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■SとMの邂逅
 
 
 そりゃないよ、とあまりにも情けない声が上がった。無様な醜態を曝す男はぐったりと床に倒れ伏して動かない。唇だけが先ほど妙に気の抜けた声を上げた。
 ふと手を見ると、先ほど男の顔を殴ったせいか、手の甲にべったりと男の血が付いていた。こいつ、血液何型なのだろう。この間見たテレビで、血液型に性格は関係無い、と言っていたから、こいつの性格で何型か判断はつけられないのだろう。
 そもそも、几帳面はA型、自己中はB型、大雑把はO型、天才気質はAB型なんて括られた日には、A型は決して全てのものにたいして拘るような人間になるだろうし、O型は全てのものに対して執着を見せることもなくなってしまうだろう。そう考えれば、血液型で性格判断など、なるほど意味が無いようなものだ。まず自分が何型だったかも覚えていないので、性格がどうだろうが、何を言われても仕様の無いことなのだが。
「何、俺の血を見て、興奮でもしたのかい」
「いや、お前の血液型はなんだろうと考えていた」
 すぐににやにや笑いながら俺を嘲り出す男の顔面を蹴り上げる。体が海老のように跳ね上がって、逆くの字に曲がった。また、べちゃっ、と男は床に墜落する。
「例えお前が献血したとして、お前の血がいつか俺の血になる日が来なければいい、と思って」
「・・・ふぅん。俺は自分の血液型なんて知らないから、保障はできかねるなぁ。っていうか、君こそ血液型何なんだい?そうだな、当ててやろう。俺にここまで滅茶苦茶暴行を加えるんだから、きっとB型だ。自己中だ」
「性格と血液型は関係性はない、と医学の方から断言された」
 生意気な口を利きやがる男の顔面を踏みにじれば、痛い、と悲鳴が上がる。俺の顔が滅茶苦茶だ、だとも。そもそもお前の顔は元から滅茶苦茶だ。女顔で髭って何だ?
 男の鼻から溢れる血が、ついに小さな水溜りを作った。切れた唇が擦れた白い床に、不可解なマークを刻んでいる。これぞ本物のキスマークって奴だろうか。笑えた。
「そうなのか。じゃあ、なんだろうね。しかし、そう考えると、俺が献血した血液が、いつか重症になった女の子の体内に摂取されることもあるんだろうか。なんだそれ。新しい発見だ。今度献血、行ってみようかな。自分の血液も分かるかもしれない」
「知ってどうする?」
「そりゃあ、死に掛けた時に、すぐ教えられるだろう?俺の血は何型のRH-です、だとかさぁ。お前も知っておいた方がいいんじゃないか?それとも一緒に行くか?ん?おい、もしかしたらこれ、初デートじゃないか?」
「俺が死に掛けた時は死ぬときだ」
「何、武士道みたいなこと言ってるんだ。格好いいなぁ」
 くすくすくす、と男は女のように肩を震わせて笑った。鼻血塗れで、唇から出た血が口を真っ赤に濡らしていて、本当に女のようだ。髭が無ければ、完璧だろうに。
 折ってやった男の両腕が、ずるずると男が体を動かすと同時に引き摺られた。何か、生き物のものではない、例えば人形のように見えた。吐き気がする。どうしてこいつはこうも、人間臭くないのだろう。もっと痛がって泣き叫んで、命乞いをして欲しい。俺はそれが、聞いてみたい。
「式岸、お前、今凄くエロい顔をしているぞ」
「そうか」
「興奮する」
「そうか。変態だな」
「うん」
 俺が笑うと、男も笑った。鼻から顎が真っ赤になっていて、男の上質な白スーツも赤い。不思議と罪悪感は湧いてこない。いっそ、あの女のように全部真っ赤にしてしまえば、気にする必要もなくなるだろうに。
 気に入らないから殴り、殺せないから殺さない。単純な暴行を続けて、特に胸がすっとするわけでもない。嫌なにやにや笑いが止まるというわけでもない。それなら何故殴るのか、蹴るのか、叩くのかと聞かれても、こいつが嫌いだからとしか答えようが無い。
 男はにやにや笑ったまま、足をばたばたと動かして、立ちつくす俺の足元に擦り寄ってきた。何をするのかと思えば、俺の革靴に、血塗れの唇でキスをしてきやがった。一体なんだ。変態だ。何のつもりだと考えていると、男は笑った。
「もう終わりなのか」
 寂しそうで甘えるような声だった。「蹴られたいのか」と俺が聞くと、男はへらへら笑って、そうだと答えた。
「美人に甚振られるのは嫌いじゃない」
「阿呆だ」
 俺は笑って、頭を擦り付けてくるそいつの後頭部を踏みつけた。踵で数度、踏みにじる。
「楽しいか」
「実を言うと、結構」
「そうか。良かったな」
 お前が楽しいと俺も楽しい。嘯くように囁いてやると、男も言った。そういうお前を見るのが、一番楽しい。どいつもこいつも変態ばかりだ、と頭の中であと一歩、人殺しに踏み切りたい化物が、なんやかんやと騒いで暴れた。こういうのも悪くはないか、と足元の男と二人で笑った。
2009/8・16


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