■彼の肩の湖
 仲間のツテを頼って医者を連れてきて、呆然としながらもニースにしがみつく僕が認識するよりも早く、爆発に巻き込まれたニースの迅速に手術が行なわれた。手術が終わった後の彼女は、まだ成熟しきっていない姿でいつものように爆薬を楽しそうに弄る姿とは思えない程、ベッドのシーツで静かに寝息を立てている。
 死んでいるようだ。
 そう思えば、ぼろりと両目から涙が溢れた。ジャグジー。ニックが僕を呼ぶ声がする。僕は半ば無意識で、ニースの細い手を掴んだ。包帯で温度の分からない手はひくりとも動かず、僕の手の中にするりと納まった。
 僕の目からはとめどない涙が溢れ、恐怖で竦んだ僕の体はかたかたと震える。恐怖に声を無くせば、嗚咽がひしゃげて喉で喘いだ。
 彼女は目を覚まさない。

 「ニース、・・・ニース」

 呼びかける声も震えて、まともに喋れているのか怪しい。悲しみによって体は強張り、急激な恐怖によって僕の体温が霧散していく。
 包帯で片目を隠されている彼女は、まだ目を覚ましてくれない。

 「にーす」

 目を覚ましてくれ。僕は一人じゃ何も、何もできないんだ。君に甘えてばかりでごめんよ。でも、今は、お願いだから。
 身勝手な願いに、いつものように溜息を洩らしてくれる君は、今は何も言ってはくれない。
 埃の蓄積したかのような狭い室内が、僕らの音と温度を奪っていく。
 ニースも奪われていく。

 「にーす、・・・・・・・・ニース」

 彼女の細い指は白い包帯で覆われている。きっとこの純白の向こうには、目も当てられないような無数の傷が彼女を甚振っているのだ。僕は彼女を痛みから救えない。僕は彼女から苦しみから救えない。
 悲しみと絶望と、己の無力さが心臓に巣食っていく。胸がぎりぎりとしめつけられるように痛む。涙は止まらない。
 
 「ジャグジー・・・」

 「っ、ニース!」

 うわ言のように呟かれた声が、僕を呼んだ。椅子から転ぶように立ち上がり、彼女を見下ろす。
 包帯で隠れていない片方の目が、焦点の定まらない状態で空中をふらりと見る。

 「ジャグジー・・・?」

 「大丈夫?痛い?い、痛いよね、やっぱり。で、でも、もう大丈夫、もう、大丈夫だから、―――っ!」

 うわ言のように叫ぶ僕をぼんやりと見つめていたニースは、上から重ねるように見下ろす僕の目から溢れた涙が彼女の頬へとぱたぱたと零れ、そしてゆっくりと、包帯で肌の見えないニースの手が、優しく僕の頬を撫でた。

 「また、泣いてたの?ジャグジー・・・」

 その瞬間、僕は知る。彼女の目が、僕の姿をしっかりと捉えれてないことを。溢れた涙を見ることができないことを。
 僕は溢れる嗚咽に耐えられなくなり、ゆっくりと、彼女の体を抱きしめる。
 細い彼女の体はあちこちに包帯が巻かれてあって、衣服越しに僕の手をごわごわした感触が包む。

 「ごめん、ごめんね、ニース」




 ああ。ジャグジーが謝ることなんて無いのに。ニースはじわりと移ってくるジャグジーの体温にそっと息を吐きながら、ゆっくりとジャグジーの背中に両手を回した。次の瞬間、ニースの両目からは恋人に負けないほどの大粒の涙が零れて、頬についていたジャグジーの涙と混ざり、二人分の涙を湛えてすぐにジャグジーの肩を濡らした。
2008/1・24


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