだ。俺はそんなのになりたいんじゃない。俺はあんたの玩具で居たい。
「ああ、まったく残念だ。本当に残念だよ。もう少しぐらい、綺麗な置物でおいておきたかったのに、本当にどうして好きな人への気持ちを捨てちゃったんだよ本当にお人形ってのは駄目だ、まったく駄目だなぁ本当に。もっと死線らしくしてたら、足ぐらい嘗めてやりたかったんだけどなぁ」
2011/3/20
「ぼくとデートを」収録予定変更・観用少女パロ