毛
 
  け 余 
 「・・・・・・へーえ」
 廃ビルの裏側で、零崎人識は引き攣った笑みを浮かべた。
 黒いサングラスで隠されたどす黒く赤い瞳は困惑で揺れていて、目の前にいた人識の標的になっていた男を見てすらいない。
 今、その標的となった男が逃げれば、70%の確立で人識は男を逃がしたことだろう。他の零崎にしてはありえない話だが、人識はムラがあるが故に、度々人を逃がす。度々といってしまうとまるで良く人を逃がすようだが、10人に1人の確立程度だ。
 しかし悲しいかな、男は腰をぬかして逃げることなど出来ない状態だったし―――、人識が男の隣までのんびり歩いてくるまで、男は人識の存在すら忘れていたのだから。
「ひっ」
 やっと人識の存在を気づいてからではもう遅い。人識の指がくいっと上に上げられ、ついっと下に降ろさせるまで、男はついに悲鳴しか上げられなかった。
 まるで、達磨落としのように男の体がぼろぼろと崩れ落ちる。まるでバケツいっぱいに入れた血をぶちまけたかのような惨状は、まわりの血液と混ざってしまう。
 人識と男がいた少し開いた空き地には、四方をビルで固められた所にあり、そして四方の壁には、一面に1人ずつ磔死体があった。
 まるで、イエス・キリストさながらに、両手をしっかり広げ、宙に10cm程上に吊り上げられている形になっている。そして、すべての磔死体の両目には、ぶっとい杭が突き刺さってあったり、鑿が突き刺さってありで、全ての目は、完膚なきまでに破壊されていた。脳までそれらが達していることは、何処から見ても丸分かりだ。
 両手は、同じく均等に、目に付き刺さっている杭よりも一回り小さいものが、右手に三本、左手に三本、突き刺さっていた。
 零崎人識は、静かに理解する。
 他の零崎が、この町にやってきている、と。
「・・・・・・・・・大将に、会いに行くかなー・・・めんどくせ」
 ぼそりと呟いて、元来た道を戻る。
 最初よりも一つ死体の増えたその廃ビルの裏には、生きている人間は1人も居なくなってしまった。



 零崎軋識の住むマンションの、彼の自宅に上がりこみ、いつものリビングに足を踏み入れると、知らない男が座っていた。
 痩身の、黒いスーツを着ている男だ。右目が眼帯で隠されてある。
 垂れ目で、人識が知る限りではかなりの美形に含まれるようだったので、無意識のうちに白い兎を思い出していた。
 男はゆっくりと人識のほうに視線を移すと、にやりと笑った。人を食ったような笑みだと、無言で思う。
「はじめまして。名前はなんていうんですか?」
「・・・・・・・・・・零崎人識っつーんだよお兄さん」
「人識?へぇ、人識ねぇ・・・機織の息子かぁ・・・忌々しいあのクソ女が・・・」
「・・・・・・は?」
「いやいや、いやいやいやいや。なんでもないでさぁ」
 ぼそぼそと聞こえづらいテナーの声で呟きながら、男はへらへらと笑う。
「不肖の名前は零崎景識っていうんですよ。よろしくお願いしますねぇ」
「・・・・・あのさ、来る途中に目が潰されてる磔死体を四つほど見つけちまったんだけど」
「ああ!あれはですね、ご想像のとおりに不肖の殺した人ですよ。いやはや、気分を害されたんでしたら申し訳御座いませんがね」
 よく、目潰し魔なんて怖い名前付けられちゃってますけどねぇ、と景識はおどけて見せた。人を殺したことに対して特に感慨も無いようだ。殺せたから、殺した。そうであったかのようなその口ぶりに、人識は少しだけ眉を顰める。
「・・・・・・大将はどっか出かけてたり・・・?」
「軋識兄さんはもう少ししたら帰ってくると思いますよ」
 ところで、と景識は静かに笑みを消す。
 笑みが消えただけで、まるで別人のようになった。例えるならば面を外したようで、人識は口を噤んでしまう。
「軋識兄さんが、なんやら貴方、好きみたいじゃないですか」
「・・・・・・・・だからなんだよ」

