■ブログ短文集
■いっそあの可哀想な殺人鬼を罵ってくれ蒼色
「ぐっちゃんは私に愛してるって言われるために人ぐらい殺せるものね」
「ええ」
「駄目な子。愛してるよ」
■兎軋裏没
「好きだ」
「何が?」
「お前が」
ちゃちな告白を平坦に呟き、男は何事もなかったかのようにコーヒーを喉に流し込んだ。おいおい、なんでそんなにあっさりしているんだ。
「・・・もう少し心を込めて言ってほしかったんだけど」
「何度でも言ってやろうか」
ぼそりと呟けば、式岸はコーヒーカップの少し上で、緑の目を細めて言った。楽しさも悲しさも嬉しさも苦しさも、幸も不幸も感じられない、そんなさらりとした声音だった。
「・・・・・俺の記憶だと、お前に好きって言われたのは初めてのような気がするんだけど?」
「それがどうかしたか」
こと、とマグカップがテーブルに置かれる。冷徹な目で見られて、お前本当に俺のこと好きなのかと聞きたくなった。
「で、今まで一度も俺に好意の欠片も見せなかった式岸軋騎君は一体どういうつもりで一世一代の告白を?聞こうじゃないか」
「意味が必要か?俺が、他人を好きになるのに」
「・・・・・・熱でもある?」
不安になってしまう。もしかしてこいつ明日死ぬんじゃないかと思えるほどだ。こういう突然の変調は死亡フラグと見た。恐らくこいつは明日戦場に行くか、自殺するつもりだ。早まるな。人生はまだ長いぞ!
俺がそう思っていれば、式岸は俺の心でも読んだのか呆れた目で見やり、そう思うならそう思ってろと吐き捨てた。
お、いつもの式岸だ。と俺が思えば、ぐいっとコーヒーを全て飲み終え、式岸は素早く立ち上がり、テーブルの向かい側からぐるっと回って俺の横へずいっと歩み寄ってきた。何も言わずにただ感情の欠片も入らない目で俺を見てくるのが怖くて仕方が無い。
「なんだい」
「来い」
「はい」
普段ギャグ調で命令されても飄々と受け流せるのだが、なんか今回は無理だった。本能が警告を鳴らしている。無理!この式岸になら俺碌な抵抗もできずに犯されるかもしれん!とまで思ってしまう。
踵を返してリビングから出て行く式岸の背を追いかけながら、今ならまだ間に合うぞ兎吊木垓輔!今ここでベランダから飛び降りればまだ生存できる要素がある!!と心の中で葛藤する。しかしマンションの3階から飛び降りるなんてやったらこの俺の貧弱ボディは絶対死ぬ。もはやそれは確信だった。
そんな一人漫才のようなことをやっていると、式岸の私室へとついた。簡素なベッドとパソコン機器類しかない、まるで監獄のような部屋だ。式岸はベッドの横に立ち止まると、スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めてボタンを数個はずし、首元を緩くした。普段ならば首筋やら鎖骨に反応できる所だが、今日の式岸は一味違う。容易に「誘っているのかい?」なんて台詞吐いたら次の瞬間には俺の頭部が吹っ飛びそうな予感すらしてくるのだ。
「脱げ」
「・・・・・・・・なんで?」
「・・・・・・・」
「ごめんなさい。脱ぎます」
沈黙があったら死ぬ。気まずさと式岸の目で。
普段のようにいっそ罵って欲しい。口汚く叫んで狼狽して苦しんでた方が、
・・・・・・方が?
俺は一体何を考えてるんだ・・・?
自分の思考に呆れながらも、上着を脱いでネクタイを外し、ワイシャツを脱ぐ。淡々としすぎている行為に逆に俺は一体何をやっているんだ・・・と思い始めてしまう。
式岸の細い腕が俺の手首を掴んで、ベッドの方へ引き倒した。「うっ」と反動で息苦しく悲鳴が漏れるが、俺の貧弱具合に嫌気が差すような顔をして、式岸はそのままのしりと俺の腕に馬乗りになった。
「あー・・・もしかして軋兎?」
「なんだそりゃ」
俺の恐る恐る聞いた言葉を無表情で一蹴し、式岸は俺のズボンの前を寛げさせた。当たり前だが反応の無い状態だ。流石に冗談ではなく命の危険を感じ取れるこの状態で感じれるほど、俺のマゾヒストな脳は発達できていない。
下着に目を通し、式岸は顔を顰め、「普段あんなに反応しまくってるのに・・・」とか呟いた。
「いや、この状態で欲情できるほど俺そんな肝座ってないんだ・・・」
「・・・溜まってないのか?はっ・・・まぁ普通こういうのは女とするもんだしな・・・」
式岸は自嘲するように鼻で笑うと、悪いな、と言ってベルトを閉めなおした。
「・・・・・・・え?」
「襲うような形になったのは謝る。ヤル気が無いならもっと早めに断って欲しかったが」
「ちょ、ちょっ、ちょーっと待った!何!?生殺し!?これって式岸が俺の上に乗ってマグロ状態ーみたいなのか、思いたくは無かったけど軋兎的な展開だと思ってた俺のこの期待と不安の混ざった感情のベクトルはどこに向かえばいいんだ!?」
(狐と赤い人)
相も変わらず、馬鹿みてぇに赤い。
久しぶりに見た愚娘はあの頃と打って変わらぬ強気な笑みを口に貼り付けたまま、死神と共に己の前にやって来た。
今度こそ殺されるかもしれない。そんな想いが脳裏を掠ったが、その背後をぴったりとついてきていた橙色の子狐の姿に肩を竦めた。
気配にも気づかないとは、相も分からずぬけている。
いや、相も変わらず、世界を嘗めている、か。
そのように考えを否定した。昔からうっかりミスで死んでばかりの赤い娘は人間はすげぇ、などとのたまっているくせに、すぐに死んでしまう。
相も変わらず。
「馬鹿な娘だ」
さて、誰に似たのやら。
思い出す旧友の顔ぶれに、興味の無い肉親ども。
久しぶりに思い出した過去の遺物に脳が拒否反応でも起こしたのか、狐の口元には本人が意識しない、緩やかな笑みが湛えられた。
■理澄
家が嫌いだ。
家に帰れば、家の人はどうしても私を白い目で見るし、兄貴のことも良い目で見ない。私を守る、兄貴のことも白い目で見る。
家が大嫌いだ。
襖越しに聞こえる「お仕事」の話も、お仕事をするための「兄弟」を作るために人を選ぶ大人の人たちの会話も、悲しくなるから。
兄貴が大人の人に呼び出されると、私は部屋に一人取り残される。誰も居ない、喧騒の離れた広い部屋で、私は一人で兄を待つ。
外へ出ると、人は私を無視するし、小さい子達は苛めに来る。
弱いと。
脆弱だと。
ただの、ただの何もできない癖にと。
大人たちはだからこそ、などと言うけれど。
それが、歯がゆくて仕方が無い。
力が無いって、どういうことなんだろう?力が無いことの、どこがいけないんだろう?
