■ブログ短文集
(時刻さん幼少時代)
「いつだって、望む終わりは来ないものだよ」
男は、暗い部屋の中、暗い声で呟いた。
どこか優しげで、しかし誰も近づけさせないような冷たい厳格な声音をしていた。
緩やかに、男は浅黒い年老いた肌をした骨のような手を、テーブルの上にある湯飲みへと動かす。上の部分の、中のお茶が満たされていない部分を抓むように持ち上げると、ゆらゆらと踊るように立ち上っていた白い湯気がふわりと歪んで空気に溶けた。
「・・・頭首さまは、世界の終わりを見たことはありますか?」
「愚かなことを聞く子供だ。終わっていれば今はなんだと言うんだ」
「・・・・・、・・・・・・そうですね」
男の正面に正座する少年は、何か言おうと口を開いたが、声にならない呟きを洩らすと、緩やかに首を下へ下げた。少年の白い顔の両目を塞ぐ白い包帯は、少年から光を奪っている。
「それとも何か、お前は見たことがあるのか?」
「・・・・・・・さぁ?」
少年はゆるりと男へ向くと、愛らしい小さな唇をにぃ、と歪ませた。包帯で見えない子供の両目が、じとりと己を見ているような錯覚に陥って、男はぐっと顔を顰める。
「・・・相も変わらず、気味の悪い子供だな。もういい。独房へ戻れ。お前の顔なんぞ、見たくも無い」
「・・・目隠しを取っても?いくらなんでも、目が見えない状態で戻るなんて事、できませんよ」
「待て。・・・おい、誰か来い!」
すっと少年が目隠しを取ろうとすると、それより早く男が家のものを呼び寄せた。ぱたぱたと足音が近づいてきて、「失礼します」という言葉と共に襖が開かれる。
「連れて行け」
「はっ・・・行くぞ」
少年はとりあえず立ち上がり、そのまま真後ろへと足を進めた。襖に手をやり、暗い部屋で座り続ける男に一言呟きかけた。
「見えもしない世界など、終わろうと終わらなかろうと僕はどっちでもいいんですよ。・・・ねぇお父上。世界の終わりは、美しいと思いますか」
「早く行け!煩わしいわ!」
男の怒声に、やってきた人間が少年の手をぱっと掴んで、廊下を引っ張っていく。
少年はすぐに男のいる部屋から視線を移すと、つまらないものを見たかのように、一度だけ鼻で笑って魅せた。
(潤軋)
「ふむ」
「・・・」
「とりあえず高いのから見てくか」
「なんでだよ!お前の思考回路は全て他人に被害を被らせることしか考えられねぇのか!?」
「声が涙声だぜお兄様」
「誤解を招くような名称で呼ぶんじゃねぇよ能天気な色しやがって・・・!!」
ぎりぎりとジャケットの胸倉を反射的に掴んでしまうが、そんなことは蚊に刺されたことより気づかないとでもいうように乾いた笑みを浮かべ、潤はにやにやと軋騎を見上げた。
「なんだよ・・・実は嬉しいんだろ?妹萌えの三大萌え名称は「お兄ちゃん」と「お兄様」と「兄貴」だってこの前お前の家に不法侵入してた白髪のおっさんが言ってたぜ」
「そういう危ない人間の言うことを素直に真に受けんな!お前の将来がほんと不安だよ!」
「なに、心配してくれてんの?大丈夫だよ、あたしもあんたの将来不安だから」
「何が大丈夫なのか、俺はもはや将来とか言うような年じゃないとか、色々突っ込むべき所はあるが・・・とりあえず手ぇ離すんで俺の足に足を絡めるのを止めてくれませんか」
「ちっ気づいたか・・・」
舌打ちをしながら、潤は素直に軋騎の足から己の足を引いた。軋騎もジャケットを掴んだ手を離し、すごすごと後退する。
潤に背を見せないように2m程間隔を開ける軋騎に、潤は少しだけ傷ついたような顔をして、ふう、と溜息を吐いてみせる。
「ああ・・・まったく、もうちょっと甲斐性のある奴だと思ったのになぁ・・・」
「何でお前俺の財布持ってんだよ!?」
「いいじゃねぇか。兄ちゃんのものはあたしのもの、兄ちゃんはすでにあたしのもんだ」
「ジャイアンより酷くねぇか!?」
「兄ちゃんはあたしの奴隷だ」
「いつのまにか格が最下層に!?」
会話をするだけで他人を奴隷にする女、哀川潤降臨。
まるでいつもの風景になりはじめたような手馴れた手つきで潤は財布の中からカードを漁り、ふん、と鼻をならした。
「よし、とりあえずコブラだな。あたしにあうような赤いやつがいい」
「ちょっと待て!このままだとホントに流されそうだから止めておくが、何で俺がお前に車なんざ買ってやらなきゃいけないんだよ」
「なんでって・・・あたしに命を救われた恩を忘れたのか?爆破寸前のビルから脱出させてやったろーが」
「違う!あれは脱出じゃない!ビルの屋上から突き落とすのは助けたんじゃないぞ!?あれは殺人未遂だろうが!」
「生きてんだからぐだぐだ言うなよなー・・・よし、復唱しろ。『俺は潤の奴隷』」
「言うか!」
「恩を仇で返すとは・・・なんてやつだ。人間の風上にもおけねぇなぁ・・・という訳で復唱しろ。『俺は』」
「繋げなくてもいいだろ!」
っていうか奴隷は人間だろ!
