■お題26から31まで

■正体不明 なんて素敵な言葉なのでしょう(石丸小唄)
 
 いい眺めですわとても重畳ですわあらいやですわ先程の重畳は頂上とかけているわけではございませんのであしからず。
 嘲笑う泥棒は艶やかに微笑みながらただ動けない警備員に囁いた。漆黒に包まれる世界のなか彼女の三つ編みが風に揺らされて翻る。
 そう怯えないでくださいなお友達!私はただの泥棒ですわ人なんて気持ち悪くて殺しもしませんねぇそう怖がらないでくださいなねぇお友達!
 女は笑う。悲鳴は嗚咽として漏れ出る。ただ絶望と恐怖だけが室内を満たした。なみなみと注がれたグラスの中の赤ワインを髣髴とさせる、床に敷き詰められている赤い絨毯が緩やかに男の脳髄を犯した。
 ねぇ少しは口を開いてくださいな私一人で喋って馬鹿みたいじゃありませんかねぇ悲鳴でもいいんですのよふふふ、あはは。
 石丸小唄は笑う。大泥棒は笑い続ける。アルセーヌ・ルパンも目じゃありませんわと女は笑った。ただ存在している悪党はただ室内を支配しつづけた。



■知らなかった?狂っているのはきみのほうです(斜道恭一郎)

 目の前を歩いていく青い髪の子供を見ながら、斜道恭一郎は不気味なものを見るかのような目でふん、と鼻をならした。少女の足や腕は掴んだらぽきりと折れそうなほどか細く、走るだけでも崩れそうなほどだ。脆弱な子供を見下しながら、恭一郎は歩いていく。
 「気に入りませんか、博士」
 問いかけるのは少女の兄だ。少女を愛しいものを見る目で眺めながら、ゆっくりと恭一郎を伺う。その目に差別や見下しの感情は無く、ただ少女のみを崇拝するような恍惚の色で満たされていた。吐き気がする。くだらない若造が何を陶酔しているのやら!恭一郎は背筋を寒くしながら、男の視線を無視する。
 「・・・知りませんでしたか、博士」
 「何がだ」
 「玖渚家は既に彼女に生かされている立場にあるんですよ」
 嘲笑うような告白は恭一郎の脳髄を確実に揺さぶった。見開いた目玉の向こうで、優男がただひたすら柔らかに微笑んでいた。気持ちが悪い。やはりくだらない、こんなにも、世界は!!



■そうやって開き直るの僕の悪い癖全てを知っていてそれでも何も知らない振りをするのは君の醜さ(江本智恵)

 「あのね、あたし好きな人ができたんだよね」
 夢の向こうの住人は突然に言った。ゆっくりと、たどたどしく、幼い子供のように頬を赤く染めて告白した少女を羨ましそうな目で眺めながら、江本智恵は優しく慈母のように微笑んだ。
 「誰?」
 「『いっくん』って知ってるでしょう?」
 「うん、許さない」
 「・・・え?」
 教えられた名で出てくる人間が見当たらず、智恵以外の人間は揃って首を傾る中、智恵は間髪入れずに反対した。ただ笑みをまだ口に貼り付けたまま、しかし反論の余地を与えず智恵は断言する。
 「巫女子ちゃんには駄目だよ。あんな人」
 まだ笑いは消えないまま、智恵は言った。ただ、夢が瓦解することだけは許さないとでも言うように。



■誰がどうなろうと明日もまたいつものように世界はまわり続けるのさ(大垣志人)

 「大垣君は、頭がいいわねぇ」
 女教師はそう言って、よく志人の頭を撫でた。それは慈愛を含め、その神童を育てるという己の自惚れ、支配欲からくるものだろう。志人は冷徹な目で女を見上げ、可愛げの欠片も無い声音でいつものように「どうも」と一言返すのだ。
 くだらない、頭の悪い大人達に飽き飽きした真摯な少年は悲しみを目玉の奥に潜ませて、緩やかに今日も世界に飽きる。
 「馬鹿ばっかりだ・・・」
 呟きは未だ天才を知らない。



■貴方の足枷になるくらいなら死んだ方がましです(千賀あかり)

 平然とその言葉を口から零した家族を見上げ、赤神イリアは言葉を無くす。
 「本当にそう思ってる?」
 「はい。お嬢様のためになら、私は何でもしましょう」
 優しく微笑む彼女は例えるのならば全てを受け入れる慈母のようでいて、美しくそして清らかだった。
 「(しかし彼女は気が触れているのだ)」
 心の中で絶望すれば、聖女は再び微笑んだ。
 やはり、気が違っている。
 ここまで優しい女がまともであるわけが無い!!
2008/1・19


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