■嗚咽を上げて泣き崩れればいい
 黒い漆黒のスーツは見慣れたものだったが、黒いネクタイははじめて見た。髪の毛もいつものように黒いわけではなく、脱色したような白髪をいつものように後ろに撫で付けている。
 線香の匂いがする。
 「面白いなぁ」
 「何がだ」
 「殺人鬼なんて、どうせ地獄に行くだろうに」
 血肉を求めてうろつくような、馬鹿みたいな獣みたいな、そんな零崎軋識を知っている。死んでる人間よりも死に近づいたような匂いのするこいつは、むしろこの線香臭くなっているほうが死んでいるようだった。
 「お葬式なんて挙げるんだ」
 からかうように笑って言えば、スーツを着ているせいで軋識なんだか軋騎なんだか分からない男はゆっくりとたっぷり吸い込んだ紫煙を吐き出した。喉に詰まって死ねばいいのに。
 「哀しそうな顔をしてるね」
 「家族が死んで悲しまない奴なんていねぇよ」
 「悲しむぐらいなら死のうと思わないのかな?」
 「哀しくて死ぬ人間がどこにいるんだ」
 「いや、本人の意思じゃなくてさ。俺は悲しんでいる人が居ると、死ねばいいのにって思うんだよ」
 ゴミを見るかのような侮蔑した視線が紫煙越しに俺へ向けられた。また、何を危ないことを言い出しているのかと呆れられているんだろう。
 「悲しんでいる人を見ると同情してしまうのは人間の性だろう?それは楽しんでいる人を見ると気分が高揚する現象と同じ、伝染だよ。泣いている人を見ると理由も知らずに泣きそうになってしまうのもそれだ。俺は悲しみたくない。だから悲しんでいる人を見たくない。だから悲しんでいる人は死ねばいい」
 「そういう突拍子の無いことを言っても許されるのは暴君だけだ」
 男はゆっくりと返答した。
 「自分に対して悲しんでいいのもな」
 「ふん、随分と死線を出してくるな。殺人鬼なんだか『仲間』なんだか自分で分からなくなってるんなら、誰か今から殺してくればいいんじゃないか?得物を持って行ったら殺人鬼、持たなかったら俺達の『仲間』さ」
 「てめぇに仲間扱いされるのは気持ち悪くて溜まらん」
 「家族が死んで哀しいのかい、式岸」
 確信を突いた様に言ってやれば、「だからそうだと言っている」と軋騎は吐き捨てた。
 「死線は家族が居ないらしいぜ」
 「・・・・・・・・聞いてる」
 「俺も家族が居ない」
 軋騎が睨んできた。にこりと笑ってやれば、少し目が充血しているのに気がつく。
 「俺と死線、おそろいだぜ」
 「黙れ。何しに来たんだてめぇは」
 「お前だけが一人悲しむんだ。可哀想にね」
 あやすように言ってやれば、微かに軋騎が腰を上げた。殴りかかってくるかもしれない。それでもいい。俺を殴った時点で軋騎が負ける。
 「俺には死線しかいない。俺には彼女しかいない。俺には救いが無い。俺には祈る相手もいない。死線は俺の全ての象徴であり、神も彼女の前では劣って死ぬだろう。俺には家族は居ない。家族なんてどうでもいいものいらない。世界が死んでも死線は生きてれば俺はそれで生きれる。俺は死線が死んだら死ねる。でも――――――お前は、死線が死んでも死ねない」
 サングラス越しに男の頬が紅潮した。右手が握りこぶしを作る。可愛いな。面白いな。
 こいつ、いつ、俺を殺すんだろう?
 「家族が生きている限り、お前は死ねない。死線が死んでも生き続けるんだろう?逝き続けるんだろう?家族が全滅したって、死線が生きてればお前は死ねない。家族が死んでも活き続けるんだろう?行き続けるんだろう?お前はどこにも埋けないんだろう?惰性のように生きて、希望も無いのに生きて、抜け殻のように生きて、許しも貰えず救いも貰えず、何にも縋れずに生きるんだろう?殺人鬼のように生きて、奴隷のように生きるんだろう?」
 それは――――――地獄より、地獄らしい、地獄すぎる、地獄だ。
 この男は、それでもやっぱり―――――きっと死ねない。
 「死ぬ方法は沢山あるけれど、お前はそんな簡単に死ねないさ。だって、一番手っ取り早い、自殺ができないのだから。死線の道具なんだから、死線の許しも無く自殺なんて、できないんだから」
 楽しい。楽しくて仕方が無い。
 なんて可哀想なんだろう。同情してしまう。だから、同情してしまうこいつなんて、死ねばいいのに。
 「死ねばいいのに」
 無理な願いを、口にする。
 「死ねるといいね」
 きっと無理な願いを、口にする。
 「出て行け」
 「感謝しろよ。きっと世界で俺だけが、お前の救いを祈ってあげるんだから」
 「早く出て行け!」
 癇癪持ちは叫んだ。
 結局暴力は飛んでこなかった。少し感心しながら、俺は帰るためにゆっくりとした動作で腰を上げる。
 「殺人鬼はいつだって死に続けるのさ式岸。お前はそれでもまだ死ねない。家族の死体をずっと、飽きるぐらいに地面に埋め続けるんだよ。きっと両手は灰で汚れてしまうだろうけれど、きっと海で洗えば落ちるよ」
 「早く、はやく、出て行け・・・・・・・」
 「一人が怖い?」
 軋騎は、呻くように呟きながら床に崩れ落ちる。今にも死にそうな顔色だったけれど、どうせ死なないだろうから助けない。
 その代わりに、蒼くなった男の顔を上向かせ、額に静かに口付ける。
 
 「一日も早く、お前が死ぬことを祈ってるよ」

 口に出して祈った言葉は、下手な告白よりも部屋に響いて男の嘆きを殺した。
2007/10・29


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