■ぼくとあの子の人生日誌
お前、友達ってなんだと思う? 友達ぃ? そんなもん、一緒に飯食って映画でも見てお喋りでもすりゃ友達なんじゃねぇの。そうだねそれはきっと間違いようもなく友達だね。でも映画を見るっていうのは少しハードルが高いと思わないかい? 僕は今まで一緒に映画を見た人なんて居ないよ。かはは! っつーかそもそもおめーが映画を見ねーんだろ。じゃあ遊んだら友達じゃね? 遊んだら、か……でも子供の頃なら分かるけど、今の歳に「友達と遊んだ」って思える行為って、少し曖昧だよね。買い物をすることは遊んだってこととイクォールになるのかな? 知らねぇよんな面倒くせぇ。ああ、そうだ。じゃあそんなことさえ気にならない間柄こそが友達なんじゃねぇの。一緒に居ても苦痛じゃねぇっつーか、一緒に居るのが当たり前、みてーなさ。僕とお前みたいなことを言うのかな? 気持ち悪ぃ。いや、俺とお前が一緒にいることについては友達じゃねーんじゃねーかな。だって俺達同じようなもんじゃん。お前、鏡を前にして俺とお前は友達だ! 一緒にいても苦痛じゃねーし、とか考えるタイプ? やべーよそれ。病気だよ。そんなわけ無いだろ。勝手に人を寂しい人扱いするな。っていうかお前、友達いんのかよ? 失礼だな。お前よりはいるよ殺人鬼。欠陥製品に友達がいて人間失格に友達が居ないとは、傑作だぜ。いや、戯言だろ。じゃあお前の友達ってどんな奴だったんだよ。僕の友達は僕の身に余るほどいい奴だったよ。
◆◆◆
いーちゃん、俺様はとっても幸せだな。真心はたまにそんなことを言った。僕はそれを何度肯定しなかっただろう。そして何度、それを否定しなかっただろう。可哀想だと言うのは簡単だった。ここで研究員じゃない奴らで可哀想じゃない奴なんていない。僕は真心しか知らなかったけれど、真心は他の子供たちもよく知っていた。何百人も何千人もの子供たちが、どうなったのか、否、どれほどの不幸があったのか、真心の小さな頭には沢山の子供たちの顔が記憶されている。
真心の人生は比較で構成されている。誰よりもどう劣っているか、誰よりもどれほど幸福か。真心は僕という首輪の他にも、不幸な子供たちという首輪も、何重に、何百重に、かけられていた。僕はそれをまだ知らない。知らないふりをしていた。タイセツな友達の首にあるその痕に、知らないふりを続けている。
「お昼はオムライスが食べたいなぁ」
「僕はお前の作ったスープパスタが食べたいよ」
「わがまま言うなよ」
「真心こそ」
真心はよく笑う。本当に幸せそうに。僕はそれが本当だと信じたかった。本当に幸せだと思いたかった。思いたかっただけだ。嘘まみれの小さな子供は、僕だけで十分だと思っていたんだ。
◆◆◆
「一緒にいるんが楽しいっちゅうわけやなくてただ一緒にいるっちゅうのが大切なんやん? 一緒にいるのが楽しいから一緒にいるっちゅうことは、一緒にいるのが苦痛になったらもう一緒に居ないっちゅうことやん?」
でも、それはそうなんじゃないですか。誰だって嫌なことは嫌ですよ。苦しいことにいつまでも浸かってなんて、居たくない――でしょう?
