■ブログ短文集

■軋識死にネタ

 蒼色に捨てられてから、知った。
 空はこんなにも、最初から遠かったのだ。
 地の底で血に塗れ、衣服を重く濡らした己には、両手が重くて手すら伸ばせない。
 「(物覚えが悪いにも、程がある)」
 自嘲の笑みにも悲しみが込められる。己の獲物のように、己の体が鉛のようだった。痛みを感じない。指先が冷たい。
 寒い。
 ぬるりと愚神礼讃を掴む掌が血で滑る。手放してはならない。手放してはならない。
 必死だね。
 いつだったか、頭の端で男が笑った。
 必死だね。生きる程度のことに、お前はちょっと頑張りすぎているよ。なんでそんな、不器用なのかな。
 五月蝿い。黙れ。人のことに口出しするな。そんなのお前のキャラじゃないだろ―――。悪態を吐いても、男は笑ったままだった。記憶の中で、緩やかに男の細い指が顎をなぞった。
 馬鹿な子供だね。
 「うる、さ・・・」
 耳障りな声はなくならない。俺は耳を塞いで目を閉じた。
 暗闇が、降ってくる。



■兎吊木独白

 世界を構築するものが全て青であればいいのにと俺は思って、しかしその思いが現実にあればもう目も当てられないようなれはそれは気持ち悪い光景なのではないかと思って(だってその世界は確実に戦地が青く染まるであろうから)(空と混ざる戦場だなんて青に失礼だと思うだろう?)ただあの青はきっと彼女だから美しいのだと再認識した。この思いは例えるならば愛に似ていて、しかしあの少女はこの地球が滅びるのを待つまで永遠と俺を愛してくれることなんてないだろうから、俺は毎度のように不毛なに胸を痛めてみたりして、(俺が思うに餓鬼のようなそのくだらなくも(しかしそれが酷く惨酷であることを俺は知っている)儚げな思いは安い恋愛小説に似ている)(それを言うのならば己と同じように彼女に跪くあの馬鹿みたいな犬どもも惨めなものだと笑いたくなってくるが、惨めなの俺も同等である)(奴らと同じ価値であることに対して俺は喜ぶべきかそれとも悲しむべきか、しかし奴らは俺と同じ価値であるということに対して絶望するので俺はとりあえず黙っておく)(優越感を手に入れた瞬間俺が陥れられるのはその絶望である)(まさか優越という感情と絶望が紙一重だとは知らなかった)さて彼女がそろそろ起きる時間である。俺はゆっくりと立ち上がり、そしてコートをひっかけて表へ逃げる。ただあんな妄想をした後に、あの澄み渡った青を見るのが億劫でならないのだ!

僕らが絶望し続けているのはあの青がけして崩れ落ちぬその現実であり、同時に救い上げる救世主もいないその夢を同時に歌う己の愚かさであり!

神様いらっしゃるならば俺達の空を見捨てた神様を殺してください。(救いを与えるのはてめぇの仕事だろうが、と)
(さぁ引き金を引く手伝いぐらいはしてやろうじゃねぇか)



■当サイトの希望する雰囲気の兎軋

 「人間を嫌悪するという感情はけして永遠には続かないものなんだそうだよ」
 もはや戦いの後も残っていない、黒く冷たいチェス版の上に、かろうじて落ちるのを免れた黒のナイトを手持ち無沙汰に拾い上げながら、兎吊木はどことなく楽しそうに呟いた。
 「人間は悪い人間という認識したものを見るとね、一つぐらい良い所がないかと探してしまうらしい。それが共感できるものか、共感できないものかはさておき、人間はそのほかの人間のことを『絶対悪』とは認識できないんだと」
 軋騎はその言葉を聴いているのかいないのか、その部屋の唯一の窓から外を眺めた。しとしとと降り注ぐ雨は、音を通さない壁の向こうでは別世界のように遮断されていた。窓ガラスは冷え切っており、添えるように軋騎が掌を硝子につければ、じわりと指の形をかたどるようにして白く薄く曇った。
 「同時に善人を見てしまうとね、一つぐらい悪い所があるのではないかと勘繰ってしまうらしい。そもそも世に偽善者なんてものがあると思うか?俺は思わないね。そもそも人間を『善人』と判断するのは人間だ。自分のことを絶対的善人だと言う人間を、周りの人間が善人だと認識するか?人間を『善人』だと認識するのは、〈あの人はいい行いをしたから善人だ〉と認識する周りの他人なわけだ。その人がいいことをしただけで『善人』かどうかなんて判断するのは、判断されている人間にとっては関係の無いことじゃないか?」
 そこで一度、兎吊木は窓辺に立つ軋騎を視線の端に捕らえた。軋騎は一度も振り向かず、そして相槌も打たないまま、冷え切った掌を硝子からどかした。手をかたどった結露が窓に残される。
 「つまり偽っているのは見ている人間なわけだよ。〈あの人を善人だと思う〉と心を偽っていたわけで、偽善者呼ばわりされた人は自分のことを善人だと思っていなかったなら、偽善者呼ばわりされても困るわけだ。『私は善人になったつもりもありません』ってね」
 「それで?お前は俺に何を言いたいんだ?」
 「偏見や先見はその本人の認識を見誤ると言いたいのさ」
 軋騎ははっ、と一度失笑すると、体を微かに引いて、兎吊木と視線を交えた。椅子に座る兎吊木を見下ろす形になり、その顔はどこか兎吊木を嘲るようにも見える。
 「俺はお前が嫌いだ」
 「何故?俺が何で嫌いなんだい?俺が何かしたか?」
 「何故?くだらねぇことを聞くな。理由を知ってどうなる?お前が存在していることからして許せないと言ったら、お前どうするんだ?聞いても無駄なことを知ってどうするんだ?」
 兎吊木は肩を竦めながら椅子からずるりと低く下がった。下半身がほぼ椅子の上から出るようなだらしの無い格好になり、小さく笑う。
 「良いじゃないか、それぐらい。・・・・・本当に俺が存在していること自体が許せないのかい?」
 「そうだ」
 軋騎は笑って答え、そして唯一の扉へと歩いていく。ドアノブに手を添えた所でゆっくりと振り向き、小さく口に笑みを浮かべて、囁いた。
 「といったら、どうする?」
 「悲しいな」
 「じゃあ悲しめ」
 軋騎はそう吐き捨てると、笑ったまま扉の向こうへと姿を消した。がちゃん、と扉が閉まる音を瞼を閉じたまま聞き、兎吊木はやれやれと溜息を吐く。
 「やけに機嫌がよかったけど、さて、・・・・・・・不貞寝しようか」
 握り締めた黒のナイトをチェス板へと転がせば、勢い余って板から墜落した。ついに誰も居なくなってしまったモノクロの板を眺めて、兎吊木はもう一度瞼を閉じた。