「駄目ですよ」

 一言、呟かれる。
「軋識兄さんは、貴方は駄目です。駄目っていうか、無理です」
断言される。片目の美丈夫は、ゆっくりと人識の足元を見る。

「零崎の申し子が他人を愛せるとは、冗談も甚だしいですよ零崎人識、くん」

零崎景識は、一度も人識と目を合わせなかった。



「あの景識とかっていう奴、なんなんだよ一体」
「・・・・・・・ひきこもりだっちゃ」
 景識が人識に向かって恋愛は無理発言をした10秒後、軋識が帰ってきた。
 景識は眠いから空いてる部屋使わせていただきますよと言った後、すぐにリビングを出て行ったので、現在、ここには人識と軋識しかいない。
「ひきこもりー?今流行のオタクとかいうやつ?」
「ひきこもってるのが全部オタクだと思うんじゃねぇっちゃ。あいつはただの人間恐怖症というか・・・まぁそんなんだ」
「人間恐怖症の殺人鬼なんて初めて聞いたぜ」
「そりゃあ、人間恐怖症ってだけで珍しいのに、殺人鬼なんだっちゃからね」
 自分の分と人識の分のコーヒーを持って、テーブルに着く。
 コーヒーにミルクと砂糖を大量に投入する人識を呆れながらみやり、軋識は自分のブラックを胃に流し込んだ。
「普通、人間は怖いものからは逃げるもんなんだが、あいつは怖いからこそ殺そうとするんだっちゃね。怖いのは人間なんだから、逃げることも出来ない。だから殺す。人間の目玉を潰す」
「ふーん・・・そんなもんなんだ」
「なまじ、顔が良いから人に好かれるからな。性格があれだけど」
「・・・・・・・・・・大将にしちゃ、なんか辛口だな」
「あいつの扱いにはレンの奴も戸惑ってるっちゃ」
ことりとコーヒーカップをテーブルに置いて、扉の方に目を移し、静かに呟く。
「デイの奴にとっちゃ、敵は人間になるから、あいつの敵となると世界の人間皆殺しすることになっちまうっちゃ。だからあいつの敵は世界までになっちまうから、本当にあいつに喧嘩をふっかけた『零崎への敵』っていうのがよくわかんねぇっちゃよ」
「はぁん?お得意の見せしめもどこまでやりゃいいかわかんねぇって奴な訳か」
「気持ち悪い声出すなっちゃ。・・・基本的にあいつは殺し名は怖いから近寄りたくないって豪語してるような奴だっちゃからね」
「ところでさ、デイって何だよ」
「継続汚濁(ヘヴンムーディ)からとったあだ名。レンがつけたっちゃ」
「仲良しこよしだな」
「お前も呼ばれたかったら頼めばいい」
「冗談」
 へっ、と鼻で笑いながら椅子を後ろに倒し、ぐらつく椅子でバランスを取りながら、人識はぼんやりと思う。
「駄目っていうか、無理です」などとほざいた景識を、人識はあまり好きになれそうに無かった。
 人識の母親も快く思っていないことは明白のようだった。人識は母親も父親もどちらも知らないし、誰一人として家族などと認めていないので何を言われたといっても別に怒ることは無いのだが。
 恋愛感情にまで口出される筋合いは無い。
「気に食わねぇなぁ」
「・・・・・・・・おい」
嫌そうな顔でこっちを見てくる軋識を真正面から向かい合って見て、「景識ってどこに居る?」と聞いた。
「・・・呼び捨てっちゃか」
「気にすんなよ」
「・・・・廊下を真っ直ぐ行って、一番奥。お前、何しにいくっちゃか」
 呆れた声音の軋識に笑いかけ、んーと伸びをする。
「生意気な口聞くひっきーに喧嘩売ってくる」
「・・・ほどほどにしとけよ」
 軋識の台詞を背で受け止めながら、言われたように突き当りへ。ノックもせずに扉を開けると、窓が全開で空いた状態で、明らかに人がいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」



