■不幸祝い
「あ、エルマー君」
突然背後から声がかけられ、予想していなかったことに少し目を見張りながら、エルマーは背後へ振り返った。その少し後を歩いていたヒューイとモニカも何があったのかとくるりと振り返る。
蔵書庫の本の山の間に立っていたルネ・パルメデス・ブランヴィリエがにこやかに微笑みながら、「言い忘れてたんですけど」と薄闇の中で明るく言った。
「お誕生日、おめでとうございますね!」
「エルマー君、今日誕生日だったんだ」
町の雑踏の中を潜り抜けながら、モニカがふと呟いた。当人であるエルマーは「あー、うん」と微妙な答えを返しながら、くすぐったそうに微かに笑った。
「お誕生日おめでとう。プレゼントとか用意できてないから、明日か明後日まで待っててくれる?」
「えっ、モニモニ俺に何かくれんの?嬉しいなぁ」
快活に笑うエルマーを横目で見ながら、ヒューイは小さく肩を竦めた。何をそんなにはしゃぐのか、さっぱり理解できない。
しかし、そんなヒューイの行動に気がついたエルマーは何を勘違いしたのか正面を向き続けるヒューイの顔を覗き込んで、不思議そうな声で呟いた。
「ヒューイ、誕生日いつ?」
「―――――――・・・」
悪意が無い分、その声はゆっくりとヒューイの心臓を貫いていく。無意識のうちに冷たい目でエルマーを睨んでしまったのか、モニカが何もしていないというのに「ごっごめんねヒューイ君!」と謝罪した。
「別に。それにモニカは何もやっていないだろ」
「そうそう」
お前が言う言葉じゃない、と激昂しそうになったが、寸前で怒りの言葉を飲み込み、ヒューイはぐっと拳を握り締めた。一々、こんなことに怒ってどうするんだ。冷静にならなければ、仮面職人の時のように同じ轍を踏む羽目になる。
ヒューイが気を落ち着かせている間に、モニカが住んでいる菓子細工屋の前へと一行は行き着いていた。モニカはぱたぱたと入り口に走っていきながら、「また明日ね」と笑顔で手を振り、そして店の中へと姿を消した。
「じゃあねぇ」
「おい、エルマー」
「うん?」
へらへらと笑いながら手を振っているエルマーに呼びかけ、ヒューイは冷めた声で続きを囁いた。
「僕の家に寄れ」
「どういうつもりだ?」
「いや・・・それはこっちが聞きたいっていうか・・・ヒューイが俺を家に連れ込んで何かするのかと驚いちゃったじゃん。まったくもう、明日モーニーに会わす顔がない所だったね。いや、どうせ顔は無くなんないだろうけどさ」
にこにこと笑い続けるエルマーは、ヒューイが机の前の椅子に腰を下ろしたのを見届けた後、近くにあった木箱へと腰を下ろした。飄々と冗談のようなものを紡ぐが、それを聞かされているヒューイの表情は一ミリも変化しない。冷徹な顔のまま、ゆっくりとエルマーを睨んだ。
「ふざけて話を紛らわすな。・・・誕生日の話だ」
「え?もしかして祝ってくれるの?やったぁ、まさかヒューイに祝われるなんて予想だにしなかったよ!凄いや!」
「だからふざけるなと言ってるだろう!」
ヒューイは荒々しく机を叩き付け、遠まわしに聞こうとしたことを安直過ぎる言葉で叫ぶ。
「お前、本当に生まれた事に関して祝われていいのか!?」
「・・・・・・・・ああ、やっぱりそっち?」
困ったように顔を顰め、エルマーは肩を竦めた。衣服に隠された無数の傷痕があるであろう場所を無造作に撫でて、エルマーはうーん、と首を傾げる。
「別に、昔と今は違うしね」
「そう簡単に済ませていいのか?」
傷つけられることを目的として生まれたというのに、その生まれたことを素直に喜べる筈が無い。生誕を祝われることはいわば、生贄として生まれておめでとう、と言っている事と等しいのだ。
母の記憶を緩やかに起こされるのを脳の片隅で感じながら、ヒューイは顔を顰めた。理解できない、と表情が如実に伝えてくる。
「別に、そんなこと今はされない訳だし――――それに俺は結構嬉しいよ?モニカは純粋に俺が誕生日を迎えたことを喜んでくれてたみたいだし」
「お前―――」
「こう言うのもなんだけどさ、ヒューイ」
困った顔のまま、エルマーは呟く。
「俺とヒューイのお母さんを重ねるのはやめろよ」
「――――、っ重ねてなんて」
「じゃあ、俺の全ての気持ちを知れるわけが無いだろ?」
ぽん、と何気なく吐かれた言葉がゆっくりと沈殿していく。言ってしまった後、エルマーはまた困った顔をして、「いや、ごめん。今のはないね」と頭を垂れた。
「また不躾なこと言ったかも、ごめん」
素直に謝罪するエルマーの姿に逆に言葉を無くし、ヒューイは同時に言葉を失った。不躾なことを言っていたのが誰かというのがよく思い知らされたからだ。
「いや、すまない。僕の方こそ―――――――ごめん」
何を言っても言い訳のようにしかならず、ヒューイは言葉を無くして、ただ謝った。
世界をくだらないものだと捉える視点を持っているせいで、ヒューイはこの世界に生れ落ちることの無意味さを頭の片隅で理解しているつもりになっていたのだ。魔女の子供として生まれてしまったことによっての世界への憎悪の気持ちや、死ぬ間際の母親の言葉や笑みが、更にヒューイを誕生日に対する悪意を持たせるようにしていた。
冷静になった頭をもって、その思考を己で理解すれば、その途端に罪悪感が心臓に巣食っていく。謝罪に謝罪で返されてしまい、微妙な顔をしたエルマーは、暗くなった室内の空気を払拭するかのように突然立ち上がり、そして腕を広げて快活に笑った。
「笑おうヒューイ!誕生日に悲しくなる必要なんかないだろう?ヒューイも俺の誕生を祝ってくれよ!」
「・・・・・・・・」
そう言われても、ヒューイは何といえば良いのか言葉が出てこなく、静かに口を閉ざした。ただ頭に反芻される思いは、エルマーのように相手の笑顔が偽物かどうか分かるようになりたいと思った。
エルマーの笑みが本物かどうか見極め切れず、縋るような思いでヒューイは小さく呟いた。
「生まれてきてくれてありがとう・・・・・・・・エルマー」
ちょっとだけ驚いた顔をしたエルマーも、次には幸せそうに柔らかな笑みを零し、「ありがとうヒューイ!」と楽しげに言った。
彼は本当に嬉しいのだろうか。その思いだけが渦巻いて、ヒューイはぎこちない風に口に笑みを乗せた。ただ笑ってくれるエルマーの笑みが泣きそうにも見えたので、ただ己も、モニカのように何も考えられずに祝福の言葉を唱えられるようになればいいのに、とひたすらに今は己の脳髄を恨んだ。
2008/1・19