■ベッドの上で鬼は眠る
 「大変ですグラハムさん!」
 血相変えて廃工場へやってきたグラハムの舎弟は、ぜぇはぁと大きく息を吸い込み、咳き込むように蓄積させた空気を吐いた。
 「どうかしたのか?」
 奥で一人ぶつぶつと本日の悲しい話を語るグラハムの言葉にツッコミをしつつ、何だかんだで聞いてあげていたシャフトが肩で呼吸をする男の背を撫でてやれば、すみません、と頭を下げつつ、それよりも!と大声を出した。
 「さっき、ルッソファミリーの奴らが話していたのを聞いたんですけど、ラッドさんが―――――」
 「兄貴が?」
 聞く相手が居なくなったことによりまた「悲しい話だ・・・」と続けそうなった言葉を飲み込み、グラハムが不思議そうに頭を上げる。崇拝する兄貴分の名前が突然出され、何事かと首を傾げるグラハムの目の前で、舎弟の一人は慌てて叫ぶ。
 「謹慎くらって、ルッソ邸で監禁状態にあるとか―――――」
 沈黙が覆った廃工場の中、一瞬にして絶対零度のような冷たさを髪の隙間から見せる目に孕んだグラハムがゆっくりと立ち上がり――――――そして再び「悲しい話だ」と唇に悲哀を含んだ呟きを乗せた。






