■したりされたり
かどたさん、かどたさん、どたちーん、ねぇねぇ。
相も変わらず隣の男を中心として集まったこのバンの中のメンバーは、話題が尽きない。渡草は黙ってハンドルを握ったまま、後ろの騒がしい二人組をミラーでさり気なく伺った。さっきまで漫画やアニメの話で盛り上がっていたと思ったら、今度は助手席に座る門田にころころ変わる話題をぶつけている。それなりの時間を一緒に過ごした仲だからか、その五月蝿い二人組が不調なことに気づいた。なにやら話があっちへいったりこっちへ行ったり忙しない。信号が青にかわったのを見て、渡草はサイドブレーキを上げながら、なぁ、お前ら、と声をかける。
「風邪か?」
「ふぇ?」
「え?」
予想していなかった渡草の問いに、遊馬崎も狩沢も揃って不思議そうな声を上げた。隣で五月蝿そうに顔を顰めていた門田も、あ? と目を見開いている。
「別に? 元気だけど?」
「ならいいけどよ・・・なんかお前ら、今日調子悪そうな気がしてよ」
右折しながらそうぼやく。それなりに自信のあった問いだったのだが、普通に間違っていたので恥ずかしい。ここで本能に任せて「別にお前らを心配したわけじゃねぇけど」とか言ってしまったら、いつぞやの時のように、渡草さんツンデレっすか!? と予想だにしない大きな反応をされてしまうかもしれない。自身がアイドルオタクでも、漫画やアニメはからっきしだ。そういう話にはついていけない。
「おおおおっ! 渡草さん、よく分かったっすね! エスパー!? まさかのレベル5!?」
「テレパシーで思考チェックでボディチェックだねー。美人受付嬢になれるよ、渡草っちー。はっ・・・ということは私の思考だだ漏れ!? 違うよ渡草っち! あたしは別に四六時中こんなこと考えてないからねっ」
「一体何考えてたんだお前!?」
エスパーとなると電撃文庫とやらの学園物だろうか、と記憶を引っ張りだしてみるが、受付嬢、となると違うのかもしれない。やはり、元気がない、など勘違いだったか、と思う渡草は、自然に眉間に皺を寄せていた。墓穴を掘った。話しかけるべきではなかった。
しかし、調子が悪い、という言葉には、遊馬崎は良く分かった、と言っていた。門田が何かしたのかと問えば、よくぞ聞いてくれました! と遊馬崎が声を張り上げる。
「昨日、なんと『アニメイト』で初回限定版のヤスダ先生画集がフライングで発売してたんすよ! てっきり今日出るもんだと思って行ったら通常版しか無くって・・・今日ほどアニメイトを恨んだ日は無いっす!」
「フラゲできるんならしたいとは思うけどぉ、初回限定版とかつくのを日付以外に出されるのはちょっと困るよねぇ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
まぁ、そんなものだろうとは、思ってはいた。シートベルトをつけない二人への嫌がらせの意味も込めて、次の交差点が丁度良く赤になっていたので、渡草は珍しく急停車をしてみた。予想通りにふぎゃん、と情けない悲鳴が後部座席で上がる。思わず笑ってしまってから、隣に座る門田が気になって、ちょっとだけ顔を見てみた。シートベルトをつけている門田には、そこまで被害はないだろうと思ってやってみたのだが、どうだろうか。
急停車に少しは傾いだらしいが、どうやら特に気にする程度でもなかったらしい。しかし何故か門田はじぃっ、と渡草を見ていた。ちらりと顔を盗み見する予定が、ばっちりと視線があってしまって、渡草は何故か目を慌ててそらす。そらす必要も意味もないのだけれど、反射というものだ。
「・・・・・・・どうかしたのか?」
「あ、いや、門田こそなんだよ?」