「でしょう、て。なんで聞くのん。そりゃそうかもしれへんけど、じゃあさ――なんで自分は真心ちゃんと一緒におんの?」
そりゃ、一緒に居たいからですよ。あいつといると、楽しいし。
「本当にそれだけなん? ウチは、しんどいで」
・・・・・・。
「あの子をみてるとめちゃくちゃしんどい。ウチ、何やってんのやろ、っていつも思うで。あの子に何ができんのやろ。何でウチ、あの子になんもできひんのやろって思う」
でも、それは心視先生のせいなんかじゃ。
「今はそういう話してんのとちゃうで。だから、自分は真心ちゃんに何ができんの? って話なんやで。真心ちゃんの何になれんの?」
・・・・・・。
「あの子の何にもなれへんのだったら、自分もウチらと一緒やで」
・・・・・・。
「自分もウチらと、何ら代わりない、あの子の苦痛の要因だけや。そうやないやろ、自分、そうやないやろ? なぁ、お前はあの子の友達やろ」
・・・・・・。
「ウチが頼むことじゃないとは思うけど、あの子の傍にいたって。なぁ、自分はあの子を裏切らんといて」
◆◆◆
部屋に戻るといつもにこにこしながらおかえりと声をかけてくれる真心が暗い顔でベッドに座り込んでいた。随分と暗い顔だね、と言うと真心は僕を睨んでむっつりと押し黙る。何かあったのかい、と問うと、真心はじっとうずくまったまま明日、と口を開いた。
明日、今までの最終実験をするんだ、と言う。今までいろんなことをやられてきて、やらされてきて、真心は確かに嫌がったことはあったけれど、こんなになったのは初めて見る。そんなに大変なのか、と言うと、すげー大変らしい、と真心は言う。
嫌だなぁ、と嘆く声を聞きながら、僕は論文のファイルをデスクに置く。真心の悲しそうな声を聞きながら、じゃあ、逃げちまおうか、と言ってみた。
逃げれるわけがないのに。そんなことできるわけがないのに。結果は見えてるはずなのに、そんなことを言ってしまった。
これは、きっとあいつのことを引きずっているせい。真心を助けることであいつも助けられた気になるような、くだらない自己満足。真心だって分かっているだろうに、目を大きく見開いて、希望を見つけたように僕を視た。
一緒に、逃げちゃおうか。なんて無責任な勝手な台詞。戯言にしても酷すぎる、子供のただの思いつきに等しい、くだらない感傷。それなのに真心はうん、と大きく頷いて、笑った。逃げちゃうか、もう。
僕は笑わなかった。
◆◆◆
どうしてもできないと分かっているのに何故か挑戦してしまうのが人間の悪い癖だと思う。絶対に危険だと分かっていながら旅に出る人や山を登る人がいる。じゃあ、どうしてそんなことをしてしまうのか? 決まっている。できる気がするからだ。いくら絶対にできないことに挑戦する人がいたとしても、ギロチン台で首をハネられてみる、ということに挑戦する人間がいないように。凡人がエベレストを登ることを、「できるわけがない」と考えるものと、その道のプロが登ることを同列には考えてはいけないのは当たり前だ。人によって自分の可能性、これぐらいのことはきっとできるだろうと判断することはそれぞれバラバラだ。そう考えると僕の行動は本当に誰の目から見ても、もちろん僕の目から見ても、できるわけがない行為そのものだった。
真心の目からは、どう映っていたんだろう。僕のくだらない行動は。僕の浅慮な考えは。真心一人なら、もしかしたらあの牢獄から抜け出せたのかもしれない、と思う。僕がいなかったら、きっとすぐに逃げ出せただろう。だから僕がいたのだから。逃げ出さないための首輪として、楔として。
でも真心は僕が一緒に逃げようと言ったとき、幸せそうだった、のに。本当に幸せそうで――うれしそうだったのに。
◆◆◆
燃える炎。踊る紅蓮。のたうちまわる少女の身体。僕は、それを見ていた。目が離せない。眩しいのに、目が眩むようなのに、目が、そらせない。火だるまになって回る真心の身体は、真っ黒だった。消し炭のように、炭化している。彼女の身体はそれでも動く。肉が剥がれて彼女の肉体が形を変える。人間とは思えない。否、人間ならばとっくに死んでいるはずの、身体。じっと動かなくなった頃、火が止まった。スプリンクラーから水が吐き出される。胃液が逆流してきそうだった。一人の女の子が焼け死ぬところを、何十人という人間がカルテ片手に観察している。
