お題五つまで
*途切れる意識と暗闇を呼ぶ嗚咽唄 (早蕨薙真)
閃く銀色の光と。
零れる愛しい妹の血と。
むせ返るような暗闇と。
その、絶対的な恐怖の中で。
死に逝く彼女の嗚咽が、微かに唄のように聞こえた。
助けを呼ぶ、小さな雄叫び。
気がついた彼の前にはずたずたにされた儚い妹の姿があった。
凄惨。
何を、どうすればこんな行いが出来るのかと人格を疑う。
いや、人格なんてものは無いのか。所詮人殺しの鬼だ。悲しむのは人外の死のみ。
「ゆみや、さん」
零れた呟きは闇に溶ける。返事はないし、返事は無い。
ずたずた。ぐちゃぐちゃ。ばらばら。だらだら。
「ゆみやさん」
途切れる意識の直前、こっちを振り向く弓矢の顔が脳内にフラッシュバックする。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
「ゆ・・・・・・・」
悲鳴は闇に響き、嗚咽のみが残る。暗闇にはむせ返るような生臭い匂いと、少女の亡骸だけが残った。
*生と死の狭間で揺れる空白の 最期 (姫菜真姫)
その時だけ、見ていたモノが覆された。
死ぬ日が。死ぬ時間が。
加速する。
姫菜真姫は窓に擦り寄った。否、倒れ込んだと言っていい。
がくがくと足が揺れる。自分を殺す人間は、それでも視界に映らない。目の前が、赤く染まる。
死んでしまう。
余裕があったはずなのに。自分が死ぬまでにはまだ余裕があったはずなのに。
「約束・・・果たしてくれるかなぁ・・・」
泣きそうな声で呟いた。
脳裏に映った最後の画面。蒼い少女と、死んだ目をした少年がいる。
なんだ、そんな風に笑えるんじゃん。
姫菜真姫は、楽しそうに小さく口角を吊り上げた。
*感情と称する代価 (千賀てる子)
好きだとか、嫌いだとか、青臭い。
愛してるとか、愛してないとか、黴臭い。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
作り笑顔に優しい声をひねり出せば目の前の青年はたやすく騙される。
いつからだったか、感情の上がり下がりが殆ど無くなってしまったのは。いつだっただろう。いつだっけ?
「ひかりさん?」
「あ、申し訳ありません」
「いや、別に・・・・・・・大丈夫ですか?なんか、苦しそうな顔ですけど」
「・・・・・・・・・・・・・いいえ、何でも」
隠れてしまっていた己の心に気づいた彼に少しだけでもときめいてしまったとは誰にも言うまい。
「(鍛錬が必要、かな)」
てる子は微笑みながら心の中で小さく呟いた。
*芽吹いた命と死と云う名の 権利 (滋賀井統乃)
「よく耳にする。死は人間に唯一平等に与えられるものだとね」
「屍骸がよくほざくじゃないか」
振り向くと、兎吊木がにやにやと笑っていた。統乃は顔を歪めて見せる。あくまで人を食う男だ。
兎吊木から目をそらしてガラスの向こう側に並べられている人間の最初の形のものを見る。ふっくらした薄い桃色の肌で構成されている赤子は顔を精一杯歪めて泣き叫んでいた。醜い。
母親すら認識していない子供等が泣き叫ぶのは、ここに生まれてきたくなかったという拒絶の雄叫びだろうか。だとしたら、なんて酷いことを私たち女はしてしまったのか。
「死が平等なのなら生も平等にならないのか?」
「生まれた環境とかの違いで平等じゃないんじゃないかな?」
「死ぬときの環境も色々あるだろうに。病死や自殺や他殺や」
「ふうん・・・・・・・・・ああ、じゃあ死というのの共通点を見つけたぜ」
「何だ?」
「権利が無い」
「・・・・・・・・・・・・お前の言うことは、理不尽だ」
「ふふ、そうかい?死体のお前なら分かると思ったんだけどな」
硝子に手を当て中を覗き込む。かつかつと足音が去っていった。
生まれることってどんなことなんだろう。生まれたときから死んでた私には、一生分からないものなんだろうか。
統乃は眉根をよせて、すぐ隣で幸せそうに子供たちに手を振る親たちを蹴り殺したくなり、足早に兎吊木を追いかけた。
*はじめましてとさようならは同義語です (闇口崩子)
「はじめましてとさようならは同義語なんですよ」
「・・・・・・・・つまり、出会った途端に別れの挨拶をするっていうのかな?」
ジワジワと遠くでセミの泣く声がした。日除け用の白い帽子の影で崩子ちゃんの白い首がより一層儚げに見える。
「会ったということはいつかお別れが来るということなので、悲しくならないようにさようならの意味を込めるんです」
「ああ、悲しくならないための予防線って所?」
「でも、どれだけ心構えをしていたって、さようならはいつでも寂しいものなのです」
「・・・・・・・・・・・・・」
「なので私はもしもさようならが言えずにさようならをしてしまう人のために、はじめましてを使おうと思います」
「寂しいなぁ」
「ということでお兄ちゃんとさようならはしたくないのではじめましては言いません。よろしくお願いします。戯言遣いのお兄ちゃん」
「・・・・・・・・・・」
「前置きが長かったですけど、よろしくお願いしますねいー兄」
2006/6・6