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■その世界の端で
 「人を殺すのって、楽しいの?」
 淡々と問われたその言葉に、「ああ?」と首を傾げながら、ラッドはおもむろに軽く掌に救い上げたジグソーパズルのピースを再びテーブルの上にぶちまけた。一瞬困ったようにルーアが目を眇めたのに、「こんな山になってるのから形なんてわかんねぇんだから、別に今ので怒るなよ」とラッドが言えば、それもそうかと再び純白のピースを枠に嵌めようと一片が平らになっているものから探し始めた。
 「で?なんだって?」
 「人を殺すのって楽しいのかな、って」
 リカルドは再びその問いを口に乗せながら、手近に見つけた一片が平らになっているピースをルーアへと手渡した。ちょっとだけ微笑むルーアににこりともせず、ただ山の中から再び端に配置するであろうピースを探すことにする。
 「楽しくなきゃやんねぇよ」
 それもそうか、とリカルドは内心納得しながら、最近読んだ物語を自然と語り始めた。何故唐突にラッドにそんなことを言おうとしたのか、何故今言っているのかリカルドは分からない。しかし、なんとなく、ただ聞いてみたさのみで、ラッドに質問を畳み掛けた。
 「この間読んだ物語にね、一人の殺し屋が出てきたんだけど、その人は最後に人なんか殺したくなかったって言ってたんだ」
 「へぇ」
 どうにも気の抜けた返事だが、ラッドはしっかり聞いているらしく、今度はルーアの為に周りのピースをちょこちょこと抜き出し始めている。探すのはリカルドとラッド、そして嵌めるのがルーアと自然に分担されたようだ。
 「なんで殺したくねぇのに殺すんだ?」
 「その人は小さい頃に両親が殺されて、生き抜くために人殺しを学んで、そのまま殺し屋になったんだって」
 なったんだって、と言いつつも、それはただの物語の話だ。リカルドは段々己が何を話しているのか分からなくなり、ラッドも恐らくまともに聞いてはいないだろうと、ピースを探す目を休めてラッドの顔を伺った。しかし、ラッドの目は的確にピースを探し当てながら、難しい顔をしてリカルドの言葉を真剣に考えているようだった。しかし返答はやはりやる気のない「ふぅん」とかいうので、リカルドはどうしてもラッドのことを理解できず、考えを押し込めるために「それでね」と言葉を続けた。
 「人殺しをしたいわけじゃないんだけど、本能にそう刷り込まれちゃったんだ、その人は。だから殺し屋からも転属できずに、ただ人を殺し続けたんだって、さ」
 いくら探してももう周りに当てはめるようなピースが無くなったせいか、山を平面にならしても一つも見つけられず、ルーアの前の額の前に集まった端につめるためのピースの山を確認し、もうないかな、と一息ついた。
 ラッドも探すのをやめ、己が座る椅子へと体を凭れかからせる。リカルドの話を咀嚼するように「へぇ」とまた気のない返事をしながら、ゆっくりと「意味わかんねぇな」と一言返した。
 「・・・分かんない?」
 「なんで本能に染み付いたからって殺すんだ?殺したくなきゃ殺さなきゃいいじゃねぇか。そんで、」
 ふとラッドの指先がテーブルを侵食する白いピースの一つを摘み上げた。一片を構成する面が平らだった。
 「殺したきゃ殺せばいいじゃん」
 ひょい、とルーアの前に築かれた山の中にその一つを放り込み、再び椅子に体を沈ませる。ぎしっと音を立てて、椅子の前足を浮かせて椅子ごと軽く後方へ傾けた。バランスを取りながら、ラッドはリカルドを正面に見据える。
 「人を殺したくないんなら部屋に延々と引きこもって人と極力会わないようにでもすりゃいいじゃねぇの?人を殺したくねぇんだったら両腕切り落とせばいいんじゃねぇの?人を殺したくねぇんだったら目でも抉りだせばいいんじゃねぇの?よく考えろよリカルド。なんだかんだ言いながら、お前の言う物語の殺し屋は人が殺したいんだぜきっと」
 「そうなのかな」
 ラッドが例えにだしたものはその通りだと思った。殺人鬼であり殺し屋でもある男は微妙な返答をするリカルドに笑いかけながら、饒舌に言葉を並べ立てる。
 「人間は『本当に心の底からやりたくねぇもん』のためなら結構なんでもやれるもんだぜ?無意識に人を殺したくなっちまうんだったら殺さないように試行錯誤を繰り返せよ。俺は人が殺したくないんだーなんて偽善ぶりやがって、そんな奴は殺し屋としても二流だろ」
 そういって嘲笑うラッドの意見は確かに正論で、リカルドは「流石、殺し屋に関しては理解が深いんだ」などとラッドを茶化した。
 「俺は人殺しが好きだ。そんなんに理由はまずねぇと言っても過言じゃねぇし、理由があったとしたら『楽しいから』とか『ムカつくから』とか殺される相手にとっちゃ堪らねぇもんだろうよ。だがな」
 ラッドはがたん、と大きな音を立てて椅子から立ち上がると、にやりとニヒルに笑いながらリカルドに顔を近づけ、ゆっくり緩やかにそして優しく囁く。
 「この世界はそんなくだらねぇ理由で人が殺せるんだよ。そこに許しやら享受やらは関係ねぇ。力がある奴とそして殺す側の納得だけで人は死ぬ。そうなってるんだよリカルド」
 「・・・ラッドさんって、自分は死なないって思ってる奴を殺すんだよね?」
 「ああ。死ぬ覚悟があるようなそんな奴ら、つまんねぇからな」
 ・・・だから、それを通り越して死にたがりのルーアさんには違う感情があるのかと妙な納得をしながら、リカルドは気丈にも目の前の殺人鬼へと問いかける。
 「オレのことって、殺したいと思う?」
 「いや、別に」
 ラッドは平然と詰まらなさそうに言ってのけると、再び己の椅子へと落ち着いた。ルーアが淡々と嵌め続ける額には一列に枠を作るように周りが出来上がっていた所だった。
 「お前は死ぬのを怖がってるしな」
 「・・・・・・・・」
 思わず掌で顔を撫でる。思いのほか筋肉が強張っており、己がラッドに対して畏怖の情を抱いていたことをつきつけられ、ゆっくりと瞼を閉じた。
 「じゃあ、ラッドさんっていつ死ぬんです?」
 「死ぬときに死ぬさ」
 おもむろにラッドは一つのピースを拾い上げると、ルーアがせっせとピースをつめ続ける端にぱちりと嵌めた。それはなんの運か、ぴったりと寸分の狂いも無くその白い一面を作るのに加勢し、ラッドは一度満足そうに口を歪めた。
 理解できないその狂人が酷く幼げに笑うのを見て、できることならルーアと幸せになればいいのに、と彼らにとっては恐らく幸せではない終わりを望み、リカルドは適当に摘み上げた一つのピースを枠の中の一角へと収めようとしたが、まるでリカルドそのものを拒否するかのようにピースはけして当てはまることは無かった。
2008/1・20


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