しくじってしまった。
景識は心の中でぼんやりと思った。
・・・財布を忘れてしまった。
景識は軋識のマンションから西に1km歩いた神社に来ていた。実際のところ、彼は神社と寺の区別が付かないので、この神社を寺だと思っているのだが、そんなことは今は関係ない。
彼は軋識に与えられた空き部屋で寝ようと思ったのだが、零崎特有の零崎の気配が近づいてきたのにに感づき、ベランダから脱走してきたのだった。
やってきたのが軋識であろうと人識であろうと、もしくは第三者だろうが景識にはどうでもいいことだったが、人と口を交わすのもせいぜい2分が限界のこの男にとっては死活問題だった。なので、隣のベランダに飛び移りながら下まで降りてきた。そして逃げた。
「・・・・・参っちまいましたなぁ」
今の気分を口に出してみた。
何も起こらなかった。兎に角肌寒かった。
「なにゆえ不肖は寺なんぞに来ちまったんですかねぇ」
「知らねぇよ。あと、寺でもないぜ」
「・・・・・・・・・・・・・なんで居るんすか?」
腕を組みながら、首だけ振り向く。鳥居に寄りかかった人識が、同じく腕を組んであー・・・と少しだけ間を開けて頬をかく。
「あんたを追いかけてきたから」
「へぇ。そいつはどうも・・・・・・・お疲れ様で御座いますね」
「さっきのさぁ、俺が大将と付き合えないって、どーいう意味?」
労いの言葉をかける景識を無視し、人識は問う。少しだけ間を開けて、景識はぼんやりと口を開いた。
「ああ・・・ありゃ」
また、言葉が止まる。しかし、思い直したのか少しだけ首を傾げ、なんでもないように言う。
「嘘です」
「・・・・・・・・嘘吐きか」
肩透かしを食らったように、人識は肩を落とす。
「はぁ。不肖が軋識兄さんに告白して振ったときの台詞を使ってくるとは、人識少年は性格悪いっすね」
「・・・・・・・告白したんだ」
人識は少しだけ驚いて、引き攣ったように聞き返す。その反応が面白かったのか、にやにや笑いながら、景識は「しましたよぅ」と舌ったらずに答えた。
「何で、俺は大将と付き合えねぇの?振られたりすんのかよ」
「いいえ、そりゃあおそらくありゃしませんよぉ。不肖が危惧してんのは、人識少年がいつか軋識兄さんのこと殺しちまわないんじゃないかとねぇ」
「・・・・・・殺さねぇよ」
「さぁどうだかねぇ」
にやにやと笑いながら、景識は肩を竦めて見せた。その反応にムカッとしながら、何でだよと人識は聞く。景識は少しだけ微笑んだまま、当たり前かのように言った。
「だって人識少年は軋識兄さんのこと、家族と思って無いんでしょう?」
「まぁ・・・・」
「だったら殺せるじゃないですか」
「・・・・・零崎の血が殺さないって聞いたぜ」
人識の返答に、くだらないと一蹴しながら、景識は鼻で笑う。
「はっ、血なんぞ。水より塩分が高くって赤いだけじゃないっすか。他人を殺すことに必要なのは殺意と理性だけですよぉ?人識少年、あんた」

「今まで零崎の誰かを殺したいと思ったことは?」

「・・・・・・」
無言になった人識に、畳み掛けるように景識は呟く。
「ねぇとは言わせねぇですよ。はじめてあった時、不肖は双識兄さんを殺したいと思いました」
「・・・」
「殺せませんでしたがね」
「・・・・・・・」
「人殺しの癖に」
少しだけ思い出すようにどこかを見つめ、景識は重い口調で、どこか呆れたように言う。
「何を幸せそうな顔してるんだと思いました」
「・・・・・・まぁなぁ」
人識は自然に笑ってしまう。しかし、景識は無表情のまま、暗い面持ちで呟く。
「殺人鬼の癖に」
「・・・・・・」
「アニメキャラの絆創膏持ってんじゃねぇよと思いました」
「・・・・・・俺もいま殺意湧いたわ」
否定できないその内容に、一昨日セーラー〇ーン全巻読めと押し付けてきた長兄が頭をよぎった。
いい加減グレそうだと思った。



