■ 永遠の反逆を誓う
たとえば、あの人のその血肉だとか。
俺のこの前髪で鬱蒼と隠された目玉が捕らえる、あの人の笑い声、人を喰らう台詞、放たれる銃弾、けして安穏とした光を映さない、氷のように澄み切った目。
それは、それらは、全てあの人のものだ。
俺は、それを、知っている。
俺は、それを、理解している。
あの人の人を殺す手も、残虐を刻むその声も、獣のように血液を求めて冷たく、しかし灼熱のようにぎらぎらと殺意を込めた目玉も。
あの女のものなのだ。
あの女の、ものだ。
俺はそれを素晴らしいと思った。神に感謝するような、奇跡に近いあり方だと思った。死にたがりと、殺したがりが出会うなんて、こんなに素晴らしい奇跡がそうそうあるわけがない。
俺はそれを祝福する。男と女の奇跡を祝福する。諸手を上げて、喜んで見せよう。
だが―――――だが。
俺は彼女よりも先に、あの人に出会った。
彼女とはいえないレヴェルだが、死にたがりの目玉で、浮浪者宜しく生きていた。
行き続けていた。そして、彼女より先に、あの人とであった。
俺は、夢想する。
例えば――――彼女の立ち位置が、俺のものならば。
あの人に守られあの人に愛を囁かれ、毎度毎度のようにあの人に殺されかけて。
それはなんて幸福なんだろうか、と。
「思ったり―――するわけですよ」
脈絡の無い俺の吐き出した言葉に、銃を解体して中を丁寧に掃除していたラッドの兄貴は、「なに?」と首を傾げて問いかけてきた。
因みに、俺が今吐き出した言葉の前の一人きりの回想は、当たり前だが声にだしてはいない。まずそんなことを口に出してしまったが最後、ラッドの兄貴に首と頭をさよならさせられてしまう。悲しいことに俺はあまり自分の体と離れたくはなかった。・・・いや、この場合体のほうを主体として考えるべきだろうか・・・。なら、頭と離れたくない?でも、今こうやって思考を続けているのってつまり俺の頭なんだよな・・・・・。・・・・・・・うーん、参った。良く分からない。頭が足りないからだろうか。・・・・・いや、足りてはいるんだよ。多分どこも抉られても居ないはずだ。 そう思ってしまうと、自分の頭が心配になってきて恐る恐る右手で頭部を確認する。・・・よし、大丈夫だ。俺の頭は万全だった。オーケー、俺に不備はない。少しでも壊れていたら最後の最後まで破壊の限りを尽くすのが俺のポリシー。自分が中途半端に壊れてる状態で今まで街中をふらふらしていたと思うと羞恥の限りだ。俺は人生最大の恥をかかずに済んだ。
「なにを思ってたりするんだって?」
「兄貴は一体いつ俺を殺してくれるんだろうなぁ、って思いまして」
思って居なかったけれど、前から気になっていた質問と入れ替えて、さらりと問いかけてみた。お、今の会話さりげなくスムーズだ。前々から聞きたかったけど聞くタイミングをなくしていたものを聞けた。・・・なんか、シャフトが「グラハムさんがタイミングなんて考えてるわけないじゃないですか」なんてムカつく台詞が聞こえてきた気がしないでもないが、そういうのは無視だ。兄貴と2人っきりのこのベストポジション・・・・・ベストポジション?いや、ベストタイム・・・わけが分からないぞ。まあ、兎に角いい気分を外野に邪魔されたくない。とりあえず帰ったら一発殴っておこう。
兄貴は銃の激鉄部分に入った塵を掃除しているのか、小さなこよりのようなもので丁寧に中を整備しながら、はぁん?と考え込むような声を上げた。文字に表すとやけにいやらしいです兄貴!
