■恋引恋慕
ぐいっ、と唐突に首が引っ張られ、軋騎は苦しさに顔を顰めてすぐ間近にある男のにやにやと薄く笑う顔を睨みつけた。やぁ怖い、なんて台詞を棒読みで白々しく吐きながら、兎吊木はにたぁ、と哂う。
軋騎の首に絡まっているネクタイの向かい側の先端は、兎吊木の首を同じく締め上げている。首輪の鎖の反対側にも首輪をつけた、少しでも動けば相手も自分も首が絞まるような、そんな状況だ。厭らしく兎吊木は笑い、動くせいで軋騎の首についた赤い痕をふと愛しげに眺めた。
「これを解け、屑野郎」
「何故?」
くっ、と兎吊木が笑いを噛み殺すように首を引けば、その分軋騎の首がそっちへ引っ張られる。息苦しさに舌打ちをし、後ろ手にまとめて縛られている両手の拘束がとれないだろうかと引っ張る。
「馬鹿な犬同士お似合いの格好じゃないか?」
「てめぇのマゾっぷりを見せつけてぇのなら一人で悦って一人で果てろ」
ふふふ、と兎吊木は軋騎の酷な台詞に再び口元を歪め、「この行為の名前を知っているかい?」とにこやかに笑った。
「知るか」
「四十八手にあるんだ」
そんなことを言われても、そもそもそんな奇異な性行為の仕方なんぞ全て知っている人間の方がいないだろう。両手両足を全て布、というかネクタイで纏められているせいでまともに動くことも叶わない。
――――――いざとなったら、兎吊木の鼻でも口でも噛み千切ろうか。
そんな物騒なことを考えながら、淡々と兎吊木を睨みつける肉食獣のような目つきをした軋騎を押し倒した形のまま、兎吊木はそっと微笑みながら軋騎の額にぱらりと零れた髪に自身の指を絡ませた。
「首引恋慕というんだよ」
「恋慕にこんな酷い仕打ち含まれて溜まるか」
「好きな子ほど苛めたいのさ」
兎吊木は自分で言ったその台詞が気に入ったのか、くすくすと笑いながら軋騎の額に口付けた。少し軋騎が頭をずらせば兎吊木の喉笛に犬歯が食い込む位置にある。「今ならてめぇを殺せるぞ」と、脅すように低く唸れば、兎吊木は微笑んで聞いた。
「俺を殺したら、どうやって拘束解くんだい?」
「てめぇのマンションでも刃物の一つや二つあんだろ」
「首から俺の死体ぶらさげて、芋虫みたいに這い回って刃物を探すのかい?ふふ、面白いなあ」
兎吊木は酷く楽しげにけらけらとわらって、ただ己を睨みつけてくる軋騎の目玉にねろりと舌を差し入れた。反射的に瞼を閉じれば、薄い皮越しに兎吊木の舌が軋騎の目玉を舐る。気持ち悪い、と叫ぼうとするも、それより先に口から零れたのは引き攣った悲鳴だった。
「そんなに嫌かい」
「死ね」
少ししょんぼりした表情で眉根を寄せた兎吊木に罵倒を浴びせ、軋識はもがいてその舌から逃れた。しかし、首に絡まったネクタイのせいで20cmほどしか離れることは叶わず、両腕両足が使えない軋騎など、両手両足が使える兎吊木に簡単に捕まってしまう。
「はっ・・・てめぇ引き摺って徘徊しなくとも、てめぇの首を全部喰いちぎればいいじゃねぇか」
「おや、野蛮な考え方だよ」
鼻で嘲笑う軋騎に何故か幸せそうにそう返して、兎吊木はそっと囁いた。
「じゃあ、俺の首が完全に千切れるまで、俺の首にむしゃぶりついてくれるのかい、軋騎」
「名前を呼ぶな」
忌々しげに吐き捨てれば、酷くおかしそうに兎吊木は哂った。ふふふ、ふふふ、と、女のような笑い声が室内に響く。
気持ち悪い、脳髄が警報を鳴らす。喉奥が嗚咽を上げる。
「さわるな、うつりぎ」
呻くようにそういえば、ぴんと張ったネクタイが震えた。兎吊木はにや、と目を細め、そっと軋騎の唇をなぞった。
「愛してるんだぜ?」
「この、変態野郎、」
君に触れて変態と呼ばれるぐらいならばいっそ抱いてしまおうか?
薄暗い室内の中、殺人鬼と首を絞めあう男はふふふ、といつものように笑みを零して、嫌悪に染まった殺人鬼の翠の目玉をじっとりと見つめた。歪んだ目玉に己が笑って映っていた。
2008/3・4