■ギャグ調兎軋

 「式岸・・・俺お腹減ったよ」
 「草でも食ってろ」
 「酷い!!なんでお前そんなに俺の扱い酷いの!?作為的な何かを感じるんだけど!」
 「わかった。じゃあ冷蔵庫から何か食えそうなものを取ってきてやろう」
 「料理はしないんだ・・・・愛に飢えてるんだけど」
 「お前の冷蔵庫では愛が冷やされてるのか?」
 「ちょっ、そこは「上手いこと言った気になってんじゃねぇよ」とか突っ込んでくれよ!そんな左斜め後方にスルーされても逆に俺言うこと無くなったし!」
 「ほれ」
 「愛スルー!?しかもなんていう生肉!しかも黴生えてる!」
 「自分の食生活を恨め。俺はそろそろ帰る」
 「ついに放置プレイまで!俺この二年間まともにお前に優しくされた記憶が無いのはどうして!?」
 「灰皿で頭殴られるたびに記憶すっとばしてんじゃねぇの」
 「灰皿で殴られてたの俺!?」



■深誰

 「お疲れ様です、哀川さん」
 「あたしの名前を苗字で呼ぶな――――――って、たく、こんなやり取りも疲れるぜ」
 やれやれと肩を竦めた、頭の天辺から足の爪先まで赤を基調とした衣装に身を包んだ女性は高級ホテルの一室でふと溜息を吐いた。
 「やっぱり、人類最強の成りすましは疲れるかい」
 最初に、からかうように「哀川さん」という禁句を零した青年、逆木深夜はベッドに腰を下ろしたまま女に問いかける。「まぁな」とどこか言葉を濁すように返答しながら、女は体に纏った赤いコートを荒々しく脱ぎ捨てた。ベッドに放られたコートは無造作に投げられたようで、しかしあまり皺が付かないように広がった状態でベッドへとその赤を沈めた。深夜は少し苦笑しながら、「でも、上手くいってるみたいじゃないか」と言葉を紡いだ。
 「上手く?あたしがうまくやれない事なんざあるわけねぇだろ」
 「ごもっともで」
 鼻で失笑する女に苦笑で返し、深夜は両手を降参、とでも言うように手を上げた。そんな道化染みた動きに呆れたような視線を向けながら、女は椅子へとその肢体を投げ出す。赤いブーツに隠されたしなやかな足が見とれるような動きで組まれ、深夜はその動きも全て「哀川潤」から奪っているだのと思うと、もはや「園山赤音」だった残り香も、「伊吹かなみ」の面影もない。ただこの高級ホテルの一室、深夜と同じ部屋に存在する彼女は今は「人類最強の請負人」なのだと思い知らされる。
 「・・・やっぱり、かなみや赤音さんよりも生りにくいかな」
 「まぁ、楽勝って言ったら嘘だけどな。何より、『人を一人も殺さない』ってのが面倒だ。優しくなるのも苦労するけどね」
 「成り代わるのも夢じゃないね」
 「夢?馬鹿言うなよ深夜。夢ってのはいつかは必ず叶えられるもんだぜ」
 そう言ってのけた彼女はどっからどうみても哀川潤でしかなく、新しい彼女に非天才である逆木深夜は悲しげに溜息をついてみせ、心の中の歓喜の声を脳髄の奥深くで誰にも知られず上げ続けた。
2008/1・18


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