■夢世界
 「・・・・・・・・・う、うおお」
 室内に入って10秒後。まさにその部屋の鍵を、というか扉を解体して不法侵入という方法で入ってきたグラハムは、心の中に渦巻く思いをどう伝えればいいかとたっぷりと時間をかけて、とりあえず感激の声を上げてみた。
 その部屋はルッソ邸の一室、豪華とも簡素とも形容しがたいその室内は、邸と言って問題ないほど豪奢な作りだというのに、部屋にまったくといっていいほど家具が置いていないせいで簡素ともとれた。その部屋に点在する家具の内、人間が睡眠を取る為に使う簡素なベッドの上、立った今不法侵入をしたグラハムが兄貴と呼んで慕う男が、禄に着替えもせず、スーツの上着を脱ぎ、ボタンを数個外しネクタイを緩め、首元を開けた状態でベッドで惰眠を貪っている所に遭遇した所だった。
 「・・・ラッドの兄貴が寝ている所、俺は初めて見たぞシャフト・・・!これは紛れも無く嬉しい話だ・・・!俺は一体この喜びをどうすれば良いと思う?とりあえず・・・とりあえず・・・やばい、どうすりゃいいんだ?」
 「やばいですってグラハムさん・・・!これはいわゆる死亡するルートですよ・・・!ありきたりな物語で『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』っていう告白並にこれは危険です・・・!扉を戻して一刻も早く部屋から逃走しましょう・・・!っていうか何で俺一緒に部屋に入ってきたんだ・・・!?」
 遅すぎる後悔にオロオロと視線を扉、グラハム、ラッドへと忙しなく向けながらシャフトが嘆く。声はトーンを落として耳打ちするような会話だったが、殺し屋であるラッドがいつ何時気がつくかなど分かりもしない。分かりやすく言うのならばラッドはいわば時限爆弾のようなものだ。
 しかしそんなシャフトの正論も聞いているのか聞いていないのか、しかしやはり聞いていないだろう、グラハムは目を輝かせながら穏やかに胸部を上下させ続けるラッドを観察しながら、嬉しそうに口を開く。
 「やっぱり兄貴は男前だよなぁ、なぁシャフト、そう思うだろう?強い上に滅茶苦茶で破天荒でどこからどこまでしのつくような馬鹿で格好いい兄貴はやっぱり格好いいなぁ!」
 それはもっと未来であれば、ヒーローに憧れる少年のような言い回しだったが、グラハムは無邪気に目を輝かせながら「すばらしい!」とレンチを高田と振り上げながら笑う。
 「本当に兄貴と出会えたことを俺は幸福だと思う!もしも俺が生まれたのがヨーロッパだったり日本だったり中国だったり、または人間ですらなかったら兄貴と出会えもしなかっただろう!俺は運命に感謝する!大好きだ神様!大好きだ兄貴!大好きだ世界!愛しているといってもいいぞ!」
 「声を!声を小さくしてくださいグラハムさん!」
 心の中で絶叫を上げながら、シャフトはどうにかしてグラハムを宥めようと右往左往しながら、ラッドが目を覚ましたらいち早く部屋を出ようとベッドの方にも気を配る。そんなのお構いなしで、どんどんとグラハムのテンションは上がっていき、そしてラッドはぴくりとも動かずにぐー、と暢気ないびきを上げた。
 「とにかく!ラッドさんを起こしちゃ悪いんですから、早く出ましょう!扉を無理に開けただけでも殺されるかもしれないってぇのに―――!」
 「あ」
 「・・・・・・・・・・・ん?」
 シャフトの精神が限界に達しそうになり、もはや勢いだけでグラハムの胸倉を掴み上げ、子供に言い聞かすようになんとか部屋から出そうと奮起するそんな悲しい舎弟も関係ないとでもいうように、部屋の中で一切行動しなかった殺し屋がのろのろとした緩慢な動きで上半身を起こした。
 「・・・・・・・・・・っっっ!!!」
 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」
 声にならない絶叫を上げ、シャフトが部屋から退散しようと身を翻すのを、グラハムが素早く動かしたレンチを使って首を絞めて拘束する。グラハムは身を起こしたラッドを瞬きもせずに見つめながら、とりあえず沈黙を保った。
 ラッドはといえば、未だ寝ぼけているのかベッドに腰を下ろした状態で、眉根を寄せ、瞼を閉じた状態で数秒動きを止めた。
 「・・・・・・・・・・ねみぃ・・・」
 ぼそりと呟かれたその時の感想を一言で表した独り言を呟き、瞼を閉じたままラッドはしばらく動かなかった。もしかして座ったまま眠っているのだろうか、と首を絞められているせいで意識を飛ばしそうになったシャフトが思えば、今度は新しい闖入者が室内へと足を踏み入れてきた。
 彼女は解体されて内側に倒れている扉に一瞬不思議そうな視線を向けたが、室内で固まっているグラハム達に目を移し、何事も無かったかのように部屋へと入ってきた。
 ベッドの上で動く様子のないラッドへと歩み寄り、その肩へとそっと触れ、か細い声で「ラッド、」と呼ぶ。
 「あー・・・・・・悪い、ルーア、起きたくない・・・・・・」
 「でも・・・仕事なんでしょう?人殺したくないの?」
 「・・・殺したい・・・」
 なんちゅう物騒な会話をしてるんだこの人たち・・・と途切れ行く意識の中ツッコミを入れると、突然首からレンチが外され、顔が蒼くなりはじめていたシャフトの体が床へと墜落した。
 「げふっ、ごふっ」
 「・・・あ?」
 やっとルーア以外の侵入者に気がついたラッドが、寝ぼけ眼で視線をグラハムと床で咳き込むその舎弟を映した。なんでお前らここにいるんだよと如実に表す目を真正面から受け止め、グラハムは元気に「おはようございます!兄貴!」と敬礼をしてみた。
 「・・・何やってんだ俺の部屋で・・・まさかここが俺の部屋じゃねぇとかってオチじゃねぇだろうな、おいグラハム」
 「いえ、ここは正真正銘兄貴の部屋です」
 にこやかに返答を返せば、不思議そうに首を傾げながらルーアは呟く。
 「・・・ラッドの仕事の手伝いに来たんじゃないの?グラハム」
 「・・・・・・・あー、くそ、面倒くせぇな。わかった。グラハム、ついて来い」
 「マジっすか!やったぁ!」
 違う・・・!その人はあんたの寝顔を不法侵入して拝んでいた男なんですラッドさん・・・!眠いからといってその場のノリで突っ込みを忘れちゃ駄目ですよラッドさん・・・!
 と心の中で諭すシャフトを尻目に、ネクタイを締め直し、ルーアからジャケットを受け取り壊れたドアに不思議な顔をしながら廊下の先へと姿を消したラッドの後を、ひょこひょこと楽しげにグラハムが追いかけていく。
 部屋に取り残されたシャフトとルーアは、しばらく沈黙を保っていたが、ルーアが心配そうに「お茶でも飲むかしら?」と問いかけたのに、もうどうでもなれとツッコミを放棄したシャフトはルーアの言葉に甘えることにした。
2008/1・21


TOP