片っ端からつっこみを入れる軋騎に呆れた視線を向け、潤は忌々しそうに舌打ちをした。
「覚悟を決めろよ・・・惚れた女には全て差し出すんだろ?」
「いつ俺がお前に惚れたんだ・・・」
「え?何か言ったか?」
「いや、なんでもないです」
潤の人を殺せそうなブーツが顔面に迫り、軋騎は観念したように頭を垂れた。よろしい、と潤は満足げに笑みを浮かべると、騒ぎにききつけてやってきた店員にカードを突き渡す。
「とりあえず店にある車全部買う」
「一つじゃなかったのかよ!!」
「ちっ、ケツ穴の小さいヤローだな・・・じゃあここで一番高い車、上から三台くれ」
「それあんま譲歩してねぇだろ!」
(潤軋)
かこーん、と幻聴で竹が石を打つような音が聞こえてしまった夏。
当たり前なことに鹿威しなんて風流なもんがこんな町から離れたちんけな病院にあるわけがない。(っていうかあったらどんな病院なんだそれ)
正面には白い着流し姿の精悍な顔つきをした男が胡坐をかいて座っていた。幻聴の原因はこいつの着流し姿にも関係するのではないだろうか。
軋騎は嫌な汗の滲んできた額に手を当て、隣に座る女を盗み見た。鮮やかな紅の髪は肩口でざんばらに切り揃えられていて。その格好は女にぴったりな真っ赤なスーツ。そしてスカートの癖に前に座る男同様胡坐をかいている。(お前それパンツ見えんじゃねぇの・・・)
目が覚めて今日は何をしようかとすでにニート化した思考のまま身を起こすと、この女の車の中だったのだ。(結構前に買ってやった(っていうか買わされた)赤いコブラだった。)(この女にしてはよく壊さないもんだと感心した)(しかし結構細かい傷があった)(ちょっと前も人を轢いたらしい)(あの時点で下ろして欲しかった・・・)
真っ赤な彼女は意を決したようにふと前に座る男と向かい合うと、酷く男らしい口調で言った。
「お嬢さんを俺に下さい」
「・・・・・・・」
ご丁寧に俺の声だった・・・。(自分の声ってこう聞いてみると気持ち悪いもんだな・・・)
「じゃなくて!それお前が言うもんじゃなくないか!?っていうか何でこんな、えええー!?」
10年ぐらい前に寝てる間に枕をセーラー○ーンの枕に変えられたときぐらい驚いた。(ちなみに犯人は長兄だった)(あいつ・・・マジ手に負えねぇ・・・)
「何で狐に言うんだっていうか、そもそも何で俺はこんな所に連れてこられてるんだよ。っていうか今の台詞・・・」
「えーいぐちゃぐちゃうっせぇな。黙ってろ」
潤の返答は拳だった。
こいつ俺のことを一体なんだと・・・。
見かねた狐が「ふん」と鼻をならす。
「まぁまずこの状況をみれば分かるだろうが・・・潤は俺の娘だ」
「状況見てもわかんねぇよ!っつーか初耳・・・」
いや、初耳では、ないか。チーム時に聞いた気が、する。
潤は満足そうに「じゃあ納得したか」と笑った。
「っつー訳で、これは結婚する二人の恒例の「お嬢さんをぼくに下さい」っていう」
「なんだその手。俺に言えってか?っていうか今まで既に金を奪われ続けてきた俺が何でお前に一生搾取し続けるような道を自分から選ばなきゃいけないんだよ・・・」
「だってお前、もう32だろ?放っといたらあの白髪兎みたいになっちまうぜ?」
「何だその哀れみの目!・・・別にいいだろ、結婚なんてしなくても。それに毎日のように世界中飛び回ってるような妻なんて、本格的に心配するだろうが・・・俺はもう誰か残して生きるなんて、もうこりごり―――」
・・・・・・なんだこの方向。これじゃなんか、俺が寂しがっている、ような・・・。
「・・・・・・・・あ?い、いや、今のはなんかおかしい、んじゃないか・・・?ちょっと待て。今の取り消しだ。忘れてくれ」
混乱してる。というか人類最強と人類最悪に一番見せてはいけない部分を見せてしまったのでは・・・!!
そう思った瞬間、がしりと腕をつかまれた。犯人は当たり前なことに、隣に座っていた人類最強の方だ。
「・・・・じゅ、潤さん?」
「お前・・・寂しかったのか!」
「・・・・いや、違う、忘れてくれ。頼むからそう哀れむような目で見ないでくれ・・・」
駄目だ・・・こいつの一番やっかいなおせっかい焼きの魂に火をつけてしまったようだった。
「そうか・・・じゃあ軋騎、お前が妻になればいいんじゃないか」
「え゛」
狐まで何か言い出したんですけど・・・!!
「じゃあ・・・お前が寂しがらないようにこれからお前と一緒に仕事を請け負ってやろう!ってことでお前はあたしの、永遠の相棒ってことで!」
「えっ永遠とかいらんものつけないでくれ!ほんとゴメン!謝るから!」
2007/10・14