そう言ってから、遅れて脳が疑問符を上げる。そう、何故そんなにも見ていたのだろう。顔に何かついていたか、それとも先ほどにやついていたのを見られていたのか。何故か背中に嫌な汗が吹き出る。
渡草は基本的に顔を突き合わせた人から悪い印象しかもたれない。それは彼が基本的に仏頂面であること、ただでさえ目が細い上に、しかもつり目なのも災いして、最悪、『殺し屋みたい』などと言われる始末だ。そんな渡草が笑うところは、渡草のただの知人ならまだしも、門田も遊馬崎も狩沢もみなれたものだと思っていたのだが。珍しい顔でもしていただろうか。
「ああ・・・渡草よぉ」
門田も遅れて、ようやく自分が渡草を見つめ続けていたことに気が付いたのか、少し間抜けな声を上げる。一瞬思案するように口を押さえ、そして再び口を開いたとき、二人の間からにゅっ、と妖怪よろしく狩沢が顔を突き出してきた。興奮気味に声が裏返っている。
「な、なになに? 二人して見詰め合ってそんな慌てて目ぇそらして・・・まっまさか」
「それ以上言ったら流石に殴る」
「左に同じく」
「ごめんなさいっ!」
長年付き合っているのだ。彼女の特殊な趣味、いや、好みを察するに、次の台詞は聞かずとも分かった。門田のいやに冷静な声と、渡草の低い唸るような声を聞いて、さすがの狩沢もすぐに引いた。後ろで遊馬崎が「勘弁してくださいよぉ狩沢さん」と気の抜けた声を上げていた。彼女の趣味に寛容な遊馬崎も、知り合いがその標的になるのは生々しくて嫌らしい。門田にしてみれば自分の読む小説の登場人物も今まで何度かそういう標的にされた覚えがあるので、できればそれもやめて欲しい、と心で思ったが、それは止められそうにない、と結局自粛した。自他共に認める流され気質は、そろそろ門田に諦めという選択肢を与え始めたらしい。
狩沢と遊馬崎をとらのあなの近くに降ろして、バンは滑らかに走り出す。かけられている曲はまだクラシックだが、いつか遊馬崎たちが気づいてアニメソングでも流され、段々とこのバンもアニメ色に侵食されるかもしれない、と心の中で思った。実際、外側はすでにその魔手に触れられている。今度またあのバーテン服を着た門田の元学友に車を武器にされたら、今度は一体どうなってしまうのだろう。というか、いつかバンごと投げられそうで恐い。ガードレールや街灯を振り回すのだって見たのだ。今更車の一台や二台、振り回されても驚く自信がない。
「渡草、お前、よく気づいたな」
「は?」
すっかり頭の中があの池袋最強と名高い男でいっぱいになっているところに突然話を振られても、間抜けな声しかあげられない。助手席の門田はさっきの、と呟いて、少し笑った。
「俺よりお前のがよく見てるんじゃねぇか?」
「・・・・? あ、ああ。なんだ。いやちげぇよ・・・あれはたまたまだよ。お前が話してるのを聞いて、なんとなく、そう思っただけだ」
良く見ている、などと言われると、まるで自分が面倒を見ているようだ。この集まりの実質的リーダー、いや、ここでは父親役というべきは門田なのだ。それこそ、門田の方が気づくものなのだが。
「・・・もしかしてお前も調子悪いのか?」
「・・・いや、・・・別にそういう気はしねぇが、・・・お前が言うならそうかもしれねぇな」
にやり、と悪戯でも思いついた子供のような顔で門田は笑う。さっきのことを言っているのだ。そんなに当てにされても困る。渡草が気が付いたのは所詮、彼らが欲しかった本が手に入らなかった程度のものだ。しかし、そう考えると自分が聖辺ルリの写真集の特装版が買えなかったときのようなもの、だと考えれば、調子が悪いことを他人に気づかれるのも頷ける。内心深く傷ついていたのだ。多分。そう考えると渡草が彼らの不調に気づいたのは、どちらかというと、同類の匂いを嗅ぎ取った、というべきか。仲間を注意深く気に掛けている、という美談が一気に崩れた。ははは、と渡草から乾いた笑いが漏れる。なんという話だ。