狂っている。どいつもこいつも。 僕は小さな固まりになった黒いものを、見る。
真心。想影真心。真心。真の心。橙なる種。想影真心。真心。真心。真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心真心――僕の友達。
今度こそ守りたかった。助けたかったのに。
これは、嘘じゃない。お前に外を見せてやりたかった。薬を嫌がるお前を助けたかった。一緒にどこかへいきたかったのに。
「僕は本当に、駄目なんだな、ぁ・・・なぁ、友・・・」
こんなときにも涙は出ない。僕は本当に壊れているんだ。壊れてしまったんだ。大切なものが、欠けてしまった。大切な人を、欠いてしまった。
助けたかっただけなのに。一緒に居たかっただけなのに。研究者たちはいつの間にか居なくなっていて、僕だけが残された。特殊ガラスの向こう側、黒ずみになった少女の身体が回収される。すぐに真っ白な清潔な部屋に戻されていくその場で、僕は立ち尽くすしかなかった。
◆◆◆
「・・・・・・」
「・・・・・・誰だあんた」
「《誰だあんた》ふん、人類最終という肩書きを持ってる癖に、当たり前すぎる問いだな。拍子抜けだぜ」
「まぁいいや。あんたが誰かってのはまぁ、別にどうでもいい――ここはどこだ? 施設、じゃないよな」
「ああ。ここは日本だ」
「・・・・・・日本? へぇ。凄いな。俺様をあそこから連れ出せるなんて、お前、凄い奴だったんだな」
「まぁ、連れ出したのは俺じゃない。俺の仲間、同士ーーみてぇなもんだ」
「ふぅん。で、俺様を連れてきて、何をするつもりだ? ER3の研究を横取りしてどっかに発表でもすんのか? それとも俺様を使って何かの実験か?」
「どっちかっていうと後者が近いな。まぁ話を聞け。お前にも嬉しい話をしてやる。取引の話だ。話を聞いてから、暴れるかどうかを決めてくれ」
「ふぅん。言えよ」
「我が孫ながら図々しい奴だな・・・・・・。こう言うところがあいつにもよく似ている・・・・・・と、この性格は受け継がれるもんなのか? 誰に似たのやら・・・・・・」
「早く言えよ」
「おっと悪い。そうだったな。俺からの提案はこうだ。『お前の友人に会わせてやるから俺と一緒に来い』――どうだ?」
「……友人? もしかして、いーちゃんか」
「《いーちゃん》ふん、いーちゃんね。いーちゃんか。そう、その《いーちゃん》に会わせてやろう」
「あんた、いーちゃんがどこにいるか、知ってんのか」
「ああ、まぁ。だいたいな。だが、まだ会えねぇな。いや、まだ会うときではない、と言った方がいいか」
「いーちゃんに会わせてやるから言うことを聞けってことか?」
「まぁ、そんなもんだ」
「いいぞ」
「ほう」
「意外そうだな」
「いや、案外あっさり話が通ったもんだからな」
「俺様にはいーちゃんしかいねーからな。それに、あそこから出れたんだ。いーちゃんにまた会いたい。俺様の願いはそれだけだ」
「分かった。お前の真摯な想いはよく分かったぜ想影真心。それじゃあ代わりの条件も飲んで貰うぜ」
「せこい悪役みたいな取引だな……何だ?」
「お前から自由を奪わせてもらう。なに、《いーちゃん》に会うまでの我慢だ」
「別にいいぞ」
「まあた、あっさりだな」
「拍子抜けか?」
「いや、楽しいねぇ。ぞくぞくしてきたぜ、可愛い子狐。命知らずは嫌いじゃねぇ」
「自由を奪うって何すんだ?」
「俺の仲間たちの中から3人、プロを用意してある。お前のすげー力を抑制するための枷だ。時宮、奇野、そして右下っつーはぐれだな。準備はいいか?」
「何の?」
「心の、さ」
「あんた俺様にこれから酷いことする自覚があるんだな。あんた、さては性格悪い?」
「さすが橙なる種、勘も冴えてるじゃねーか」
「それぐらいは否定しようぜ。まぁいいや。好きにやっちゃってくれよ」 「よし、じゃあそこで待ってろ、と、」
「なんだよ」
「忘れてたぜ。ようこそ、十三階段へ、想影真心――歓迎すんぜ」
2011/3/20
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