■ブログ短文集

■くちびるとうそとおわりのこ (時真

たっぷりと水分を含んだ橙色の髪から、ぱたぱたと水滴を床に落ちて、濡れた睫毛はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「どうするんだ?」
感情の起伏を見せない少女はぽつりと呟いた。かすかな囁きでは唇は殆ど動かない。前髪から垂れた水滴が頬へ落ちて、涙のように顎へと伝った。
「とりあえず、君は好きにすればいい」
少女の背後から、その少女の体を覆う髪の毛をタオルで包んだ金色の髪の男は、正面の鏡へと微笑む。かちん、かちんと時計の長針が規則正しく音を立てる。
「あれはどうするんだ?」
少女が示したのは鏡に映っている人間の足だ。下駄がぎりぎりで足にひっかかってあるだけで、そしてその足はぴくりとも動かず、床に投げ出されている。
「君が気にすることじゃない」
にこやかに笑いながら少女の髪から水分を拭い、男はそっと橙色の髪に口付けを落とした。まるで儀式のように恭しげなその行為に、少女は表情を欠片たりとも変えないまま、身に着けた下着のような薄手の黒いスパッツとノースリーブを指先で撫でた。
「俺様が返り血を浴びたことに気にするのに?」
「返り血を浴びたままだと外を動くのに大変だろう?」
平然とそう取って返す男に、罪悪などの感情はない。少女のことを目を細めて眩しげに見やり、「ノイズくんも狐さんも喜んでくれるだろうね」と満足気に言い放った。
「きっと楽しいのはお前だけだぞ」
「それはどうだろう?せめてノイズくんは楽しんでくれるよ。だって彼は死にたいのだから」
男はドライヤーで少女の髪を丁寧に乾かすと、馴れた手つきで少女の長い髪を二つに分けて素早く三つ編みにしていく。
「楽しそうだな、時刻」
「楽しいさ。楽しい以上に、嬉しい。君が自由になることがね、僕にとっては至上の喜びなんだよ。真心くん、自由というのはね、憎いものを殺していいし、壊してもいいし、潰してもいいし、踏みにじってもいいし、殴ってもいいし、蹴ってもいいし、銃で撃ってもいいし、轢いてもいいし、抉ってもいいし、陥没させてもいいし、奪ってもいいし、引き裂いてもいいし、?いでもいいし、分解してもいいんだよ」
歌うように、時計の音とあわせて男の声が室内に響く。
「でも、俺様はそんなことしたくない」
「ほんとうに?」
男は編み終えた三つ編みから手を離し、鏡をつかって少女の姿全体を視界におさめ、「可愛いね」とにこやかに褒めた。
「ほんとうだと、いいなと思っている」
「真心くんはいい子だね」
男はそう笑って、少女の背後から微かに右に避けた。大鏡の端にあった人間の足が男の姿で遮られ、少女は無言のまま鏡に手をつけ、そのまま力を込めた。ばきっ、と嫌な音を立てて鏡に蜘蛛の巣のような罅が奔り、少女と男の姿を何分にも砕けさせた。



■それでもまだ生きるんだろう?(人間

曲識の死体を見下ろして、俺は言葉を無くした。
死んでるじゃないか。
俺じゃなくて、こいつが死んでるじゃないか。
なぜ、どうして、こんな終わりになってるんだろうか。
頭が痛んで嗚咽が漏れた。違うだろう。こんなんじゃないだろう。だって、お前、店はどうするんだ?もう少しで一周年だって、騒いでたじゃないか。
お前のバーに持っていくための酒だって、奮発してすっげぇ高いの買ったのに。
なんで死んでるんだよ。
なんで、笑ってるんだよ。

生き延びた殺人鬼の絶望。



■あっちで再会する家族たち

「あれ、なんだ来ちゃったのか」
「ああ。存外悪くない最後だった」
「あーもういいなぁ、アスもトキもあの人に会えるなんて。羨ましいなぁ」
「いいだろう。僕なんて彼女に抱きつけれたからね」
「偶然とはいえあれは無いよ!酷い!代わって!」
「はは、今更遅い」
「・・・幸せそうだね」
「ああ。とても幸せだ。こんなに最低な人生を送ってきたくせに、最後がこんなに良くっていいのだろうか」
「いいんじゃないかな。人が幸せになるのを憎む権利なんて誰も居ないと思うよ」
「そうか」
「・・・・・・・残しちゃったね」
「・・・そうだな」
「できるだけ遅く来るのを願おうか」
「個人的に言わせて貰うなら、ずっと来てほしくないな」
「はは、いくらなんでもいつかは来るだろ」
「あまり、会いたくない。いや、会いたいけれど」
「どっちだい」
「・・・会ったら絶対怒られるからな」
「あはは!あんなことしたら、誰でも怒るよ!」

「でも、来たらどうするんだい?とりあえず一発殴られようか?」
「痛いのは嫌だ」
「ほんと忍耐が無いねぇ」
「それこそ逃げの曲識だろう。まぁ、とりあえずアスが来たら・・・」
「来たら?」
「全力で謝ろう」
「泣かしちゃったらどうしようね?うふふ」



■人を殺したと彼女は言った

「哀川さん、だって人殺せないでしょう?」
「何言ってやがる。っていうか哀川じゃねぇよ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだっつってんだろ」
「はい、すみません」
「謝るぐらいなら言うな!」
「じゃあ哀川さん」
「殴るぞ」
「もう殴ってますよ」
「・・・あたしだって人を殺したことぐらいあるに決まってんだろ」
「どんな人をですか」
「あたしの初恋の人?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へー」
「反応し難いならすんじゃねぇよ」
「いや・・・初恋・・・って」
「いや、あたしに初恋した奴・・・んん、でもあたしもあれが初恋だったのかも?」
「・・・・・・・水、飲みます?」
「話を無理に逸らさなくていいから」
2008/3・24


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