「・・・? なんだ、どうした」
「いや、別にぃ?」
ただ純粋にあの二人を気に掛け、自分よりも気づいてやれた渡草を純粋に感心している門田に、心の中で謝る。ただそれを口に出すと、まるで自分があの二人のような現実と架空のごっちゃになっている人間になっていることを認めるような気がして、言えない。いや、渡草はちゃんと実際の人間を愛しているのだから、二人とは違う。しかし、所詮渡草にとって聖辺ルリは大抵がテレビを通して会う存在、ライブで見れても触ることはできない。そう考えれば、あの二人とも大して差はない気さえしてくる。
「おいおい、渡草、素通りするなよ」
「あ? あ、おっと」
一人悶々と考え込んでいると、今日の門田の仕事場を通り過ぎそうになった。彼の今日の仕事は中小企業の応接室のデザインとその作成だ。インテリアに使って欲しい置物は既に用意されているから、それをセンスよく取り付けて欲しいらしい。路肩にバンを止めて、門田はシートベルトを取った。
「じゃあ、夕飯時に」
「ああ。狩沢たちは先に拾ってからくるわ」
「渡草」
「あ?」
今日はそんな返事ばっかりしている、と渡草は内心舌打ちした。ぼーっとしすぎだ。これでもしも信号や、あの黒バイクに気づかないで酷い目にあったら、どうしようもない。静雄以前に、この町には車をお釈迦にしてしまう原因が多すぎる。
「お前もそうとう疲れてるんじゃないか?」
門田の思いやりが胸に痛い。疲れているのかどうかは知らないが、原因は珍しく二人に体調を聞いてしまったからだ。ナイーヴになっているのかもしれない。慣れないことはするもんじゃない。ゆっくりと首を振って、大丈夫だ、と答える。
「ふん」
門田は一度納得したのか良く分からない具合に頷き、バンから出る直前、渡草をじぃっ、と見た。
「なんだよ」
「いや」
門田はそう言うと、今度はあっさりと扉を閉めて、今回の仕事先にすたすたと入っていってしまった。ぼーっとその背中を見やりながら、少しして、ここに止め続けると怒られるかもしれない、という思考に至って、慌てて走り出す。
門田が何を考えていたのかなんてことは渡草にはまったく分からない。ただ渡草が感じた違和感は、ただの偶然、普段なら聞き流しているはずの二人の会話を、珍しく聞いてしまったからだ。そこから色々ずれてしまった。主に調子だとか、気分だとか。慣れないことはするもんじゃない、と再び心の中で思った。確かに門田の言うように、調子が元々おかしいのかもしれない。首なしライダーやら、かの平和島静雄やら、変なのばっかり見てるはずなのに。遅れて変化が来すぎだ。自然と自分を笑った。
何があろうと平凡な毎日から脱却しなかったはずなのに、まさか今日、ここまで不思議な気分にさせられるとは。
そこでようやく、最後に自分を見つめていた門田が、渡草の「おかしな部分」を見つけようとしていたことに気づいた。そうか。心配していたのだ。心配は、こっちがしていたはずだったのだけれど。笑える。
家であるアパートに着くと、丁度出かける寸前だった兄貴を見つけた。流石に目立つ痛車と化した弟のバンにすぐに気がつき、よう、と片手を上げる。駐車場へ入る少し手前、窓を降ろして「なんだ、出かけるのか」と渡草は聞いた。ああ、と兄は頷きながら弟の顔をじぃ、と見つめて、何にやにやしてんだ、と言った。そこでようやくサイドミラーを見て、渡草は自分がにやけてるのに気づいた。これで帰ってきたのか。すれ違った人や車の運転手に、変態だ、なんて思われたかもしれない。それでも渡草は中々普段の仏頂面に戻せず、むしろ自分の顔を見て、思い切り噴出して笑ってしまった。
2010/2・23