あおーん、と遠くで犬が吠えた。
「犬は嫌いです」
景識は自販機で買ったココアを人識に投げてやりながら、小さく呟いた。
「へぇ。俺は好きだぜ。可愛いじゃん」
「機織もそうでしたよ。猫より犬派でした」
がたん、と音を立てて、景識が自分用に買った飲み物が出てきた。ナタデココ入りのカルピスだった。
「・・・甘いの好きなのかよ」
「いいえ。嫌いです」
景識は、飲むかと思えば取り出して、人識にまた投げた。
「・・・・・・・・・普通自分の分買わね?」
「不肖の気持ちです。ココアと混ぜて飲むと、不味いですよ」
「そりゃ分かる」
俺達って変な会話してないか、と人識が思っていると、景識は軋識のマンションにむかって歩き出した。
人識もまた、黙って立ち上がり、ついていく。
「・・・・俺のおかんのこと嫌いなん?」
「機織のことを母と呼びたくないんだったら、無理して呼ぶ必要は無いですよぉ。まぁ、嫌いっちゃぁ嫌いですねぇ」
「・・・・・・・・・どんな関係?」
「悲しいことながら、機織は不肖の母です」
「・・・・・・・・」
「嘘です」
景識は道を照らす街灯を避けるかのように、街灯と逆のところすれすれをふらふらしながら歩いた。
「不肖の姉です」
「へぇ」
「不肖が小学三年生の頃、カッターナイフで殺されそうになりました」
「そりゃぁまぁ・・・」
「それで不肖も殺人鬼になりまして」
「・・・・・・」
「現在に至ると」
「・・・・」
「あの女は嫌な女でしたよ」
くるりと振り向いて、景識は人識を正面から見やって、言った。
目は合わせなかったが。
「不肖に刃物向けておきながら、謝った一言といえば「あ、ごめん」でしたよ」
「(・・・・・・・・言っちゃなんだが、血を感じずにはいられない・・・)」
「小さい頃からパシリに使われましたしね」
「はあ・・・」
「散々傍若無人に振舞っていたかと思えば、顔も知らない殺人鬼と逃避行して子供産んで、勝手に死にやがった」
「・・・・・・・・・・・・・」
「不肖は、あの女が嫌いです」
「家族なのに?」
「家族だからですよぉ」
はっ、と景識は鼻で笑って、
「家族だから、わかってくれないでしょう?」
と悲しそうに言った。
「はぁん。成る程なぁ。的を射た意見だ」
「つまりそうことです」
「俺と大将のこと?」
「そうでさぁ・・・・・・・家族じゃない人間は愛せませんが、家族には何一つわかっていただけ無いんですよ。殺人鬼ってもんはね」
例えば、景識はぼんやりと街灯を見上げた。
「鏡の裏が、殺人鬼であれば、愛せもすれば分かってもらえるとおもうんですが」
「あ、そりゃ無理だ」
素早く返答した人識に笑いかけ、景識はそうでしょ?と呟く。
「そんな気持ち悪いこと、逆に恋はできませんよ」

犬が吠えた。
思い出したように、景識が言う。
「そういや大将は猫好きなんですよぉ」
「・・・・・・・聞いてなかったけど」
そういうあんたは猫好き?と人識は聞いた。
「いえ、猫とかなんとかっていうか」
景識は笑う。
「目が付いてるものは、全部嫌いです」
「この嘘吐き」
人識は馬鹿にしながら笑った。



