[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
■そしてまた明日
暖炉の中で爆ぜる炎をじっと見ていると、かつての地獄を思いだす。ただ苦しみと悲しみと絶望のみがあったあの屋敷の中、動くことは許されず、ベッドに括りつけられていたチェスには、あの部屋の思い出といえば首を動かして見える暖炉の炎と、ただ微笑むフェルメートが記憶にへばりついている。
体を炎が包んでいくあの行為が頭を過ぎって、思わずチェスは視線を暖炉から離した。電気が通っていないのか、古城の中を照らすのは燭台に乗る蝋燭の明りで、室内を飲み込もうとする夜の闇から柔らかく対抗している。
雪が降っているのか、暗闇の向こうではちらちらを白いものが流れているのが微かに見えた。明日は雪かきだろうか、と面倒くささに顔を顰め、ソファへと深く座り込む。
「あれ?チェス何やってんの?」
部屋に戻るのをやめて、今日はこのままここで眠ってしまおうかと考えたそのとき、ふと背後から声がかかった。声だけでその人物を特定しながら、肩口に相手を確認する。
予想通りの笑顔がこちらにむけられており、チェスは呟くように「エルマー・・・」とその名を呼んだ。
「まだ寝てなかったんだな・・・駄目だぞ早く寝なきゃ!シルヴィも睡眠不足は肌の大敵だって言ってたんだからな!」
「肌のことを気にするのなんて女の人だけでしょ・・・それに、不死者って肌荒れなんてするの?」
チェスが呆れたように言ってやれば、勢いよく注意をしたエルマーも「え、さぁ、どうなんだろうな?」と首を傾げた。
確かに暗くなってから酷く時間も過ぎているだろう。時計を確認すれば夜中の1時過ぎで、まぁ怒られても仕方が無いかとチェスは肩を竦めた。
「でも・・・眠くないんだ。寝ろって言われてそう早く寝れないよ」
「それもそうか・・・でもとりあえず横になればいつしか寝れるもんだぞ?」
短絡的なエルマーの考えだったが、チェスは溜息を吐きながら立ち上がった。予想よりも従順な行動に、お?とエルマーが驚いたが、チェスはそんなエルマーに困ったように笑いかけ、そして子供の姿を利用して、「部屋までついてきてよ」と頼んだ。
薄暗い廊下は燭台の明りを反射して怪しくその光を揺らめかせている。隙間風や立て付けの悪い窓がガタガタと揺れ、お化け屋敷のような不気味さを醸し出していた。
かつては悪魔と対峙したこともある、しかも不死者である二人がそんなのに怯えるわけも無く、一応一人に一部屋ずつ用意したチェスの部屋へと歩いていく。今後の方針について自然に探りを入れようとするチェスだったが、エルマーは答えそうになってしまうのを寸前で止めながら「二月になったら全部分かるって」とにこやかに答える。廊下と外の違いは風があるか雪があるかという差だけなので、二人が吐く息は室内だというのに白い。
「この飾りって、廊下全部一周してるの?」
「一応な。これからどんどん増やす!目指せ来客1万人越え!」
一人で楽しげに笑うエルマーに、小声で「いや・・・ここ別にアトラクションってわけじゃないでしょ・・・」と小声で突っ込みながら、燭台に照らされて逆に不気味さを煽っている中途半端な装飾品に溜息を洩らす。というかいろんな国の飾りをごっちゃにしているせいで、実際これが何を祝うものなのかさっぱりといっていいほど分からない。
「っていうかこんな山の中に人なんて滅多に来ないだろ。来たとしても・・・あの村の人だけなんじゃない?」
「ふむ・・・ということは来客数一万人越えした時、同時に村の人達と仲良くなれるってわけか・・・凄いな!一つのことで二つのことが祝えるなんて!っていうわけで笑おうチェス!ここで笑わなかったら損だぞ!?」
