■デートをしよう!
 東京、池袋。
 人々がごったがえすその街中を闊歩する二人組がいた。女性の方が人目を引く外見なので、その二人組は少なくとも浮いている。
 女性の方は、その業界の人間なら知らないものは無い、人類最強の請負人。『赤き制裁』、『砂漠の鷹』、『死色の真紅』・・・と数々の異名を持つ哀川潤その人である。
 相も変わらずの真っ赤なスーツに身を包んでおり、その口元にはニヒルな笑みが浮かんでおり、その立ち姿は威風堂々。知らない人が見たらモデルの人だろうかと思うようなプロポーションを惜しげもなく曝していた。
 そして、その人類最強の後ろをこの世の終わりを目の前にしたかのような嫌そうな顔をしてついて歩く一人の青年、式岸軋騎。痩身にあった細めのブランド物のスーツに身を包んでおり、艶やかな漆黒の髪を無造作に後ろに撫で付けている。数年前に世間を賑わせたサイバーテロリストの一人であり、同時に零崎軋識としては全ての殺し屋から畏怖される対象、殺人鬼としての顔も持っている。
 整った顔同士お似合いすぎると人々は思うので、八割がた通り過ぎる人間は彼らのことをカップルなんだろうなぁ、と思っていた。しかし二人は特に会話を交わすことなく、ただ一人は楽しそうに、そしてもう一人はとてつもなく嫌そうに、人ごみの中を掻き分けて歩いていく。
 「そう嫌そうな顔すんなよにいちゃん」
 後ろも振り向かずに、突如潤は笑いながら呟いた。喧騒の中、そして潤が前を向いているせいで声も聞き取りづらいが、そこは色々な修羅場を潜り抜けてきた人間として、軋騎は吐き捨てるように「無理だろ」と一刀両断する。
 「そもそもなんで歩く一人パレードみたいな目立つ奴と一緒に歩かなきゃいけないんだ」
 鬱陶しげに頭を振る軋騎が見えているとでもいうように、あはは、と潤は笑いながら言葉を紡ぐ。
 「べっつに、アタシのせいだけじゃないだろ。モテルのはにいちゃんもってことだ」
 「・・・楽しそうに言うな」
 げっそりとしながら、軋騎は呟く。潤が男女共に目を惹くのと同時に、軋騎も潤を見た後に続いて目を移される。その中でも女性は軋騎の風貌に囁きながら去っていく。けたけたと潤は笑いながらその様子を振り返らずに察し、にやりと皮肉な笑みを浮かべて肩口のみで振り返り、嫌そうな顔をする軋騎に「いいじゃねぇか。モテないよりは」と嘲笑した。
 この女・・・からかってやがる・・・。
 零崎軋識として人間を殺してしまうその習慣ごと嘲笑っているのだ。
 「というか・・・なんで俺はお前と一緒にこんな街中を徘徊しなきゃいけねぇんだよ」
 「あ?何言ってんだにいちゃん」
 ようやく潤は振り返り、ぴたりとその場で立ち止まった。軋騎も自然と足を止める形となり、街中で顔を見合わせたまま、不思議そうに首を傾げる。
 「男女一緒に街中を歩くっていったらデートしかねぇじゃん」
 「待て。一人が認識せずにただ歩いているだけで成立するデートがデートのわけねぇだろ」
 「じゃあ今からデートでいいんだ。じゃ、行こうぜ」
 「おい」
 あっけらかんと言い放ち、再び歩き出そうとする潤の首根っこを捕まえ、再び己と向き合わせる。潤は「なんだよ何が気に食わないんだよ」と目で不快感を顕にしており、そんな目をしたいのはこっちだと言いたくなる口を閉ざし、きわめて冷静に軋騎は反論する。
 「明らかにおかしいだろうが。そもそも何処に向かって歩いてるんだ?っつーかデートの癖に縦に一列にして歩くのもおかしいだろうし、付き合ってもいないのにデートもクソもねぇだろ?」
 とりあえずそこまで言ってから、行き先も分からずにほいほい付いて歩いてる俺もどうかしていると今更気づいて、軋騎は一人肩を落とした。対する潤は一瞬あ?と顔を顰めたが、特に問題ないとでも言うように首を傾げながら地雷を踏んだ。
 「何だにいちゃん・・・あたしの隣歩きたかったのか?」
 「・・・あ?」
 そう言うが早いか、潤は素早く軋騎の右腕に己の左腕を絡ませ、その体を密着させる。友人同士という言葉では決して当てはまらないであろうその状態に陥り、完璧に『見た目恋人同士』へと進化を遂げたことについて軋騎が絶句していると、知ってか知らずか潤は「さて行くかー」と足を雑踏の中へと進めた。
 「いや・・・いやいやいやいや。違うだろ。おかしいだろ」
 「何が?」
 いや、何がって!
 腕を組んだ状態で引き摺られるように歩き、軋騎はどうすればいいのかと言葉を求めてああ、とかうう、と嗚咽を洩らした。潤は「なんだ、恥ずかしいのかにいちゃん」と快活に笑いながら言い放ち、腕を絡めた上に手も恋人繋ぎにして、目的地へと足を向ける。
 「で、何処に行くんだよ」
 「レストラン」
 とりあえず行き先だけは知っておこうと聞けば、単純な返答が戻ってくる。飯を食いに行くのかと認識した直後、にこやかに潤は笑って見せた。
 「にいちゃんの奢りな」
 「はあ!?いや、ちょっとまっ・・・・て、手が外れない!」
 がっちりと腕を拘束されて、潤と軋騎は人ごみを掻き分けて進む。
 二人とも気づかないフリをしていたが、繋いだ手は熱を持ったかのように熱く、どちらが緊張しているのかは分からないが、その細い指をしばらく絡ませあっていた。
2008/1・27


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