だって―――――あたしには、兄貴が居るのに。
冷たい部屋で、一人で待つ。
「――――――あにき、」
隣の温度は冷たく意識の奥に沈む。
「はやく、帰ってきてね」
まだ、お腹の中にいたときのほうが、まだ兄貴と近かったのに。
今はもう、離れてしまった。
二人っきりでも、よかった、のに。
今はもう、一人で膝を抱える。
■人識(三歳)双識(13歳)軋識(16)
「にぃき」
ごろりとソファの上に転がっていた小さな子供がぽかりと口を開け、柔らかく小さな掌をめいいっぱい広げて己の方へと伸ばしてきた。
反射的に嫌そうな顔をしてしまったのか、俺の心情を察した双識が咄嗟に人識を抱き上げ、そして人識にキスするかと思うほど異常に顔を近寄せると、そのままぽかんとした顔の人識と見つめあう。
「こらこら人識。にいは軋識くんじゃないだろう」
「そーしき」
「違う!違うんだ人識!なんで軋識くんはにいって呼ぶのに俺のことは呼び捨てなんだ!くっ、可愛すぎるんだよお前は!」
「前半と後半訳わからねぇぞ」
一応突っ込んでおくが、兄馬鹿炸裂の男は既に音が聞こえないらしい。「う、う」と声を上げる人識を放置し、今にも泣き出しそうなほど感極まったように赤子を抱きしめる。
「ああ、何て可愛いんだろう!これはほんとに人間なのかい?ホモサピエンスなのかい?」
「なんで理系名で呼ぶんだ・・・」
それでもまだ手を離さない双識を眺めながら、ああ、きっと将来もそう簡単には人識は兄離れさせてもらえないのだろうな、と直感的に悟る。
うふふ、うふふふふ、と双識はにこにこと満面の笑みで赤子を抱きしめ続ける。窒息死させるつもりなのだろうか?
先程から納得しない顔をした俺に気づいた双識は、にやけ顔を戻さないまま、少し俺を見下ろしてきた。(三つ下の男に見下ろされるというこの屈辱)
「軋識くんは子供、嫌いかい」
「嫌いだ」
俺のそっけない返事に少し悲しげな顔をすると、未だ馬鹿面をしているであろう人識に面を向け、「嫌われちゃったね」と告げた。
「まぁ、大きくなったら好きになってもらえるよ。軋識くんは優しいからね。いや、でも人識にはでかくなってほしくないなぁ・・・いつまでも小さい可愛い人識でいておくれ」
何の呪いだ。
一人演技をするかのような双識を呆れながら見て、俺は苦し紛れに弁解する。
「ガキは、脆弱だから嫌いだ。少し掴んだだけで殺してしまいそうで」
「大人でも一発で殺す癖に何を言うんだ」
双識はむしろ俺を子供として見るかのような目で楽しそうに笑った。
「そんなに弱くないよ」
「・・・・・そう、見えるって言ってるだけだ」
「ふふふ、優しいんだね」
くすくすと笑いながら、双識は抱き上げていた人識を、胡坐をかいた俺の膝上に乗せた。
布越しにじわりと伝わってくる体温は、子供だからこれ程高いのだろう、熱があるのではないかと思えるほど熱かった。
「そう簡単に死んではくれないよ?」
双識はうろたえる俺に柔らかく微笑み、一度自慢げに腕を組んだ。
「僕らがそれを許さないからね」
俺は膝上でじっと俺を見てくる二つの赤い目玉に見つめ返し、白い柔らかな頬に指先を伸ばした。
「人識」
ふわりと熱を持って俺の指先の冷たさを受けた頬は、熱を俺に与え、冷たさを人識が享受する。
驚いて泣くかもしれないなどと危惧していたことは欠片も起こらず、逆にゆっくりと人識は笑った。その笑みが予想以上に憎たらしかったので、俺は冗談交じりにソファに人識を投げ出した。
双識がはじめてみるほど狼狽したのが面白く、俺は零識と機織が死んで以来久しぶりに口元に笑みを刻んだ。
2008/3・24