「まだそんなこと言ってんのか」
「姐さんを殺す前なのは分かりますけど、せめてそれぐらいは聞きたいんですよ」
兄貴は最後にふっと息で小さな鉄の塊を吹き、銃身の筒を覗き込みながら、「んー」と声を上げて言った。
「殺さん」
「・・・・・・え」
兄貴のあまりにもあっさりとした言葉に、俺は絶句する。あれ、あれあれあれあれ。ルーア姐さんを殺すのって、世界の全人類を皆殺しにしてから、なんですよね?
俺がぽかんとした顔でラッドの兄貴を見ても、兄貴は再びさらりと、「俺は仲間を殺さない」と、はっきりとした言葉で言った。
俺は――――――既にそのとき、走り出していた。
兄貴が座る、書斎の木製机に向かい合うようにソファに座っていた俺と、兄貴との距離はおよそ5メートル。飛び出すようなスタートダッシュを決めて、飛びつくように俺は二歩で書斎の豪奢な机の上に着地して、目を見開いて反射的にぎりぎり頭を避けながら懐から手持ちのナイフを抜き取った兄貴の首に、レンチを突きつけた。俺の一本勝ち、マウントポジションはお好きですか。
足元で一瞬遅れに、重い銃口が、ごと、と音を立てた。兄貴がやけにつまらなさそうな顔をしている。そんな顔したいのは俺もだというのに。
「何でですか?」
「何がだ」
「なんで、俺を、殺してくれないんですか?」
「お前が俺の仲間だから」
何を当たり前のことを言い出すのだ、と兄貴の目は剣呑な光を浮かべたまま、俺の目を真っ直ぐに見てきていた。俺のほうが有利な位置で、しかも、俺のほうが兄貴より強いのに、俺は自分の腕が震えるのを感じた。
「じゃあ、兄貴、兄貴は、仲間を殺さないで、全人類皆殺しにするんですか?」
「他の奴と殺しあってもらう」
「嫌です」
俺は断固拒否した。
「兄貴の手で、殺されたいです」
俺の一世一代の告白に、兄貴はきょとん、と目を見開いて驚いた顔をすると、俺にレンチを向けられているというのに、にやあ、と口元を歪めた。肉食獣を相手にしている気分になる。
「なんだ、グラハムちゃんは俺のことが大好きなのか?あ?」
「ええ。好きです。大好きです。敬愛しています。ルーア姐さんがいなければ、俺はもしかしたら兄貴に求婚していたかもしれません」
最後のはちょっときつかったかもしれないが。
「そんなどこの奴とも分からない、ただの人殺しに殺されるなんて、兄貴の頼みでも聞きたくないです」
「っ、く、ははははは!」
兄貴はげらげらと笑い出した。シリアスのつもりだったんだけれど・・・。
兄貴の人殺しの手が、ゆっくりと俺の方に伸ばされてきた。俺はレンチでその腕を止めることも忘れ、それを呆けた顔で見た。人を殴り殺した経歴だってあった、兄貴の骨がとつとつと浮き出た、ごつごつした手が、首を絞めるときのような要領で俺の胸倉を掴み、そして兄貴の顔のすぐ前に引っ張ってきた。机の上で無様にも四つんばいする格好になって、俺は吐く息だって兄貴に当たりそうな距離でその顔を止めた。というか止めさせられた。
「じゃあ、てめぇが俺に殺されたくなったら、俺を殺しに来い」
普段ルーア姐さんに囁くような、低い、甘ったるい声で、兄貴は笑う。
「俺から反逆した場合、罪は重いぜグラハム・スペクター」
ようやく首元を掴んでいた手が離され、「邪魔だ、おら。退け」と退場させられる。顔が熱くて仕方が無い。俺は逃げるように部屋を後にして、ずるずるとその場にへたりこんだ。
・・・・もしかしたら、俺は兄貴でマジに抜けるかもしれない、なんて最低なことを考えたりして、俺はこの熱の行き場を悶々と体の内側に留めることに徹した。ああ、くそ、嬉しい、嬉しすぎる話だというのに、なんだろうこの悲しさは!!
2008/4・21