■永遠の蒼と誘惑の赤と
 「思うにさぁ」
 男は女と見間違うかのような顔の真下に手を当て、ざりっと髭を指でなぞった。これが無かったら老若男女にモテただろうに、そんな軋騎の思いを無視しながら、兎吊木は真剣な顔をして呟く。
 「殺人鬼かつ料理が得意ってのはギャップ萌えついてるからさぁ、お前はつまりシリーズ内でのギャップ萌えキャラの位置にちゃんと当てはまった気もするんだけど・・・・・・影が薄いのはなんでなのかなって、俺思ったんだよ」
 「・・・・・・・・・・」
 いらんお世話である。
 兎吊木はそんな軋騎の心中を知ってか知らずかびしりと人差し指で軋騎の顔を指差すと、某名探偵少年漫画よろしくサングラスを光らせて、「そこで気づいたんだけど」とはっきり言う。
 「ロリコンM男キャラも前面に出すべきじゃないか?」
 「お前とキャラ被るぞ」
 即座に、軋騎の隣に座っていた滋賀井統乃がつっこむ。かの世界的に有名なサイバーテロリストはキャラ作りに余念が無いらしい。
 痛み始めた頭をふりつつ、軋騎は無言で立ち上がり、部屋を後にしようとした。しかし、その行く手を兎吊木がスーツの裾を反射的に掴むことによって阻止される。
 「おいおいどこに行くつもりなんだ」
 「帰る」
 「何を馬鹿なことを。お前の家はここだろ?あ、家に帰るんじゃなくてもしかして俺の心に帰りたいとか?」
 「お前は土に返れ」

 そのとき、吐き捨てた言葉に被さり、からん、と氷が乾いた音を立てた。

 本能で二人は口を閉ざし、見詰め合う(片方は睨んでいるが)視線を相手から外し、正面に座る女に視線を向けた。
 「ジュース」
 女は、濡れた赤い唇をべろりと嘗めながらにやりとニヒルな笑みで軋騎に笑いかける。真っ赤な色が目を焼く錯覚を覚えた。
 哀川潤は、赤いマニキュアに彩られたコップを揺らし、ずいっと手を軋騎に差し出す。
 「無くなったんだけどな」
 キャラ立ちでいえば、傍若無人、人類最強、女帝といったところである赤色に、軋騎は「自分でとってこいや」と言いそうになったが、この家に勝手に放り出すことは逆に己の首を絞めることになるだろうと判断して、艶やかなその手からコップを受け取った。
 ついていた水滴が指先を濡らす。



 何で兎吊木が家に居るのか、何故滋賀井がここにいるのか、どうして赤色が我が物顔でソファに寝転がっているのか―――。式岸軋騎は冷蔵庫から緑茶を取り出し暑さでくらくらする頭に手を当てた。冷蔵庫から溢れた冷気が気持ちいい。少しだけ冷静になれた。
 滋賀井は確か、暴君のお使いでやってきたのだ。そして赤色はその後「暇だから苛めさせろ」などと言ってセキュリティシステム全てぶち壊して入ってきて――――――――。
 「・・・・・・・・・・・兎吊木っていつから居たっけ・・・」
 記憶をひっくりかえして今日の行動をふりかえる。滋賀井が来る前から居た気がする。というか、むしろ・・・・・・・・。
 起きたときに目の前に居たような。
 「・・・・・・・・・・・・」
 やばい・・・・・・・・・・・・奴の不法侵入に今更突っ込むことすら忘れてきてる・・・。
 「兄ちゃん」
 「―――――――っ!?」
 いきなり背後から、しかも耳元に囁かれたのに驚いて、緑茶の入れた入れ物を落としそうになる。寸前で冷蔵庫の中に戻した。ごとっ、と音を立てたが、割れなかったらしい。
 横を見ずともわかるその威圧感に、ぶわっと背中に汗が吹き出る。暑いのに近寄んじゃねぇよ。
 「じゅ、ん・・・」
 「なんだよー感じ悪いぞー。お前が遅いからもしかしたら死んでるんじゃないかと心配してきたんだろうが!御礼を言え」
 「・・・・・・ああ、ありがとうな」
 おそらくここはお礼を言うべき所では無いのだろうと思いつつも、軋騎は冷蔵庫に背を向け、潤と向き合う形になった。ん、と潤が顔を顰めるも、次の瞬間にはいつもの凶悪な笑顔に戻り、「どうした?」と体に手を添えてきた。
 「緊張してんの?」
 赤色が、脳髄を焼く錯覚を覚える。軋騎は引き攣った喉で何か言おうと口を開くも、からからに乾いて何も出てこなかった。逃げなければならない、という肉食獣を目の前にした逃走本能が悲鳴を上げている。
 赤い唇から見え隠れした白い歯が、ゆるりと軋騎の首元に向かった。耳元で囁かれる。
 「それとも、期待してるのか?お望みなら―――」
 するりと美しい指先が軋騎の胸板から下に下がった。内臓の上を緩やかにまさぐられ、軋騎は硬直した手を動かそうと必死に上げたが、潤の体に触る事に躊躇して、空中で動きを止めた。それを見て、潤がまた笑みを深くする。

 「兄ちゃんをあたしのものにしてあげようか」

 空の青は、軋騎の位置から見ることはできなかった。
 目の前がくらくらと揺れた。潤の吐息が首筋に触れる。
 「じゅ、」

 ぴー、と。

 軋騎が名前を呼ぼうとするその瞬間に、冷蔵庫から電子音が鳴った。扉を長い間開けていると、閉めるように伝えるため電子音が鳴るように設定されているそれが、無言の二人の間で二度目、鳴り響く。
 「・・・・ちぇっ」
 ぱたん、と潤の腕が軋騎の隣を通り過ぎて冷蔵庫の扉を閉めた。
 「萎えた」
 ・・・何がだ。
 呆然とする軋騎の前で、潤が身を翻してすたすたと歩み去っていく。途中にあった窓で止まると、がらりと開け放ち、足をかける。
 「げ、玄関から出てけよ」
 「うっさい!この根性なし!!」
 べえっと潤は舌を突き出すと、初めて会ったときと同じ身軽さで外へと出て行ってしまった。
 ・・・・・・靴履いてたっけ・・・。
 ちょっと早足で窓に近づいて外を覗いてみるも、既に潤の姿は見当たらなかった。
 「根性なし・・・確かにな、ぁ・・・」
 思い出される自分の不甲斐なさに悲しくなってきて、軋騎は一人頭を抑える。
 厭らしいぐらいの蒼が、まるで嘲笑ってるかのようだった。
 
2007/8・02


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