 ベッドの上に寝転がり、すべすべしているシーツに手を伸ばせば人間の皮膚と違って温度が無く、つまらなさに重々しいため息を吐く。つまらない。
 一応帰ってきてから服は着替えたので血でぐしょぐしょになっているスーツではなく、黒を貴重にしたマフィアらしいスーツに身を包んでいるのはまぁ良いとして――――つまらない。まったくもって、つまらない。何か面白いことでもおこらんもんだろうか。
 話し相手が欲しいと、欲を言ってしまえばそうなるが、今俺の目の前に人間が連れてこられればどんな人間であろうと殺してしまいそうだ。己をこの部屋へ押し込めた叔父貴だって怪しい。だが、叔父貴を殺してもいいと思えるぐらいならばこんな部屋で謹慎を解かれるまでじっとしている必要があるものだろうか?
 いや、しかし今はまだルッソファミリーの後ろ盾があるせいでぎりぎりまで楽しいことができるのだ。恐らくルッソファミリーの連中が自分達だけで敵対する人間どもを殺すのに限界が来たら俺も解放されるだろう。それまでとりあえず寝ていようか。
 あれ?でもつまりそれって謹慎解かれたら次の瞬間には人を殺してもいいってことじゃねぇの?うわ、やべぇ。すげぇ楽しいし嬉しい。餓鬼の頃待ち望んでたサンタ並に楽しみだ。
 とりあえず今後についての予想をその場のノリだけで想像し、まぁ永遠にこんなかで閉じこむわけがあるまいと思いつつごろりと寝返りをうち、そのままやってきた睡魔にうとうとと目を閉じかける。
 リカルドぐらい来たり・・・・しねぇだろうな。まさか叔父貴が大事な可愛い孫を謹慎させて軟禁させてる殺人狂の所まで簡単に送るわけがない。頭に思い出される幼馴染やら友人やら仲間達やらにも思いを馳せてみるが、さすがにこんな所に来れる訳がないだろう。っつーか部屋の前にはなんか見張り置いてるらしいし。―――――――暇だ。
 本当に、寝てしまおうか。そう思って鉄格子の嵌められている窓に目を向ければ、じっとこっちを伺っていた青い目玉と視線が絡み合った。
 「・・・・・・・・・・あ?グラハム?」
 ぎょっとして上半身を上げれば、グラハムは嬉しそうににこりと笑って鉄格子に愛用のレンチを引っ掛け、そしてそのまま力と技術によって容易く鉄格子を破壊した。
 「・・・・・・・・・・」
 「こんにちはー。おじゃましまーす」
 ひょいっと飛び上がって窓に着地し、にこやかに、そして易々とマフィアの屋敷へと侵入を果たしてみせ、とりあえずラッドはアホを見る目でグラハムを見上げた。
 「・・・なにやってんのぉ?」
 呆れた声なのは仕様だ。そんなラッドの言葉に満足そうに胸を張り、グラハムはレンチを肩に担ぎながら、見て分かるとおり―――と空気を吸いながら笑う。
 「兄貴を助けに来ました」
 いや―――――――いやいやいやいや。なにやってんだこいつ。
 うっかりその言葉に感動してグラハムを抱きしめようかとも思ったが、とりあえず先を考えずにやってきたグラハムに対して肩を落とす。そもそもこんな軟禁状態で俺が無理に出ないことから何か察しようぜグラハムちゃんよぉ。
 などと思いながら―――――ベッドに寝そべった格好のまま、片手でちょいちょいとグラハムを呼ぶ。頭からクエスチョンマークを飛び出させるグラハムがベッドに近づいてくるのに、手が届く範囲になった所で、ラッドは勢い良くその青いツナギごとベッドに引き入れた。ぬわっ、と間抜けな悲鳴を上げてベッドに墜落するグラハムの頭を固定し、間近で睨みつけてやれば、にこにことしていた顔を一転させ、へにゃりとどうしようもない優男の風貌へと変化する。
 「まずいことしましたかね」
 「まぁ、見られたら良い事にはならんとは思うが―――――俺がじっとしてる時点で気づけよ。・・・いや、お前らに気を使わせた時点で俺が悪いのか・・・あー・・・くそ」
 そこでやっと気がついたとでも言うかのように、グラハムは不思議そうに首を傾げながら、そういえば、と呟く。
 「兄貴が監禁されてるって聞いたんで、鎖かなんかで全身ぐるぐる巻きにされてんのかなーっとか思ってたんですが、別にそういうわけでもないっぽいですね」
 監禁というよりかは軟禁と言った方が当てはまるだろう。事実、ラッド自身には何の変化も見られない。無期限の謹慎という名でこの部屋へと押し込められ、とりあえずお呼びが来るまで部屋でごろごろしていただけだ。
 下手に暴れてルッソファミリーから追い出されれば殺しの仕事が来なくなる。一人で大量殺人するのにも流石に限度があるだろうから、ルッソファミリーが使えなくなるまでは大人しく仕事としてルッソファミリーの元で殺し屋をやろうとしていた腹だったので、いらない騒ぎを起こすのも是とできない。なので表面上はおとなしく慎ましく黙って待っていようと思ったのだが――――早とちりというか仲間思いの弟分は喜び勇んで乱入してきた。
 「つまりだ・・・俺は・・・・・・・・・やっぱやめた。面倒くせぇ。早く帰れ。俺は問題ない」
 「そんな・・・!悲しい話だ・・・兄貴を助けるためにやってきたというのに、理由も聞かされずに返されることになるなんて・・・!いや、しかしもしかしてここには予想も付かないような危険なことがあり、説明する間が惜しいからと兄貴は直に俺に帰るように言い渡したのか!?ならばこれは嬉しい話だ!兄貴と俺の兄弟愛に乾杯!」
 いや、早く帰れよ。
 普通ならここで第三者の突っ込みが入る所だが―――悲しいことに、現在のグラハムを落ち着かせる突っ込みを入れることができるのはベッドの上で未だぐだぐだしているラッドしかいない。そしてラッドは人が殺せないことによっての悲しみとやってくる睡魔にうとうととしはじめているところだった。どさくさに紛れて上に圧し掛かってくるグラハムに「邪魔なんだけどグラハムちゃん・・・」と呟きながら、ラッドは重い瞼を閉じる。抱きついてくる少年の体温と混ざり、もはやこれは寝るしかない空気の中、ラッドはとりあえず目が覚めたら人を殺せればいいなぁと願いながら、今は思考を放棄しようと純白のシーツの上に意識を散らした。

 「えっ・・・ラッドの兄貴・・・まさか放置プレイですか!?ちょっ寝ないでくださ・・・!」
2008/1・26


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