「何が損するのさ・・・」
楽しそうに笑いかけてくるエルマーにつられて溜息混じりに口元が歪んでしまう。エルマーはにこにこと笑いながらいつものように自力で作ったかのような理論を並べた。
「笑うと福が来る。つまり今笑うことにより来客数一万人越えが叶うかもしれないってわけだ。そして来客数一万人越えが叶ったらまた笑える。ってわけで、芋蔓式にどんどんいいことが起こるってわけだ。凄いな!あはははは!」
「何が凄いって、それだけで楽しくなれるエルマーが凄いよ・・・」
肩を竦めて苦笑すれば、エルマーは「だめだぞそんな元気のない笑いじゃ!」とチェスの肩を抱き寄せながら、窓をがたがたと鳴らす風の音並に元気に笑ってみせる。
「笑う大きさによって良い事も起こりやすいんだぞ!」
「それ・・・どこの受け売り?」
「いや、そんな感じがしないか?」
ついにくすくすとチェスは笑みを零してしまい、「なんだよそれ、」と呆れたような声でエルマーを仰ぎ見る。
「よし、笑ったな」
エルマーは満足そうに笑って見せると、チェスの頭を無造作に撫でてやり、いつの間にか着いてしまった部屋の前で立ち止まった。
「眠れそうか?」
「ああ・・・さぁ、わかんないや。でも眠くなるまで本読んでれば・・・」
とりあえずドアノブに手を掛けながら首を傾げてみせれば、エルマーはふむ、と腕を組み、思いついたかのように手を打ち合わせた。
「よし、そんなチェスにお呪いをしてやろう!」
「え?」
何をするのかとチェスが振り返る。ぽかんと目を見開いた先で、エルマーがチェスの額に口付けを落としていた。
音も無く、一秒と立たずしてエルマーの顔がチェスの額から離れた。絶句するチェスに満足そうに笑い、「シルヴィじゃなくて悪いが、おやすみのキスだな!」とエルマーは笑う。
「・・・・・・・あれ?ここは笑うところだぞ、チェス」
「―――――――――・・・っっっ!!」
漸く事態を把握したチェスは顔を真っ赤にさせると、素早く扉を開けて部屋の向こうへと体を滑り込ませた。不思議そうに体を前に傾けていたせいで、エルマーの顔面にチェスの開けた扉の角がたたきつけられる。「ぎゃっ」と悲鳴をあげ、エルマーは痛む顔反射的に覆った。
すぐさま痛みは消えてなくなるが、突如として襲った激痛に、うっかり頭が割れるかと思った・・・!と思いながら、エルマーは扉の前にしゃがみ込む。
怒らせてしまっただろうか、と調子に乗りすぎた己の行為に反省しつつ、扉の前で聞こえていないかもしれないが「ごめんなチェスー」と呟いた。
返事は無い。
とりあえず明日朝会った時に謝ろう。これでもしもさっきの笑顔がチェスの笑顔を見る最後の機会だったら嫌だなぁーと思いながら己の部屋へと足を向けると、小さく背後から「おやすみ」とチェスの声がやってきた。
「・・・おやすみ、チェス」
微かに空いていた扉がすぐさま閉まり、周りはがたがたと再び窓を揺らす喧騒に包まれる。エルマーは薄暗く不気味な廊下を鼻歌交じりに通りすぎ、そして暗闇に消えた。
己の部屋の扉の前にしゃがみ込み、チェスは頭に手を添えてじっとしていた。顔が熱い。頭に思い描かれるのはさっきまでのエルマーの邪気の無い笑顔だ。実際、エルマーに額にキスをされたといっても、一瞬にも満たない行為だったせいでやられた自信もない。実際唇は当たっていなかったのではないかと思えるほどだ。
ただ間近で見たエルマーの顔がただ頭から離れなく、そして窓を揺らす風の音も、己の心臓にかき消されていて、きっと今日は眠れないのだとチェスはエルマーを呪った。
2008/1・27
TOP