■ブログ短文集
■これでおしまい(時真
向かい合った椅子に、がらんどうの部屋。
幼い少女が居るには狭すぎる上に―――何もかもが足りない。
その天才性を発揮させるべき媒体も、または少女の年にあうぐらいの、暇つぶしの物体も。
いや――――――彼女は、これでも19、だったか。
四方を囲む柱時計から鳴り続けるかちかちという秒針の音は、静かな部屋には嫌に響く。目の前の橙色の少女は調子が良いらしく、しかし目を瞑り眠ったまま、空中に放り出されたままの足をぶらぶらと動かした。
椅子から吊られたその両足が寒さによって微かに指先が赤くなるのに、ふとキスしたくなる衝動に駆られ、時刻は組んだままの両手を徐に解き、しかし行く場を無くして両端に垂れた。
かちかちと一斉に、そしてずれることなく鳴り続ける時計の音は常人が聞けばもはや発狂してしまうかのようなそれだったが、その状況を作ることによって目の前の少女を縛る術者である時刻にとっては、特に気にすることでもなく、むしろ安心するぐらいだった。
少女の動く足が段々緩やかになってきて、ついに椅子の上に座ったまま微動だにしなくなる。時計を確認すれば、孤面の男に言われた時間よりも早く少女を縛ることに成功していた。
「――――――――」
つまらない結果に小さく溜息を吐きそうになるが、それはそれ、これはこれだ。自分の手に余るべく物が笑えて来そうなほど脆弱であるのに自嘲の念が溢れてくるが、これもまた世界の終わりを見るためだ。
やれやれと立ち上がろうとすると、その一瞬、かちかちと一定になり続けていた秒針の音がずれた。
「―――――――・・・っ!!」
びしっ、と空気に亀裂が入る。時刻がぎょっとして少女を確認すると、橙色の少女は先程まで瞑ったままの瞼を微かに開けて、隙間から覗く美しいオレンジ色の双眸で静かに時刻を見据えていた。
かちかち、かちかち、かちかち、かちかちかち、かちかちかち。
ずれる秒針。壊れた呪い場。
少女にとっては何の意味も持たないその僅かな距離を開けて、時刻は身を引いた。
「終わらないよ?」
優しい、鈴の鳴るような声。挑むようで、時刻を馬鹿にするようなそんな声音で―――――少女は笑った。
そしてすぐに瞼を閉じると、今までのように、静かに眠りに落ちた。
「―――――――――・・・・・」
かち、かち、かち、かち、と。
何事も無かったかのように一斉に4重奏を奏でる四つの秒針は、既に一つへまとまっている。今までのことが夢だったかのように。
『終わらないよ』
少女は言った。
何が?世界が?狐には?終わらせることはできない?
時刻は時計を確認し―――――もう一度、椅子に腰掛けた。
狐が指定した時間にはまだ遠い。
時刻は思った。
きっと、彼女は逃げようと思えば逃げれるのだ。何故逃げないか?
僕達を、傷つけたくないから?