マンションの前で、景識と人識は他愛も無い会話をして、他愛も無く笑った。
少し肌寒かったが、景識はへらへらと楽しいのかどうかわからない顔で何も言わずにいるだけだったから、あまり寒がりではないのだろうと人識は思う。
「・・・・そろそろ入らねぇ?俺、寒いの嫌いなんだけど」
「ああ、それもそうですねぇ」
区切りのいい所でマンションに入ろうと声を掛けるも、景識は足を動かさなかった。
「・・・・・・・・寒いんだけど」
「不肖は別に寒くないですよぉ」
へらへらと笑い続ける景識押し問答を楽しんでいるようだった。寒いんなら1人で戻れと言っている様に見える。
人識はぽつりと問う。
「あんたさ、もしかしてこのままどこか行くつもりだったりするわけ?」
その声に、あはっと少しだけ首をかしげ、当人にとっては可愛らしく笑って見せたつもりなのだろうが、声を上げた。
「おっ、少年いい所つきますネェ。かっこいいでしょう?」
「かはは、夜逃げみてぇ」
この減らず口どうしてくれようと、挑むように人識は鼻で笑う。
「あんた、荷物一式部屋においてただろ?金ねぇんじゃねぇか」
「その飲み物、誰が買ってやったんだと思ってるんですかぁー?ポケットにあと五百円玉があったんですよ」
「・・・・・・・・・五百円でどうすんだよ」
「そこいらを無用心に歩いてる人間殺してかっぱらうんですよ」
何を言い出すのかと景識はにやにや笑いながら言った。スーツのポケットから、愛用しているのであろう、丁寧に手入れされている鑿を見せた。
「・・・・あんたの財布はどうすんだ?」
「遅いかもですが、お年玉です。優しいお兄ちゃんからのご褒美だとおもって取っておいてください」
「・・・・・・・今6月なんだけど」
「だからどうしました?お年玉っていえばお年玉なんですよ。初詣だって、12月まで一度も神社に行ってなきゃ12月29日に行ってお参りしても初詣って言えますって」
そうもんなのか・・・?心の中で疑問を投げかけながら、いつまでたっても無理なことしか言わない景識を睨む。
「大将には会わねぇの?」
「あ、あ、あー、ヤですねぇ。勝ち組の台詞って。不肖が振られたの聞いてないんですかぁ?その耳賢識の先生に針金で脳まで貫通してもらってくださいよ。酷いですねぇ。アンタ鬼ですか」
誰だよ賢識ってなどと思っていながらも、景識はぐちぐちと悪態を吐く。
「まったく幻滅ですよ。子供と親は違うと思ってたのに、最後の最後で不肖の心臓抉るとは。親子そろって忌々しい。顔が可愛いだけじゃないですか。まったく軋識の兄さんの少女好きにも呆れます。双識の兄さんだけ変態扱いできませんねこりゃ」
「・・・・・・」
「・・・・・嘘ですよ。頭おかしいんじゃねぇのこいつって顔しないで下さい」
ふう、と景識は溜息を吐く。そして、景識は初めて、人識と目を合わせた。
「一つ、悪いことを教えましょう」
そこでやっと、人識は景識から目を逸らした。景識の目は、他の人間と明らかに違っていた。濁っているわけでも澄んでいるわけでもない。己のように暗い目でも無い。
のっぺりとしている。例えならば、ガラス球のようだ。
目を合わせたからといって。人識と目が合っているように感じない。
真っ白い球に、青いペンで達磨に目をつけるように書いたようだ。
整っている顔とあわせると、まるで蝋人形のような、マネキンのような気持ち悪さがある。
「軋識の兄さんは自分のことを愛してくれる人に、あきれるほど弱いんですよ」
「・・・・・・」
「どういう生き方をしてきたのかは知りませんが、自分のことを守ってくれたり、ましてや大切にしてくれることは、別に望んじゃいないんです。ただ、相手に好きでいて欲しい、とね」
「・・・・・・へぇ」
「嫌われたくないんですよ。その人に別に一番に愛して欲しいわけじゃない。むしろ二番目ぐらいが心地良いんでしょうね。捨てられることに対して、一番じゃない代わり、心は安心する。逆に一番だと、例えば捨てられたとき、酷く悲しむ。そんな自己防衛も働いてるんです。だから、自分からは愛せない。愛を享受することも困難だ」
「・・・・・・」
「だから、家族全てを愛している双識の兄さんとか、無意識ですけど気に入ってるんでしょうね。うっかり軋識の兄さんを一番にすると、逆に拒絶されますよ」
景識はふっと力を抜いたように微笑んだ。
「少年には一番が、いるでしょう?」
「・・・・分かんね」
「まぁ、早いうちに、可愛い彼女でも作って軋識の兄さんを安心させてやったほうがいい」
軋識の兄さんが好きならね。そう景識は笑って、左に体を向けた。何処かへ行くつもりなんだろう。人識はその背中に一つだけ質問を投げかける。
「ちょい待ち!あんたが振られたのって、その一番が大将だったからとかすんのか!?」
「・・・・・・嘘ですよ」
にっこり笑って景識は言った。
「・・・・・・あ?」
「全部嘘です。少年とはまた会いたいですから」
眉根を寄せる人識にふと微笑み、景識はぼんやりとする人識の視線を背で受けながら、さっさと暗い夜道に消えてしまった。
「・・・・・・・・会いたくねえよ引きこもりめ・・・」
盛大に舌打ちをして、人識は駆け込むようにマンションへと入る。暖かい空気に鳥肌が立ったが、馴れたようにエレベータに入る。
どっから何処までが嘘なのか全然分からなかったが、奥の部屋に向かったのに何故か外からやってきた自分へ不審気な顔をする大将に、開口一番愛していると伝えてやろう。
そしてその後、あのいけすかない嘘吐きの癖にすぐ嘘だとばらす変人について、尋問してやろうと思った。
エレベータが止まり扉が開くと、人識は軽いステップで軋識の家の扉を開け、中に入る。
予想通り訳の分からないものを見るような目つきで見てくる軋識に、にやりと笑いかけた。
「・・・景識の部屋に行ったんじゃなかったっちゃか」
「うんにゃ、それよりもさ――――――」



どこかで誰かが僕を見ていた。目は嫌いだ。いつでもどこかで僕を監視している。
まるで檻にとらえられたようだ。眩暈がする。眩暈がする。
どこかで誰かが僕を見ていた。瞳は嫌いだ。いつでもどこでも僕を追う。
まるで首輪に繋がれた狗のようだ。吐き気がする。吐き気がする。
「そこで何をしてるの」
答えは一つ。陳腐な回答は子供も解ける。

「誰にも見られなくなる日をいつでも祈っているのだ」



             目玉は いつでも 僕らの 後 ろ
2007/6・18


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