「最強も最終も、優しいとはお笑いだ」
なら――――憎くさせてあげよう。
彼女には、世界を憎んでもいい、権限がある。
世界中の人間が一度は憎んだことのあるこの世界を。
「終わらせてくれるのは狐じゃないんだろう?」
時刻は囁く。
もう既に―――――部屋を満たすのは、少女の囁きではない。
ただ時を刻み続ける、惨酷な秒針だけだった。
■優しい破滅願望(兎軋
「世界は思っているほど醜悪じゃなかった」
どんよりと白と灰に混濁した曇り空の元、カフェテリアの隅っこで、兎吊木がぼやいた。
何故自分はこんなところにいるのだろうと遅すぎる疑問に絶望しながら、向かいあって座っている軋騎が沈黙で答える。会話をする気は毛頭なさそうだった。
そもそも、どうして男二人が何をするわけでもなく、女性が好みそうなカフェで会話も無く居座らなければならないのか。人は当たり前に寄り付かないし、昼時を既に過ぎているので人も居らず、店内は閑散としている。
「だって女の子は可愛いし少女は愛しいし女性は美人だし、男の子もそれなりに可愛い」
聞いてねえのに何故こいつは一人喋り続けるんだ。
ツッコミを入れることすらだるく、軋騎はテーブルの上に置かれたコーヒーの表面を眺めた。黒い。
「殺人鬼は人をそれなりに殺してくれるしキチガイだってそれなりに人を殺してくれるし愛しさゆえに人は人を殺してくれるし」
兎吊木は誰に言うでもなく語り続ける。
「笑顔を無償でくれるハンバーガーの店員だって溢れてるし、お金をあげればコスプレする女性もいるし、お前は俺を殺さないし」
「なんで話に俺が出てくるんだ」
「聞いてるんなら相槌ぐらい打ってくれよ。寂しい奴だな」
「寂しいのはお前の友人関係だ」
「う、上手いこと言いやがった!」
指摘してやると兎吊木は嘆いた。
笑って、泣いて、怒って、呪う。
人間以外の何物でも無い生物は目の前で己を見ていた。
醜悪、だ。
「くそ、なんで青空も見えねぇ日に俺はてめぇなんかと外に出なきゃいけねぇんだ・・・」
苛々したようにテーブルを拳で殴りつけると、向かい側でにんまりと兎吊木が笑う。
「そりゃ、お前から死線をとったら、殺人鬼に変貌して俺を殺してくれるかなと思ってね」
「俺は満月の日の狼男かなんかか!」
耐えられなくなり立ち上がる。そうだ、なんでこんなトコにいなきゃいけないんだ。さっさと帰ろう。
呼び出したのは兎吊木なんだからコーヒー代は奴が出すだろう。入り口に向かって足を向けると、背後から「お前のコーヒー貰っていいかい」と間延びした声が追いかけてきた。
返答はせずに、灰色の空の下に出る。
吐き気がした。まだあいつを殺さない自分にも、蒼くも無い空にも。
「くそ、空が青いのは常套だろうが!」
怒りの矛先を向けきれず、ぽつりと足元に叩きつけられた水滴を睨む。降りだして来た。
何が醜悪じゃないだ。
蒼くも無い、灰色や緑の世界なんて、一刻も早く滅びればいいのに!
■螺旋する(グレラガパロディ僕友
彼女は白いシーツの上、青い髪を例えば海のように巻き散らかしながら死んでいた。
息絶えていた。当たり前だが、呼吸もしていなかった。
僕と彼女と、二人きりのこの部屋は、彼女の部屋のようにがらんと広すぎた。二人に、ここは広すぎる。
「友」
呼びかけはがらんどうに響いて溶けた。返答は無い。けして、いつまで経てども。
彼女は青い睫毛で縁取られた、笑みに歪められる双眸を緩やかに閉じていた。開かれもしないそれは、彼女の体ごと芸術作品のようだった。彼女は一人死んでいた。
「友」
けして彼女は目覚めないだろう。死んでいるのだから。
生きる可能性なんて皆無に等しかったのだから、この結果に誰がありえないなどと言うだろうか?彼女は死ぬから死んだのだ。
どうして僕はそれが信じれないんだろう?
「友」
百人に百人が「彼女が生きる方がありえないだろう」と返すだろう。僕はそれに首を傾げ続ける。
あの赤色が、大丈夫と言ったから信じてしまったのだろうか?違う。そんなこと、関係ない。
「友」
僕は呼ぶ。愛しい彼女の名前を。
さぁ、起き上がって、僕のことを大好きだって、いつもみたいに、
「友」
彼女は笑いもせず泣きもせず、ただ、あの静謐な蒼色であった頃かのように、無表情のまま横たわっていた。
2007/12・29